第21話 サマーキャンプ(後編)
次の朝メーガンが起こしに来ると、私の目はパンパンに腫れていた。彼女に理由を聞かれれば聞かれるほど、涙がこぼれて泣き止みそうにない。メーガンは慌てて誰かを呼びに行った。
少し待つと、二番目の兄が会いに来てくれた。メーガンが兄の担当スタッフに連絡を入れ、事情を聞かされたらしい。
「お前何泣いとん?大丈夫やって。もういいから泣くなよ。」
数日ぶりに見る冷たい兄。笑顔でスタッフと話してたくせに、私を見るとめんどくさそうにする。いつもと変わりない雑さに、むしろ安心した。前方に立つ兄に近づき、服の裾を引っ張って泣き顔で本音を伝える。
「お兄ちゃん……。お父さんお母さんに会いたいよ……。」
「は?我慢しろよ。母さんら、三日後にこっち来るやん。」
「え……?」
「お前知らんの?車で送ってくれよる時に言っとったやん。半分ぐらいで一旦様子見に来るって。お前あほやから聞いてなかったんやろ、どうせ。もう行くから、頑張れよ。」
知らなかった。思わぬ情報に涙が引っ込む。本当は今すぐにでも会いたかった。だが、あと三日我慢すれば会える。そもそも頑張れと応援の言葉を二番目の兄にかけられたこと自体、初めてのような気がする。気持ちが少し楽になり、勇気が湧いてくる。
キャビンに戻ると、班のみんなが私を心配してくれていた。
「You okay? You don't have to feel lonely. We're with you.」
この時、初めてみんなの顔をちゃんと見た気がする。一人じゃないし、私たちがそばにいるよと励ましてくれる言葉が素直に嬉しかった。さっきまでと同じキャンプ場にいるはずなのに、世界が違って見えた。
メーガンも安心しつつ、他メンバーの優しさに感動していた。
毎日行われる教会での授業も午前中に終わり、メーガンに用紙を渡される。
「Girls! You all have plenty of free time today. Here's the list and you can choose any activity you want.」
午後から自由時間が設けられ、自分たちで何をするか決めていいとのことだった。用意されたアクティビティをリスト化された用紙で確認する。私が興味を持ったのはアーチェリー、乗馬、カヌー、川遊び、バスケットボール、卓球、アクセサリー作り。残り一週間半、すべて体験するには十分時間があった。他にもボードゲームや売店で自由にアイスクリームなどのお菓子を買うことができ、少し気持ちが高まる。
「Kurumi, I'm going to river to swim with these two girls. You want to come with us?」
メーガンが女子二人を連れて、川へ泳ぎに行くとのこと。私を気遣って誘ってくれたようだ。少し恥ずかしそうに、私は頷いた。今更ながら、女子二人の名前を覚える。可愛らしい雰囲気のシェルビーと活発で元気なモニークだった。
キャビン内で水着に着替えて川へ向かうと、列ができていた。どうやら川遊びは人気らしい。泳ぎに自信がない私はライフジャケットを羽織り、女子二人とはしゃぎながら川へ向かう。私たちは、すっかり打ち解けていた。
「It's my turn, baby! Woohooooo!」
木に強く結ばれたロープにぶら下がって、チンパンジーのように飛び降りるモニーク。面白すぎて笑いが止まらなかった。
約五メートル近く高い橋からダイブしようとシェルビーに誘われる。彼女はスリル好きなのか、全く恐れることなく目がキラキラしていた。
列に並んで順番を待つ。
出番が来た途端、彼女は先陣を切ってすぐに飛び降りた。
「Kurumi! Com'on! You can do it!」
橋の下で川にぷかぷかと浮かぶ彼女が、満面の笑みで私を応援する。
少しこわばった体で、水が入らないように鼻を指で押さえる。隣にいたライフセーバーがカウントし始めた。
「Count to three. You ready? Three! Two! One!」
水しぶきを高く上げ、体が奥深くまで沈んでいく。暗い中、恐る恐る目を開けると頭上から漏れる光が眩しかった。ライフジャケットのおかげで私の体が一気に浮き上がっていく。
「Nice one, Kurumi!」
飛び降りた瞬間、心臓が浮いて怖かった。だが、同時に何かが吹っ切れた気がした。気持ちがすっきりして、その後も有意義な時間を過ごした。
夕食後キャビンに戻ってからは、消灯時間まで班のみんなとウノをした。場が盛り上がると同時に、全員の顔を認識していく。みんなとの友情は確実に深まっていた。
数日経ち、母と父がキャンプ場に着いたとの知らせを受ける。私は慌てて二人のもとまで走った。
「おー、くるみ頑張ってるか!」
「お父さん……!遅い!二週間なんて長すぎるよ!」
母が不機嫌になった私をなだめようとする。
「そもそもどうしてキャンプに参加しなきゃいけないの?学校じゃないし、絶対じゃないんでしょ!?私もハナやマイカみたいに家おりたかった!!」
「お父さんの決めたことだから仕方ないんよ。あと一週間だけやから我慢して?楽しいこともあるんでしょ?」
丸め込もうとする母が許せなかった。泣きながらすねる私を放置して、父と母が帰ろうとする。
「くるみ、帰るからな。頑張れよ!また一週間後、迎えに来るからな!」
アメリカに移住して約一年しか経っていない。くるみには厳しすぎたかもしれないと反省したのだろうか。申し訳なさそうに二人が車へと向かう。後ろで見守るメーガンと私をチラ見しながら、そのまま帰っていった。
私はメーガンに励まされながら、キャビンに戻った。そこには、トランプで盛り上がる仲間がいた。案外早く機嫌を取り戻し、私も輪に入ってゲームを楽しむ。
キャンプでの残り時間は充実していた。最終日前日は、昼間に絵を描いたペーパーランタンを用意し、夜に参加者全員で川へ向かった。夜空の下で、何十個もの絵がぷかぷかと流れていく。オレンジ色の淡い光が川を照らし、まるで映画のワンシーンに出てきそうなぐらい幻想的だった。
最終日の夜は、キャンプファイヤーで枝に刺さったマシュマロを一斉に焼いていく。ビスケットにチョコレートと焼いたマシュマロを挟む。程よく溶けていて、ほっぺが落ちそうなぐらい美味しかった。
翌日の昼頃、両親が迎えに来た。
どこまでも続く森林。でこぼこ道を車が走っていく。
私は大人になって、改めて両親に尋ねた。
「子ども達にとって価値のある夏休みを送ってほしい。」
そんな父の意向を社長夫婦が聞いて提案したのが、サマーキャンプとのことだった。
疲れ果てた三兄弟はそれを知る由もなく、後部座席でもたれ合いながらぐっすりと眠りについた。
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