螺子巻き人魚姫
雨宮テウ
第1話
あるところに、
胸の中に手巻き懐中時計を秘めた人魚姫が、海の中を眠り漂っていました。
人魚姫は待っていました。
ただ一人、この胸の時計を動かし、
私を眠りから救ってくれる貴方を。
時間という概念を失うほど長い間、
ネジ巻き人魚姫の瞳は光を写さないままでした。
ある時、独立時計師の青年が
小舟で海へゆくと、
波間に美しいネジ巻き人魚姫の姿を
見たのです。
その時、彼の心に確かに聞こえました。
それは眠り続ける人魚姫が残した
歌の余韻
『この胸をひらいて
私の中に眠る、時計を廻して』
彼は人魚姫を小舟にのせ、
胸の小さな扉を開き
懐中時計の竜頭をまき、時計の針を
動かしました。
『君の声がしたよ。時計を廻してと』
『貴方をずっと待っていました。貴方だけが私に命を教えてくれる手をもっているから』
海辺に小さな小屋をたて、
独立時計師とネジ巻き人魚姫は
幸せにくらしはじめました。
毎日毎日、大切に彼は彼女の時計を廻しました。
そのかけがえのない日々は、
愛おしく、穏やかで、そして、
とても儚いものでした。
人は必ず死んでしまう。
人魚姫は知っていました。
『貴方はきっと、おぼえていないでしょう。
だから私があなたの分も
ずっと大事に憶えているわ。
私を創った愛しい貴方。
また、貴方が生まれ変わって、私を見つけ出し、この時計を廻すまで、再び私は眠り漂うの。』
私の歌は貴方にしか聴こえない。
君の時計は僕にしか廻せない。
貴方が終わると私は眠る
貴方が宿ると私は目覚める
貴方のための
君のための
そういう、それだけの、
いびつで簡素な
愛の誓い。
さようなら
私はまた歌を漂わせ深く深く
貴方を待つ。
おしまい
螺子巻き人魚姫 雨宮テウ @teurain
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