第4話 死神図書館の管理人


 古い床板は、ことはが歩くたびにきしむ。

 クモの巣もあり、薄くホコリで覆われた床板の上にはことはの小さな足跡だけだ。

 長い間、ここには誰も足をふみ入れていないのだろう。


 外見はごく普通の日本の家という感じだったのに、中は西洋風の造りになっている。

 紫の光のため正確な色はわからないが、壁紙の花をモチーフにした模様がフランスかイギリスあたりの中世的な雰囲気だった。


(魔法使いの映画みたい……)


 そんな風に思っていると、ことはの前に大きな木製の両開きの扉が現れた。

 長い廊下の先にあったその扉には装飾が施されていて、カギに刻まれていた文字のようなものに似ている。


(ここに……ここにきっと、ママが————)


 ドアノブに手をかけて、そっと開くと……そこには、真っ暗で古びた廊下とは違う世界が広がっていた。



 大きなシャンデリアがいくつもついた高い天井。

 壁一面に本、本、本、本…………


 大きな国立図書館よりも、もっとたくさんの本がびっしりと並んでいて、一体この空間に何冊の本があるかもわからないし、どこまで広い部屋なのかもわからない。

 たくさん並んでいる本棚にもびっしり本が並んでいて、それが永遠と……まるで無限に続いているのではないかというくらい、終わりが見えなかった。


(本当に……魔法使いの映画みたい…………)



 驚いて扉の前でかたまってしまったことは。

 その幻想的な世界に圧倒され、すぐ真横にある受付の看板に気づいていなかった。



「何かご用?」


 急に声をかけられて、声がした方を向くとことはと同じ年くらいの、オレンジ色の髪に作り物のようなグリーンの瞳をした少女が、肩肘をつきながら座っている。

 黒地に白いフリルのついたヘッドドレス、大きな白いエリの黒いワンピースのその少女は、まるでお人形のようだった。


「えっ?」

「え? じゃないわよ……ここになんの用かと聞いているの。あなたのような子供が」


 見た目は可愛らしい少女の人形、でも口調はまるで大人。


「いや、あなただって、わたしと同じ子供でしょ?」

「失礼ね。一緒にしないでくれる? それに、質問しているのはこちらよ? 質問に答えなさい。このに、あなたのような子供がなんの用?」

「むげんとしょかん……? 死神図書館じゃなくて……!?」


 少女はあきれてため息をつく。


「はぁ……だから、こちらが質問してるんだけど……。その名前を知っているってことは、あなたこちら側の人間ね……」

「ど……どういうこと? ママからの手紙には、死神図書館って……違うの!?」

「いいえ、あっているわ。ここはMUGENムゲン図書館。別名、死神図書館よ」


 少女はことはの手に握られているカギを見て、何かを察したようだ。

 座っていた受付の椅子から立ち上がると、フリルのたくさんついたスカートをふわりとゆらし、ことはの目の前まで歩くと、じーっとことはの顔を見つめる。


「……あなた、お名前は?」

「は、花咲ことは……です」

「花咲ことは————なるほど……。ワタシはトト。このMUGEN図書館————死神図書館の管理人よ」



 ◇ ◇ ◇



 トトと名乗る少女は、その見た目とは反した妙に大人びた口調で、ことはにこのMUGEN図書館————別名、死神図書館について教えてくれた。


「ここは本来、普通の人間が気軽に立ち入ることはできない場所よ。あなたどの入り口から入ってきたか知らないけど、そのカギを持っているということは、死書官の家族ということかしら?」

「司書? 確かに、ママはそこの中学校の司書さんだったけど……でも、死神図書館だなんて……」


 トトは受付のそばにあった黒板に白いチョークで“死書”と書いて、コツンとたたき“死”の部分を強調する。


「普通の図書館にいる司書じゃないわ……ワタシが言っているのは、こっちの死書」

「死? ……どいうこと?」

「ここはMUGEN図書館。無限に続く広い広いこの図書館の蔵書は全て、死んだ人間の生まれてから死ぬまでの記録よ」


 トトは本棚を指差して、ことはに示す。


「よく見てごらんなさい。ここに並んでいる本のタイトル」


 ことはは、ずらりと並んだ本の背表紙に書かれたタイトルの文字を読んだ。


(織田太郎、小林節子、佐藤さくら……あ、全部、人の名前だ!)


「この本のことを死書と呼ぶの。そして、ここで働く死書官はこの死書を守るのが主な仕事なのよ」

「死書を……守る? 本を?」

「ええ、死書はね、書きえることができるの。ある一定の能力を持った者にのみ許される権利よ」


(本を書き換える……? ある一定の能力を持つ者のみに許される権利……?)


 全然知らなかった世界が、ことはの目の前に広がっている。

 それはまるで、物語の中に起きていることが、自分の身にも起きているということで……ことはの胸は高鳴るばかりだった。

 母が司書をやっているものとばかり思っていたせいもあり、ことはは周りの子供たちより本が好きだった。

 特に、こういうファンタジーのような、不思議な物語を読むことが大好きなのだ。

 身震いしそうなくらい、体が興奮する。


(こんなことが、わたしにも起きるなんて————)



「違法に死書を書き換えるやからから、死書を守るのも死書官の仕事なの。きっと、あなたの家族も、その一人のはずよ————」



(わたしのママは、死書官だったんだ)



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