第2話 白紙の便せんと古いカギ


 3年ぶりの母からの連絡に、ことはの胸は高鳴った。

 あの日から突然いなくなった母からの連絡は一切なくて、警察に捜索願も出しているが、見つかる気配すらなかった。

 母は自らの意思でいなくなったのか、それとも何かの事件に巻き込まれたのか————誰もわからない。

 もしかしたら、死んでしまったのではないかと、近所の人が話していたのを聞いた時、ことはは本当に悲しくて……


 そんな母から、いなくなって3年経った誕生日の今日、自分宛に届いた手紙。

 ことはは郵便受けから取り出したチラシと不在伝票をリビングのテーブルの上に置くと、母が使っていた部屋に入って中からカギをかける。

 父も兄もまだ帰ってきていない。

 自分しかいないのに、なぜかこれは自分だけが一人で開けるべきであるような気がして……


「ママ……」


 黒い封筒に白いインクで書かれた、母の名前を指で撫でる。

 この3年間、いなくなったままの状態になっているこの部屋は、いつ母が帰ってきてもいいように使わずにしていた。

 たまに潜り込んで、いなくなった手がかりを探すんだって、探偵みたいなことをしたこともあったけれど、結局なにも見つからなかったこの部屋で、ことはは今母からの手紙を見つめる。


 ことはは、ゆっくりと封筒を開けた。

 時計の秒針の音が響く部屋の静けさの中で、緊張しながら……


(ママ、どこにいるの? はやく帰ってきて——)


 手紙にしては、少し重みのあるその封筒。

 中に入っていたのは、1枚の四つ折りの白い便せんと古びた真鍮しんちゅうのカギが1つ。


「……カギ?」


 封筒の重さの正体は、このアンティークな雰囲気のカギだった。

 サビて汚れているが、カギの持ち手の部分には何か絵のような、文字のようなものが刻まれている。


 そして、白い便せんの方はというと……


「……え?」


 何も書かれていない。

 罫線けいせんが引かれただけの、白紙の便せんだった。


「何これ……どういうこと?」


 古いカギに、何も書かれていない便せん。

 ことはは何度も封筒の中を確認したが、本当にこれしか入っていなかった。


(どういうこと!? これじゃぁ、いったいこのカギがなんのカギなのかもわからないじゃない……!!)


 ことはは首を傾げながら、とりあえずこの母の部屋の中にあるカギで開けられそうなものを探した。

 机の引き出し、タンスの上に置いてある宝箱のような形をしたケース、タンスの奥にあったスーツケース。

 しこめそうなものを見つけては、カギ穴に差してみたけれど、どれも合うものがない。


(うーん……これだけ探してもないってことは、この部屋じゃないのかな?)


 今度は、思いつく限り家中のドアや隣の父の部屋なども探してみた。

 キッチンやリビング、トイレや玄関、色々試したが、やっぱり見つからない。


「あとは……2階? でも、2階はわたしとお兄ちゃんの部屋くらいしか……あ、でも物置部屋————いや、でもあそこは」


 カギを持ったまま階段の下で考えていると、玄関のドアが開いて、時也が両手いっぱいに食材の入ったエコバッグを持って帰ってきた。

 当てはまるカギ穴を探すのに夢中になっていたから、ことはは部屋が薄暗くなっていることにも気づいていなかった。


「ことは? 何やってんだ?」

「あ、お兄ちゃん! おかえり……! ちょっと2階に取りに行きたいものがあって————」


 ことははとっさに持っていたカギをポケットに隠して、ウソをつく。

 カギのことや、手紙のことは時也には言ってはいけないような、そんな気がして……


「2階に? なんだよ、オレがとってきてやるから、おとなしく座ってろ。2階にいくのは治ってからじゃないとダメだって言っただろ?」

「あー……うん、じゃぁ、お願い……————」


(ちょっとくらいいいじゃない……)


「で、何が欲しいんだ?」

「え?? あ、えーと…………マンガ?」

「なんで疑問形なんだ? マンガって、なんの?」


 別にマンガが読みたかったわけじゃないが、とりあえず適当に思いついたタイトルを言った。

 時也はエコバッグを玄関の上がり口に置いて、電気をつけるとすぐに階段を登っていく。


(ごめん、お兄ちゃん……)


 時也に申し訳ないと思いつつ、ことははポケットの中でカギをぎゅっと握った。



 ◇ ◇ ◇



 今日はことはの誕生日。

 友達を呼んでの誕生日会は、土曜日である明日の昼にやるのだが、当日である今日は時也と珍しく定時で家に帰って来た父が祝ってくれた。


 美味しい料理とケーキを食べて、ずっと欲しかったミッピィという小鳥のキャラクターのペンダントをプレゼントにもらったことはは、すっかりあのカギのことを忘れてしまう。

 ミッピィのペンダントは、予約限定販売で、もう手に入らないと思ったことはにとって、最高のプレゼントだった。


「昨日はごめんな、コトちゃん。パパ、行けなくて」

「……もういいよ! 最初から期待してなかったし。それより、このペンダントどこで売ってたの!?」

「あぁ、それはね……パパの職場にミッピィの大ファンだって人がいてね、その人が————」


 足の捻挫さえなければ、ことはは飛び跳ねて喜んだだろう。

 ことはの誕生日は、母親である優子がいなくなった日でもある。

 それは花咲家の家族にとって、とても悲しい出来事であはるが、決してそのせいでことはの誕生日をお祝いしないということはない。

 毎年こうして、父は必ず娘の誕生日には特別なプレゼントを渡していた。

 優子が行方不明になったのは、もしかしたら自分のせいなのかもしれないと顔には出さないが、そういう負い目を感じているからこそ、余計だった。


 久しぶりの家族団欒の後、ことははプレゼントのペンダントを首から下げたまま母の部屋に戻る。

 まだ使い慣れていなくて、電気の位置を手探りで探していると急に部屋の中がぼんやりと明るくなった。


(なに? この光……?)


 まだ電気のスイッチは入れていない。

 もちろん、電気をつけたまま部屋を出てはいない。

 机の上に置いたままにしてある、黒い封筒の中から光が漏れている。

 ピンクというか紫に近い光だ。


 封筒の中に戻した四つ折りの白紙の便せんが光っている。

 便せんを開くと、そこには————



『“死神図書館”の入り口』



 そう書かれた文字が浮かび上がっていた。




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