第5話 違法死書
「ねぇ、トトさん。それなら、わたしのママの本も、この図書館の中にあるの?」
「……さぁ、それは検索しなければわからないけど、あなたのママは死んでいるの?」
「え?」
「言ったでしょう? 死書は死んだ人間の生まれてから死ぬまでの記録なの。死んだ後に死書官が回収するから、死んでいるならあるはずだけど……生きている人間のものはないわ」
このMUGEN図書館が、死神図書館と呼ばれる理由はそこにある。
死んでしまった人間のもとに現れる死書官のことを、俗に死神と呼ぶからだ。
死神が管理する図書館だから、死神図書館と呼ばれている。
「気になるのなら、検索すればいいわ。あなたのママの名前と……あと生年月日は?」
トトはことはから名前と生年月日を聞くと、まるで神に祈るかのように胸の前で手のひらを合わせ、ぎゅっと目を閉じた。
その姿は、ますます人形のような、作り物のように見える。
ことはには何を言っているのかわからなかったが、なにか呪文のような、日本語でも英語でもない言葉をぼそぼそと呟くトト。
するとあたり一面が真っ白になった。
たくさんあった本も、本棚も受付の看板、テーブル、椅子、死書と書かれた黒板も、何もかもが消えて、床も壁もなにもない……終わりのない真っ白な世界に変わる。
「な……なにこれ!!」
驚いて声をあげたことはに、集中しているのに邪魔をするなというかのごとく、ぴくりと眉間にシワを寄せるトト。
何もない、真っ白な世界から、あのピンクに近い紫の文字が浮かび上がる。
相変わらず絵のような、記号のような文字で、なんて書いてあるのか、ことはにはさっぱりわからない。
「……ヒットしないわね」
「え?」
「安心なさい。あなたのママはまだ死んでいないわ」
「本当に!?」
ことはは嬉しくて泣きそうになった。
3年前突然いなくなってしまった母。
もしかしたら、何か事故や事件に巻き込まれてすでに亡くなっているのではないか……という不安がこれで解消された。
ことはは気にしないふりをしていたが、やはり親戚たちや母のことを知る近所の人からは、悪い噂を聞いたこともあった。
(でも、それならママは一体、どこにいるの?)
喜んだと思ったら、今度は急にしゅんと落ち込むことはを、トトはじーっと見つめる。
だんだんと真っ白だった空間が、もとの広い大きな図書館の姿に戻っていった。
「あなたのママは生きている。でも、もしも本当に死書官なのであれば危険よ……」
「え?」
「ここ数年、違法死書が増えているの」
トトの話によると、普通、死んだ人間の死書は死神を介してこの図書館に所蔵される。
どの死神が回収した死書か明確にするためだ。
「言ったでしょう? この死書は書き換えることができると……。書き換えには色々な制限、法律があるわ。それを、違法に書き換え、死ぬ予定でない人を無理やり殺してしまう輩がいるみたいなの」
「……どういうこと?」
「例えば、すでに死んだ人間の死書を書き換えて、目的の人物を殺させるの。事故や殺人事件に巻き込まれたことにしてね……殺された年や時期によっては、生まれてくるはずだった子供もなかったことになるわ」
死書の書き換えを、何かの目的で違法に行なっている者がいる。
違法死書は、死書官の手を通さず、いつの間にかままこの図書館に所蔵されているのだ。
3年前、そのことに気がついた死書官たちは調査にのりだした。
「その違法死書の被害にあった人間の中には、その時の死書官もいるわ……あなたのママが、いなくなったのが3年前だというのなら、きっとあなたのママもその調査に関わっている死書官のはずよ」
「そんな……」
今目の前で起きた不思議なこの出来事に、ちょっと自分が物語の主人公になった気分で浮かれてしまったことを恥ずかしく思いながら、ことはは泣きそうだった。
(もしかして、ママは違法死書ってやつの犯人から隠れているのかな……?)
「ところで……ことはとか言ったわね、あなた」
「は、はい……」
トトは泣きそうなことはの顔をいろいろな角度からじーっと見つめる。
右から見たり、左から見たり、ちょっと膝を曲げて下から見上げたり……
「あなた……ここで働かない?」
「えっ……!?」
トトの急な誘いに、驚いて涙が引っ込んだ。
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