第20話 サマーキャンプ(中編)

キャビンに戻り、班のみんなと聖書を持って教会へ向かう。



こんなの使って一体何を勉強するの……?



初めて見るB5サイズの分厚い本。歩きながら少し中を覗いてみる。想像以上にページが薄っぺらく、どこを開いても小さい英語の文字が端から端までびっしりと詰まっていた。



え、全然読めない……。これ全部するの?



約千二百ページもある本をたった二週間のために用意したのかと思うとゾッとした。現実を受け入れられず、今すぐ引き返したいと心の中で願う。


教会の中へ入り、そのまま順番に長椅子へと座っていく。牧師が語り始め、前列で何かが入った器が横へと流されていく。回ってきた器の中を見ると、そこにはちぎられたパンが入っていた。


動揺しながらも周囲を見渡して、見様見真似で一切れを口に含む。正しいか自信がない私は、そのまま隣の人に器を手渡した。

突然全員が立ち上がり、それぞれ前方の棚に用意された本を開く。特に合図があったわけでもないが、その場にいる全員があたりまえのように歌い始めた。みんなの中にある常識が私にはなく、ワンテンポ遅れながらも慌てて周りに合わせた。


口パクで私はその場を乗り切ると、それぞれ教室に移動し始めた。自分の班についていくと、そこには三十代ぐらいの女性がいた。シスターと呼ばれる彼女が、私たちに聖書を開くようにと指示する。



「Good morning, girls. Please open bible to page three hundred and forty-six. Could you please read first paragraph?」



いきなり聖書の三百四十六ページを開く。班の女子一人一人が一段落ごとに読み上げていく。緊張と不安が込みあがり、次第に腹痛が私を襲う。先生は場の空気に馴染めてない私に気づき、気遣って順番を飛ばしてくれた。



「Thank you. Now please open to page eight hundred two.」



次は八百二ページ……?先生の気分でページを選んでるのかな?



この日に読み上げたのは、たったの二ページ。一章ずつ読むわけでもなく、先生が指示した一部段落のみ読み上げて、授業が終わろうとしていた。



「This is end for today. Who will pray for us? Oh, thank you. Please go ahead.」



突然みんなが目を閉じて下を向く。そんな中、祈りを捧げる女の子一人を私は不思議そうに見つめた。自分の出番がいつか来るかもしれない。参考も兼ねて、警戒しながら意識を集中させて内容を聞き取る。



食事を与えてくださったこと。

みんなで楽しむ時間をあたえてくださったこと。

貴重な機会を設けてくださったこと。



「平和な日常を送れたのは神様のおかげです。」と感謝の言葉を並べていた。



最後に全員が「アーメン」と口を揃えて言い、顔を上げて目を開けた。



教会を出て、真っ直ぐキャビンへと向かう。一時間ほど休憩時間が設けられ、みんなが楽しく雑談し始める。英語が全く話せないのだろうかとメーガンに心配されるぐらい、私はかなり静かだった。


気疲れと同時に、帰りたいという気持ちが強くなっていた。私の切実な願いが叶うはずもなく、ただただ話す気力を無くす。



夕方からは体育館でバスケットボールをするというスケジュールが組み込まれていた。私は昔から球技全般が大好きだった。参加は任意とのこと。無気力状態の私はみんなが楽しそうにはしゃぐ姿を、体操座りで傍観していた。



長い時間が過ぎていき、晩御飯を食べ終えてキャビンで寝る準備をする。順番にシャワーを浴びて着々と準備が進む中、突然女子一人が悲鳴をあげる。



「Oh my god! Somebody help! Help me real quick!」



慌ててみんなが彼女のベッドに集まる。そこには黒い巨大蜘蛛がいた。初めて見る大きさに、さすがのメーガンも後ずさりする。なんとかしなければとメーガンは意を決して、網で捕まえようとした。だが飛び跳ねて逃げる蜘蛛は、最終的に私のベッド近くへと移動した。メーガンがやっとの思いで、捕まえる。


私は大の蜘蛛嫌い。最悪のタイミングだった。ただでさえ気分が落ちていたのに、さらに帰りたいという気持ちが込み上げてくる。


メーガンが電気を消して椅子に座りみんなを見守る中、私は怖くて布団に潜り込んだ。全く眠りに着けない。

少し時間が経ち、扉の開く音が聞こえた。そーっと布団から顔を出すと、キャビンから出ていくメーガンの姿が見えた。


私は泣きそうになりながら、彼女を追って外に出る。彼女は少し離れた別のキャビンへと入っていった。

彼女を呼び止めようと思えばできた。だが、その後どうすればいいか思いつかない。


空気が冷たい。人の気配がなくなり、霧がかった真っ暗な森林で月が光輝く。扉前で絶望しながら、一人立ち尽くす。



二週間近くお母さんとお父さんに会えないなんて無理だよ……。夏休みじゃないの?なんでまた苦しい思いをしなきゃいけないの?どうして一緒にいちゃダメなの……?やだよ、もう疲れたよ。今すぐ会いたいよ……。



十分ほどして、私は静かにキャビンの中へと戻った。

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