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「ねーねー。主語を多用する今の文学についてどう思う?」
「……今日は何の話?」
「転生した〝俺は〟とか、悪役令嬢の〝私は〟とかさ。そーゆーのよ。ね、どう思う」
「いや、あんまり? 気にしたことは無い」
「えー! らしくないな。俺とお前とは一心同体だからてっきり違和感があり過ぎて困るとか言うと思ったんだけど」
そう言いながら後ろから抱き着いて甘えてくるのは相変わらず。また棘みたいに髭がちくちく首筋を刺してきて少し痛かった。
「……あんまりそういうの考え過ぎると怒られるよ、やめな」
わざと冷たく突き放して次の試合に専念した。数秒後に凡ミスで一機落として、頭をガシガシかきむしる。
「……ん、マジでらしくないな。そこでいつも落ちてなかったじゃないか」
「復帰が届かなかった、だけ」
背後からの温かみに思わず声が裏返った。
「……?」
「や、大丈夫。正常です正常です。全く問題ありません」
しかし彼はそういう些細な変化に対しての嗅覚が人一倍敏感だった。
「あ!」
またコントローラーを取り上げて勝手に試合の棄権を選んでくる。
ちょいちょいちょいちょい!
「オイオイ! 何すんだワレ!」
「今はゲームしている場合じゃないだろ」
「な、何で? いつもこの時間はゲームしてるし? それに私は至って正常……」
「正常な人がわざわざ正常って言うと思うか? もうちょっと頭使え」
覗き込んできた瞳が余りに真剣でぎょっとした。もうこれ以上悟られたくなくてそっぽを向くけど、彼は絶対に諦めなかった。
腕を無理に掴んで、引き寄せる。
引き剝がそうにも骨が折れそうな程力強く掴むので、抵抗は出来ない。
叫ぶことしか出来なかった。
「暑苦しいの! やめて!」
「やめない」
「やめてってば! 病気が酷くなるっての!」
「いや、前々から言ってるけど暑いのはその酒のせいだからな? いい加減、健康のためにも酒減らしたらどうだ」
「違う違う、絶対に違うし。何よりお前には一番言われたくないわ、その台詞!」
「何とでも言え、阿保」
真夏の深夜。カーテンを揺らす風だけが熱を払い、涼を運んでくる。だがその風量だけではこの熱は拭えない。
「何があった」
「……」
「吐け」
過呼吸で揺らす肩をがっしりと抱え、同時に顎を持ち上げながら頻りに問う。力で何とかその姿勢に抵抗するけどやっぱり無駄だった。手首に物凄い熱として伝わる彼の握力、汗ばんだ前腕。彼なりの脅迫だった。
「おい」
「……」
「言えっての」
無理に向かされている顔の正面に置かれる髭の顔。心配そうに有機的に歪むそれを直視してしまえば――。
「う、えぐ」
「お、おい」
焦ったように頬を流れる小川を拭ってくる。
「どうしたんだ、なあおい」
一生懸命な姿に、温かく大きな胸板に、分厚く大きい掌に。どんどんと溢れてやまない悲しみにそれは全てそぐわなかった。
私の罪に、それは全て全てそぐわない。
『そんなの、相手はどんなに悲しんだでしょうね。矢張り思考は大変危険です』
そぐわないのに! そぐわないのに!
『それで自殺した可能性だって』
『拭えないのに』
ふと気付いた瞬間、至近距離に彼の顔が近付いてきていて驚愕。ふに、と唇に当たって、そのまま口内に柔らかくぬめぬめと入り込んできた。探るように、溢れるように。
ぐわと体が火照って身をよじらせた。涙がまたじんわり滲む。
また、そうやって。そうやって肉体の快楽で押さえつけようとするんだ。
そうやって!
逃げようとする体と留めようとする力が拮抗してカーペットの上に倒れ込む。
息を吸い込みながら喉の奥の悲しみでも吸い上げるように。五指に五指を絡ませて――。
やめて!
「グァ!」
ばっと体を跳ね除け、隠すように口元を抑える彼の手の下から紅が頻りにぼたぼた垂れた。茶のカーペットにそれは斑点を作り、鉄のにおいが微かに鼻腔を突く。
口の中に、他人の血液。
「――、――!」
ごろごろと体を暴れさせながら、目の前で悶え苦しむ。滲む脂汗だけが異様に映った。まだ血は止まらない。
なのにそれを私は俯いたまま、口元で乾いていく血も拭わずに。黙ったまま、喉の奥から溢れ出しそうな悲しみも抑え切れずに、唯々じっと見つめていた。
ぼやける視界をも治さずに。
彼の肉が私に刷り込んできた燃えるような熱をも拭えずに。
唯々、黙って。
暫くは、そのままで。
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