第15話 日本人学校(後編)

休み時間に入り、幼稚園児が集まる教室へと向かう。ここではお菓子が用意されていて、自由に食べていいとのことだった。

目がくりっとしたブロンドヘアーの女の子が、私に話しかけてくる。



「これいる?This chocolate is yummy. You'll love it! はい、あげる!」



英語の使用は原則禁止という決まり。一方、ハーフの幼稚園児は英語交じりの日本語を話しても少し許されていた。



わざと英語と日本語を混ぜてるのかなぁ?変わった子だなぁ……。



不思議に思いながらも、遠慮なくお菓子を受け取る。


算数の授業が始まり、久々に掛け算について学ぶ。

問題ごとにまさと君と同じ解答時間を与えられたが、毎回私の方が速かった。現地校の算数では通常電卓を使用するため、どうやら暗算が苦手のようだ。私は再び優越感に浸って、得意げに問題を解き進めた。


算数の授業も終え、帰宅準備をする。

国語と算数のどちらも宿題がでたが、日本の小学校でいう二日分ほどの量だった。週一の授業でこれぐらいなら全く問題ない。焦りを感じることなく心に余裕を持ちながら、私は次々と教材を鞄に詰めていった。



「Ma-ma!」



休憩時間にお菓子をくれた女の子が、ドアの外から走ってくる。



「Lily! 良い子にしてた?」



担任の先生が彼女に気づき、ぎゅっと抱きしめる。



「Is she you're student? I gave her some chocolate a while ago.」


「そうなの?くるみちゃん、この子ともうお話ししてたのね。私の旦那はアメリカ人で、こちらは一人娘のリリー。仲良くしてあげてね!」



あたかも当たり前のように、英語と日本語の両方で会話をしている。初めて見る光景にどうリアクションしていいか分からず、うろたえながらも私は笑顔で応えた。



「……はい!リリーちゃん、さっきはありがとう。よろしく!」


「うん!よろしくね!」



美人の先生に、とても素直で明るく可愛い娘さん。まさに理想の親子だった。


教室を出て両親を探していると、何やら村上さんと話し込んでいた。



「ねぇねぇ、お母さん~。何話してるの?」


「くるみ、すぐだからちょっと待ってて」



難しそうな話をしていて、つまんない。



数分経つと、村上さんが先生達に小切手を配り始めた。どうやら今日は給料日のようだ。

私の家族は関係ないと思い、早く帰りたくて両親の袖を引っ張る。兄二人がついてきているか確認しながら、私たちは大学を出た。


車に乗り、また両親が難しい話をし始める。



「ねぇねぇー、何の話してるの?」


「……お父さんとお母さんな、来年の夏から日本人学校の先生になるんよ」


「お父さんとお母さんが?どうして?」


「みんなしてるから」


「ふーん……」



一般的な日本人学校は月曜日から金曜日にかけて授業があり、教師になるには教員採用試験に合格する必要がある。


一方、私の通う日本人学校は授業が土曜日で午前中のみ。大都会でもないこの町で、休日に勉強を教えてくれる教師などいなかった。


自分の子どもが授業を受けている間、親は別の学年で学習指導をする。ただし公私区別のため、自分の子どもを生徒として受け持つことは禁止。親みんなで手分けして子ども達に日本語を教えるというスタイルが、ノース日本語補習校では当然だった。


勉強を教えたことが一度もない両親。実態を知らず、この時初めて村上さんに協力をお願いされたそうだ。何事にもチャレンジャーの父は平然としていたが、母はかなり不安そうだった。

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