1
「性にだらしのない奴は善か悪か。せーの」
「悪に決まってる」
「じゃあ単にだらしのない髭は善か悪か。せーの」
「……悪」
「えー何でー!」
「ちょっ! 邪魔!」
酒缶幾つも開けておいて更にはゲーム途中の人の元に倒れ込んでくるとか、正気か貴様。
ぼさぼさの長い茶髪を蹴り飛ばして向こうにやっておいた。遠くでひどーい、とか聞こえた。
「だって、こんなに愛し合ってるのにー」
ナメクジみたいに這ってくるソイツの頬をこれまた足蹴してテレビにかじりつく。撃墜されたら一機減るあの格闘ゲームの真っ最中。そういうわけなのでお前は今ゴミ以下の存在である。
また遠くでひどーい、と聞こえた。ふん。関係ねぇ。
「ぐび、ぐび」
「ぶっ殺す!」
「ぶっ殺すってさ、ぶち殺すの音便だよね」
「黙り給え」
「ぐび、ぐび。がじがじ」
「これで終わりだ! 消えろ!」
「物騒だなぁ」
「ヤッタアア!」
「……ぱりぱり」
三機対一機。無論こちらが前者。中々の好成績、一機も落としていない。このままいけばランキング上位も夢じゃない。ソファの腰掛を背もたれに姿勢を正す。ふところの缶チューハイをあおった。
「ぃよっしゃ!」
「……」
剣を構えて相手に突っ込む。――じゃねえよ、しまった! 突っ込んで良い事なんて無いぞ、このゲーム!
お手玉だ、お手玉にされてる!
「こんにゃろ、このやろ!」
「……、……ぐび」
「グアアア! 一気にここまで削りやがって! なめんな!」
「……ひっく」
瞬間、画面で光柱閃く音が轟いた。どちらが落ちたか。実は定かでない。私の視線は天井に縛り付けられていた。
「ちょい! こんな時に何だよ!」
「あーあー死んじまえ死んじまえ」
「重ったい! 暑苦しい! 酒臭い! 髭痛い! 前見えない!」
「死ねー死ねー、ぶっ殺されちゃえー」
「あ!」
コントローラーが取り上げられた。取り返そうにも体さえソファに縛り付けられて動けない。
また光柱が閃いた。画面の悲惨な状況に合わせて広い手が腹の辺りに滑り込む。
「ちょ! 状況! 状況見て、空気読んで!」
「……またこんなに傷を作ったのか」
治癒能力も無い癖に、無い癖に!
またそんな事をして……!
「文明を生きる人間の癖に! 動物の慰め合いみたいな事して!」
「おや、動悸が速くなってる」
「本当そーゆーの困るの! 病気が酷くなるから! ねえ!」
「なあ。生き物の寿命って鼓動の数で決まるって学説知ってるか?」
「知らない!」
「それでも良いや、殺してやるよ」
「ねえ本当に止めて!」
絶叫とシンクロでもするようにテレビが試合の終了を高らかに叫んだ。
あんなにあった命も気付いた時には儚く。
めくれ上がって山のようになった布の向こうから意地悪そうな瞳が艶っぽくこちらを見て微笑した。
「あーあ。堕ちちゃったな」
「五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い……」
「ゲームでも現実でも……ってか?」
「本当五月蠅い、本当ウザい! 誰か摘まみだしてこんな奴!」
「誰に言ってんだよ、ここにはお前しかいねぇくせにさ」
背中に電灯の後光を纏ったその男はまるで神様みたいに見下ろして、顔を隠す手を引き剝がしていく。
「何だ、泣いてんの?」
「五月蠅い」
「ほっぺも真っ赤だ、熱でもあるんじゃねぇの?」
「クソ! クソクソ! 台無しにしやがって!」
「クク……負け犬のナントヤラだ」
「意味違う!」
「可愛い」
「ウザい!」
噛みつく私の体をいとも簡単に持ち上げ遂にソファに横たえた。さっきよりも酒の香りが薔薇とぐちゃぐちゃに混じって強烈に香る。
そんな目の前の男は腰に香水を付けるタイプである。
「再び問う。性にだらしのない奴は善か悪か」
「そんなのッ――」
答えは空気を介さず吞み込まれた。
「じゃあ俺らは共犯だ」
押さえつけた首筋に接吻がまた一つ。棘みたいな髭と一緒に脳髄に絡みついてくる。
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