第1章 死神図書館

第1話 ママからの手紙


「おーい! ばんメシできたって言ってるだろー? 早く降りてこいよ」

「いらないってば! しつこいよお兄ちゃん!!」


 少女は怒っていた。

 いつもなら、大好物のチーズハンバーグが晩御飯だとわかった時点で、出来上がる前から1階のダイニングテーブルの前で座って、フォークとナイフを握りしめているのに、今日は学校から帰ってくるなりすぐに2階の自分の部屋から出てくる様子もない。

 その原因は明らかで、今日の授業参観に父親が急に来れなくなったからだ。

 もう何度も今回こそは絶対に来ると言っていた父親が、また来なかった。


(みんなパパもママも……おばあちゃんまで来てたのに!! どうしていつもわたしだけ……)


「あのなぁ、もう来年から中学生なんだから、いつまでもそんなことで怒るなよ」

「うるさいっ!!」


 階段を登りながら、高校生の兄は怒っている妹を1階へ連れて行くためにと説得しようと、階段の踊り場まで来たところで、上から大きなクマちゃんのぬいぐるみを投げつけられた。


「あ……」


(やっちゃった……!!)


 後悔しても遅い。

 怒り任せに何も考えずに投げつけてしまった。


 見事に顔面にヒットして、少女の友達からもイケメンだと褒められている兄の顔からクマちゃんがずるりと落ちる。


「ご……ごめんお兄ちゃん…………で、でも、わたしは本当に、今日はそんな気分じゃ————」

「そうか、なら、もういい。もう二度と作らないからな……明後日のお前の誕生日会も中止だ」


 兄を怒らせるのが一番怖い。

 3年前から行方不明となっている母の代わりに、毎日美味しいご飯を作ってくれているのは、この兄なのだ。

 明後日の誕生日会も、友達がくる予定なのに、これではケーキもご馳走も何もないものになってしまう。


「ま、待って!! それだけは!!」

「全部自分で作るんだな!!」

「お兄ちゃん待って!! それだけは!!」


 怒りながら階段を降りて行く兄を止めようと、少女は早足で階段を駆け下りたのだが、無残にも先ほど投げつけたクマちゃんをふんでしまって、足をすべらせ————



「きゃああああああ!!」


 少女は階段から滑り落ちた。


「お、おい! ことは!? 何してるんだお前、大丈夫か!?」

「だいじょうぶ……じゃないみたい」


 少女の名前は花咲はなさきことは。

 残念ながら、11歳最後の夜を病院で過ごすことになった。


(もうイヤ!!)



 ◇ ◇ ◇





「それで、その足なわけね……」

「そうなの……捻挫ねんざしただけだったんだけど……けっこうれちゃって」


 痛がることはを兄である時也ときやが直ぐにタクシーで病院へ連れて行ったのだが、骨は折れておらず、捻挫ということだった。

 今日から12歳だということは、クラス中が知っていることだったから、みんな松葉杖をついて登校してきたことはの姿を見てびっくりしている。

 誕生日おめでとうという言葉と同じ数だけ、どうしたのかとみんなに聞かれてしまった。


「じゃぁ、明日のお誕生日会は中止? ことはちゃんのお兄ちゃんに会うの楽しみだったのに!」

「いや、それは大丈夫! ちゃんと用意してくれるって言ってたから!!」

「本当に!? やったー!!」


 ことはが階段から落ちたことに気が動転した時也は、直前に中止だと言ったことをすっかり忘れているようで、今日も放課後に食材を買いに行くから大人しくしていろと言われている。

 さらには2階の自分の部屋に物を取りに行くのは危ないからと、完治するまでは母が使っていた1階の部屋で過ごすことになった。


「やっぱりことはちゃんのお兄さんって優しいよねぇ……いいなぁ」


 ことはの家に遊びに来たことがある友達は、みんな時也を見てかっこいいだの、イケメンだだの言うのだが、妹であることはは全然その魅力がわからずにいる。

 みんな目がハートなのが納得いかない。


(もう、みんなわたしの誕生日お祝いしてくれるんじゃなくて、お兄ちゃんに会いたいだけみたいじゃない……)


「今年までだよ。来年からは中学生になるし……いつまでもお兄ちゃんにばっかり頼ってられないもん。受験があるからね……」


 3年前、突然行方不明になってしまった母の代わりに、父は仕事をしながら家事をがんばったが、どうも料理の才能はないようで、代わりに当時中学2年生だった時也が作ってみたらものすごい上手で、それから時也は花咲家の料理担当になった。

 しかし、来年には高校3年生になる。

 受験生になるため、勉強は必須。

 ことはもいつまでも時也に頼ってばかりはいられないのだ。


「とにかく、今日からわたしも12歳!! 今年こそ、わたし一人でなんでもやってやるわ!」

「がんばって! ことはちゃん!」

「ふぁいとー!」


 意気込むことはを応援するクラスメイトたちは、その様子を廊下から見ている人物がいることには、気づいていなかった。

 もちろん、ことはも————


 ◇ ◇ ◇



 ことはが家に帰ると、玄関の郵便受けに荷物の不在票とチラシがはみ出して入っていた。

 郵便受けをチェックするのは、ことはの役目。

 これは小学校に入ってからずっと、お手伝いの一つだった。

 不在票とチラシを掴んで引き抜くと、チラシの間から黒い封筒が落ちていく。


「あぁ、もう! しゃがむの大変なのに!」


 捻挫した足をかばいながら、なんとかその黒い封筒を拾いあげると、手紙にしては少し重みがある。

 表面の宛名には、“花咲ことは様”と白いインクで書かれていた。


(バースデーカードとかかな? 真っ黒だけど……)


「えっ……」


 ことはは封筒の裏面を見た。

 差出人の名前は、花咲優子ゆうこ————



「ママ!?」



 それは、3年前、突然いなくなった、ことはの母からの手紙だった。





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