第19話 サマーキャンプ(前編)
二ヵ月半の夏休みが始まった。
今年は帰国予定がないため、アメリカで時間を過ごす。
平凡な日々をのんびり送る。兄妹みんながそう思っていた。
突如両親が家族全員をリビングに集め、父が真剣な顔で話し始める。
「えーお前ら三人には、来週からキャンプ・タコダに行ってもらう。期間は、二週間!現地の子ども達と交流して、そこで海外の暮らしや自然について学んでもらう。せっかくの長い夏休み。いい機会になるから、みんな覚えとけよー!」
「え、お父さんとお母さんも一緒に行く?」
私が不安げに質問をする。
「お父さんとお母さんは、送り迎えだけ。お前ら含め、子ども達とそこのスタッフで一緒に生活をする。以上!とりあえず、必要なもの今から買い揃えていくぞー。」
突然のことに頭がついていかない。
「この子ら聖書持ってないけどいるやんな?」
「いるな。どこで買えるんやろ。とりあえず先にこっち揃えよか。」
両親はおかまいなしに着々と準備を進めていく。
それから一週間があっという間に過ぎた。気づけば約二時間ほど離れた森の中を車が走っていた。
「お前ら起きろよー!もうすぐ着くぞー!」
駐車場もない緑の上で、車が停止した。降りてみると、そこにはアンティークで色が濃いめの大きい木造施設が一つ。ステンドカラスがきれいな教会が一つ。そして赤い扉が映える小さいキャビンが三十棟ほど並んでいた。
各キャビンに一人か二人のスタッフが付くとのこと。三人兄妹は、さっそく担当スタッフを紹介される。だが私は緊張が高まり、ちゃんと顔を見て話を聞くほどの余裕がなかった。
両親が子ども達それぞれの布団をキャビンのベッドに敷いていく。
「ぴったりやん!置いといてよかったー!」
私のキャビンで嬉しそうにする母。
敷いてくれた布団に、なんとなく見覚えあった。
「これくるみが保育園の時に使ってたお昼寝布団やで!引っ越しの時に持ってきてよかった~!ちょうどいいわ~!」
満足げな母を、私は興味なさそうに見ていた。
それから一時間ほどして両親は手続きや荷物運びを終え、あっけなくその場を去っていく。
「三人とも頑張るんやぞ!いい経験になるから!じゃあ、またな!」
担当のスタッフと一緒に手を振って、両親を見送った。
「Hi, Kurumi. I'm Megan and I'll be with you for next two weeks.」
今日からお世話になるメーガンは、笑顔が素敵なぽっちゃり女性だった。日焼けで真っ白だったであろう肌が少し小麦色っぽくなっていて、顔にはそばかすがあった。筋肉含めアクティブな女性であることがなんとなく伝わった。
それから二時間ほど経過し、気づいたときには約六名の女子が私と同じキャビンに集まっていた。不安がる私を差し置いて、みんな明るく元気だ。キャンプを楽しみにしていたのが、ひしひしと伝わってくる。
今日からこのメンバーで一緒に生活するのか……。
自分一人だけ場違いな気がして、いっそう孤独を感じた。
それぞれ自己紹介を終えて、さっそく夕飯を食べに行く。最初に見た木造施設へ向かい、階段を上っていくと、そこは食堂だった。他のキャビンで生活する子ども達やスタッフが集まっていく。遠くを見渡すと、兄二人の姿が見えた。それぞれの班で黙って食事をしている。
そっか、学校と違ってお兄ちゃん達にも会えるんだ。それに、私ひとりだけが緊張してるわけじゃないんだ……。
兄二人に会おうと思えば、いつでも会える。よく知っている人が近くにいる。不安だった気持ちが少しだけ軽くなり、私は用意されたハンバーガーを食べ進めた。
食べ終わってからキャビンに戻り、今後のスケジュールについて説明を受ける。最初の三日間は少し予定が詰まっていて、幼い私は把握しきれなかった。焦りを感じつつ、世話係のメーガンが声かけしてくれるとのことで少しホッとした。
キャビン内のシャワー室に入ると、ぶら下がった電球が小さくて照明が暗かった。かすかに小さい虫が飛んでいるのが分かる。床も汚くてかなり抵抗感があったが、なんとか我慢できた。
私は二段ベッドの下段で先に寝転ぶ。消灯時間になり、メンバーみんなもそれぞれのベッドに入った。
「Every one ready to go to sleep? I'll turn the light off. Good night, girls.」
メーガンが周りを見渡して、確認してから電気を消した。彼女は角に置いてあった椅子に座り込み、足を組んで目を閉じる。この日は、私もすんなりと眠りにつけた。
朝が来てメーガンがみんなに声をかける。
「Good morning, girls! Wake up! Time to get ready!」
私はすっと起き上がりメーガンを見ると、彼女はなかなか起きないメンバーの体を容赦なく大きく揺さぶっていた。
私含め数名が着替えを済まし、残りの女子は寝ぼけながらパジャマのまま外へ出る。空気がひんやりとしていて、日が昇りきってない朝。私たちは、食堂へと向かった。
メンバーとコンフレークを食べながら、私はその場で兄二人を探す。さっそく二番目の兄を見つけるが、彼はすでにメンバーと打ち解けている様子だった。
この場合、よかったねと思ってあげるのが優しさなのだろう。
だが、私はショックでしかなかった。
どうしよう。置いていかれる……。
焦った気持ちが抑えられず、必死に一番上の兄を探す。だが彼の姿が見当たらない。
おそらく彼の班はすでに食事を終えて、食堂を出ていたのだろう。
不安な気持ちが徐々に強くなっていく。
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