第13.5話 日本語勉強会

土曜日の朝七時過ぎ。家を出て、車で一時間半離れた都会へと向かう。

後部座席にいた兄二人と私は、母が作ったおにぎりをタッパから取り出そうとする。一方、助手席に座る母は運転する父におにぎりを手渡そうとしていた。


田舎の高速道路を独走する車。

建物一つどころか田んぼすらない、永遠と続く緑の平地。遠くにあるはずの森林まで、茂っているのがよく分かる。地面がうっすら傾いていることさえ、目で確認できた。



地球って本当に丸いんだ……。



窓の外を眺めながら、兄妹揃っておにぎり片手にコーラを飲む。食べ終えてすぐ、私たちは眠りについた。


目が覚め周りを見渡すと、車はまだ高速道路を走っていた。辺り一面の風景がさっきまでと全く違う。高いビル、大きな教会、五車線の広い道路。たくさんの車が走っていた。


高速道路を降りて、町の中を車が走っていく。自分の家周辺と違って、少し密集した住宅街。父がスピードを緩めて、ポストの番号を一つ一つ確認していく。



「ここが村上さん家やな」



車を敷地内の端に停めて、私たちは車を降りた。

白のレンガでできたおしゃれな家。坂の上に建てられていて、二階の窓だけでなく玄関右側にも地下一階の窓が見える。



中ってどうなってるんだろう……。



はじめて見た家の造りに、私は興味津々だった。玄関でベルを鳴らして少し待つと、中から声がした。



「はーい!」



久々に聞いた知らない日本人の声。少し緊張しながらも父の後ろに隠れていると、ドアが開いた。



「こんにちはー!星成さんですね!はじめまして村上と申します~!」


「村上さん、お誘いいただきありがとうございます!星成です。今日は、どうぞよろしくお願いします!」



日本でも見かけそうな純日本人女性。旦那様が医者として働いていて、もう何年もアメリカに住んでいるらしい。子ども達もアメリカ生まれとのことだった。

中に案内され、私たち星成家は靴を脱いで用意されたスリッパへと履き替える。リビングに向かうと、そこには十名の生徒と数名の大人がいた。



「この四人が私の子どもで長男、次男、三男、あと末っ子の娘です。娘のあかねはまだ幼稚園児なので、授業に参加していません。そしてこちらにいるのが……」



村上さんが一人一人生徒と指導役を紹介していく。簡単な説明を終え、時刻は朝九時になろうとしていた。授業がまもなく始まるとのことで、村上さんが関係のない私とあかねちゃんを地下の玩具部屋へと案内する。



「じゃ、私は戻るけど……くるみちゃん大丈夫そう?やっぱり、お母さんも一緒にいてもらおっか」



村上さんが私の母を呼び出し、三人で遊びながら午前中を過ごす。休み時間になる度に村上さんが知らせてくれて、その間に私とあかりちゃんはお菓子を取りに行っていた。


毎週土曜日に村上さん宅を訪れるようになり、四回目に突入した時だった。



「くるみー!来週からお前も日本人学校の生徒になるからな。ちゃんと勉強するんやぞ」


「くるみちゃん、一緒に頑張ろうね」



父と村上さんの言葉を聞いて状況が理解できず、キョトンとする私。こうして来週から日本人学校へ通うことが決まった。


この頃の私は経緯について全く知らなかった。大人になって父と思い出を振り返り、今になって衝撃的事実を知る。


父の話によると、もともとこの地域に日本人学校は存在していなかった。子ども達がアメリカに引っ越してきて、今後の日本語学習方法について悩む父。そんな中、ある風の噂を聞きつける。



「ここから一時間半ほど離れたところで、日本語勉強会ってのをやってるらしいぞ」



父がさっそく調べて辿り着いたのが、村上さん宅だった。実費で教材を購入し、親同士協力して子ども達に勉強を教える。生徒数はわずか十名で、規模が小さいながらもなんとかやりくりしていた。


週末が終わって会社に出社した父は、テッドさんにさっそく感想を求められたらしい。



「どうだったんだ?日本人学校は」


「いや〜、それがですね。日本人学校じゃなくて、日本語勉強会だったんですよ〜。人はちょっと集まってるんですけど、自分たちでやりくりしてるみたいでー……」


「え!国から補助金が出るのに、そんなのもったいないじゃないか!よし……今すぐ日本人学校を建てよう!」


「え!?日本人学校を!?」


「あぁ、簡単だから大丈夫だ。会社の弁護士に頼めばすぐだ!明日時間あるか?」



とんとん拍子で話を進めていくテッドさん。後日、アメリカ人弁護士と話す時間を作り、説明を聞いていく。

日本語勉強会を作った村上さんに相談をしつつ、資金が足りないことに悩む父。それを聞いてテッドさんがすぐ会社に掛け合ってくれたらしい。こうして会社からの支援金により設立したのが、ノース日本語補習校だった。


正式に国から認められることで教材の資金が確保でき、指導役にも給料が支払われる。もちろん学校側が得ばかりしないように生徒一人一人の親へ、授業料の支払いを命じて不足分を賄う必要があった。



「あとは君がやってくれ」



手続きが終わり、テッドさんの一言で全てを任される父。一肌脱ぐと決意して、父はみんなのために会計係を一人で引き受ける。



「そんなことがあったなんて全然知らんかった……だからテッドさんが校長先生やったんか!お父さん、よくしようと思ったな」



あれから十六年経った今、改めて私は父の偉大さを感じた。

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