後編
悪逆非道の、邪智暴虐の王が目の前にいる。たったの数時間で僕はこの国最大の宿敵とも言えるローサガ王の前にいるのだ。彼女と出会う、町へ向かう、町で入った洋服屋で開店一万人目の客ということで汽車のチケットをもらう、汽車で王都に到着し、憲兵たちを一瞬でねじ伏せ今ここ王の間へ。洋服屋に入る前TASさんはなぜか同じ場所をぐるぐる歩き回っていたが多分意味のあることだったのだろう。恥ずかしいことだが服屋で試着した服は僕のかなり好みなタイプであり、もし高感度を示すゲージがあったら最大値まで溜まっているだろうなと思う。
「何者だ貴様、まさかここの警備をすべて突破するとは。しかしそんなことはどうでもよい。神の力、見せてくれようぞ!」
言い終わった瞬間王は組み倒され胸に剣を突き刺されしわしわの老人になった。時空の女神の力を失ったということだろう。
一つ、また一つと小さな光の球のようなものが王の間に現れてきたと思うと玉座の上に光り輝く白い服をまとった髪の長い女性がいた。
「感謝します、異世界の戦士よ。私は時空を司る女神。この者に囚われてからその力を私利私欲のために利用されてきました。この力は世界の平和のために用いられなければなりません。そこの少年はこの世界の住人であり優しい心を持った人物の様子、少年よ、この力を引き継ごうという気持ちはありますか?」
TASさんの方を見ると彼女はこちらを向いてゆっくりとうなずくそぶりを見せた。唐突のことで驚きを隠せないが、それでも村のみんなや色んな人の助けになることができるなら。
「僕でいいのなら、やらせてください」
さればこれを受け取りなさい、と女神は言い光の球が集まって彼女の手に光り輝く杖を作り出した。あれが、時空の力を操るための神具。先には真っ赤に輝く宝石のようなものがついてあり、それを包み守るように羽のような意匠が施されている。僕の身長より少し短いぐらいの長さで、それなりの重量があるように思える。その輝きに畏敬を感じながら僕は女神の方へ歩き出した。
「確保」
どこからかその声が聞こえた瞬間王の間に複数人の男たちが出現し手にした機械のようなものを起動させ女神に向かって照射した。女神はもがき苦痛を顔にうかべている。
「なんなんだお前たちは!」
と僕が叫んでも男たちは動きを止めることなくそのうち一人が女神の手から杖を奪い取った。
「すまない、これが仕事なんだ」
その瞬間、目の前がまっくらになった――
「いや~しかしすごいですよね。時空を操る力なんて。こうやって回収した力でタイムトラベルの技術が確立されたんだから異世界さまさまですよ」
「うるさい、仕事中だ」
俺の仕事は異世界遺物回収業と呼ばれている。現世人類が異世界へと進出を初めてはや十数年、各地の異世界で産出される多くのアイテムはその生産体制が確立され、人類の生活を大きく向上させている。その中でも俺たちが日々向かっているC-九十九番異世界で産出される特級遺物、時空走行石は最も重要なアイテムの一つである。「一定範囲の時間を操作する」、この力のおかげで穀物や酪農の世界では果てしない時間の短縮が可能になり過去問題となっていた食糧不足は解決された。また体の臓器の時間を巻き戻すことで寿命はかなり伸びたし、(脳だけは戻してしまうと記憶も消えてしまうので不老不死は実現していない、もっとも、記憶を消してまで長生きする人はいるが)良いことづくめだ。もちろんそれは我々現世人類にとってだけども。
「仕事中って……今は終わらせて移動してる段階じゃないですか。異世界渡航資格二級以上って条件はありますけど一日で二万円稼げるバイトなんかここだけっすよ。しかも人気遺物だからTASちゃんがいてくれますし」
TAS、というのは対異世界コンタクト用ヒューマノイドインターフェースのことであり、簡単に言えばロボットのことである。この異世界は特殊であることもあり特別にTASが実装されているのだ。バイトのこいつは主にTASの監視担当だが、異常が発生すれば正社員の俺がメンテナンス作業をすることになっている。まず現地異世界人に見つからない場所に建造されたポータルを経由して異世界へ行き、TASがプログラミングされた行動を行い、遺物を回収。そしてここからがこの世界特有の業務であるが、回収後速やかにポータルへ戻り現世へ戻った後外側から異世界自体の時間を巻き戻す。
「それじゃ装置起動しますね」
これでこの異世界は俺たちがポータルで移動してくる前の状態へ巻き戻った。こうすることで何度でも石を回収することが可能というわけだ。
「終わった~!今日のバイトしゅーりょー!」
「あぁ、おつかれ」
こうして現世人類の生活のため、何度も何度も世界を巻き戻す。先に発展した、それだけのはずのこの世界は異世界のすべてを絞りつくし快楽を享受することに必死だ。強いものが弱いものを食い物にする弱肉強食なんてこの仕事だけのものじゃないとは思いながらも少し罪悪感を抱く。
こうして明日もまた洞窟から抜け出し、何も知らない現地の少年と旅をするTASを見守るのだ。
やめようかな、この仕事。
俺は電子版の前でそうつぶやいた。
TASさんが異世界に転生したようです 十巴 @nanahusa
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