6
「『 』、話をしよう」
色々分からなくなって、混乱しきって疲れ果ててベッドに転がっていた所で母親が自室に入ってきた。その手には温かな白湯が一つ。湯気を立てて私を待っている。
いつぶりだろうか、白湯なんて。
「ねえ、『 』。昨日泣いて悔いてたよね」
「……」
「いっぱい教えてくれたよね」
「……」
「だからお母さん、警察に頼んで確認してもらったよ」
「……髭は」
「大丈夫、居なかったよ。血痕も無かった」
「……」
……無かったんだ。
小さく呟いた言葉に母の息を吞む声が聞こえた気がした。
そのまま沈黙が漂う。
「――ね、ねえ『 』」
覚悟を決めたらしい母の白く冷たい手が重なってくる。この季節には丁度良いかもしれない冷たさが彼とは一層対照的だった。
「……あなた、深刻な幻覚に悩まされているんですってね。……お医者さんから聞いたよ、お母さん」
一瞬目を見開いた。
でもその顔はどうしても見れない。首がこったみたいに固まって動かなくって、呼吸ばかり速くなっていく。
「だから、その、ね? あなたの言うその同居人は、その……存在しないのよ。そしてそれは過去のトラウマとかそういうのが関係しているんじゃないかってお医者さんが」
「……」
「病気なんだって」
「……」
暗い部屋に電気ランタンの弱い明かりだけがぼうっと沈む。重い空気に染み込む母の優しい声、心配する声。ちょっと塩っ気も混じって、時折すするような音もした。
「お母さん、特別休暇を貰ったよ。上司のアンドロイドも分かってくれたわ。だから大丈夫、一緒にその病気直そう」
「……」
わざと出した明るい声がまたちくりと胸を刺す。所々で裏返る声。ショックを拭いきれない心情が滲む声。
「さっきね、特別監察の延長申請と特別修繕プログラムの申請もしてきたんだ。今度はお母さん達と一緒にプログラムを受けるの。遊園地とかのレジャー施設にも行くんだって。楽しみだね『 』」
「……」
「……っ、『 』」
つと、俯いてばかりで何も返さない私に我慢ができなくなった母が私の手を取って自身の胸元に引き寄せた。
驚く暇も無いままにそのまま胸元に顔を埋めて、がんがん響く鼓動を聞いた。
涙でそこは濡れきっていた。
「お母さんもお父さんもお前が社会人になるためならお金惜しまないからね。あなたが狂人を卒業出来るようにどこまでもどこまでも努力するからね、考え過ぎないように幸せになれるようにどこまでもどこまでも努力するからね」
「母、さん」
「約束するからね」
力強い抱擁が直後、私の体を包む。
何も、言えなかった。
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