第14話 日本人学校(前編)

父が印刷した地図を頼りに、母が助手席から道案内をする。小学二年生の冬、いよいよ日本人学校が始まろうとしていた。



「こっちの道で合ってるわ。そろそろ着くで」


「お前らー!そろそろ起きろよー!ちょっとギリギリであと五分で着くから、準備しとけよー!」



車の中で聞こえた父の大声に反応して、兄二人と私は目を覚ます。


少しして、私たちは赤レンガでできた大学に到着した。どうやらここで部屋を借りているらしい。たまたま村上さんらしき人を駐車場で見かけて、父が真っ先に車から降りて追いかける。



「こんにちはー……村上さんですか?」


「星成さん!おはようございます!」


「この建物で合ってますよね?」


「はい、合ってます!さっきちょっと忘れ物して、車まで取りに行ってたんですよ。今から向かうので一緒に行きましょう!」



村上さんが道案内をしてくれて、私たちは彼女の後ろをついていく。建物に入りメインルームへ向かうと、そこには二十名ほどの人が集まっていた。



え……。



日本人学校と聞いて想像した歌葉小学校そっくりの学校。だが実際その場に行くと、生徒十五名のうち約三名がハーフ。外国人の親までがその場にいて、全くの別物だった。

どうやら日本語補習校の設立が決まり、すでに見学者が増えていたらしい。日本語勉強会の存在すら認識していなかった私。そんな情報を知る由もなく、その場にいる人全員が以前からの日本人学校関係者だと思い込んでいた。


九時に朝礼が始まり、父が代表してみんなの前で自己紹介をする。



「えー、改めまして星成と申します。私はアメリカに住み始めて約一年半ほど経つのですが、僕の家族は引っ越してまだ四ヵ月ほどになります。こちら長男が中学一年生、次男が小学四年生、娘が小学二年生です。どうぞよろしくお願いします」



みんなが一斉に拍手をして、改めて私たち星成家を歓迎する。後に進行役の村上さんが朝礼を締めて、その場にいる全員が各自教室へと移動し始めた。


村上さんが立ち尽くす私の方へ歩いて来て、教材を手渡す。



「くるみちゃんの教科書はこれね。教室は――」



村上さんに案内されて教室へと向かう。ドアを開けると右端後ろと左端前で人が座っていた。どうやら部屋数が足りず、別の学年と二箇所に分かれて座っていたらしい。


左端前が二年生とのことで村上さんの後ろをついて行く。そこには私よりかなり体が大きい黒髪の男の子と頭にサングラスをかけたスタイル抜群の小柄女性がいた。茶髪のロングストレートがあまりにサラサラしていて、思わず視線が髪に向く。



「くるみちゃん、こちらが生徒のまさと君と先生ね」


「くるみちゃんね!よろしく!どうぞ、そこの席に座って!」



明るく元気な先生で、私は少しホッとした。


村上さんが部屋を出て、九時十五分に授業が始まる。

一時間目と二時間目は、国語で五十分授業。三時間目は、算数で四十五分授業。間に十分休憩を入れて、十二時に学校が終わるというスケジュールだった。

幼稚園児が六名ほどいて、生徒は高校三年生までが対象。指導係の先生は科目関係なく、どの学年も固定だった。


パソコン室にあるような大きな椅子に座り、さっそく国語の授業が始まる。

教科書を開き、交代しながら本読みを進めていく私とまさと君。日本のスタイルにできる限り合わせるため、自分の番が来たら席を立って読んでいた。


引っ越し前の私は、日本の学校で国語も算数もクラスで上位三名に入るほど成績優秀。自信満々にスラスラと教科書を読み進めていく。


まさと君の番になり、彼が席を立って私は座る。



「――へ入ると、えーと……えーと。」



本読み途中に止まる頻度が多かった。まさと君は漢字がかなり苦手だということに気づき、自分との差を感じては優越感に浸っていた。


この時の私は知らなかった。

わざわざ土曜日の日本人学校を選んでいるということは、ここの生徒全員が普段から現地校通い。ましてや、まさと君は赤ん坊の頃からアメリカ育ち。日本語を話す機会がかなり少なく、日本語が苦手でもなんらおかしくなかった。


都度先生が間に入り、彼に読み方を教える。

英語のような発音で日本語を話す彼は、最後まで諦めることなく読み終えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る