第18話 ミスサマンサ、二年生の終わり

小学二年生の一月中旬。

今日は、ミスワットソンと最後の授業。期間限定の臨時教師だったと後になって知る。



「Kurumi, I enjoyed teaching you and thank you for letting me know your Japanese culture. I'll miss you so much!」



私との出会いは彼女にとっても、日本の文化を理解する良い機会になったようだ。


最後の別れを惜しんでミスワットソンが私を強く抱きしめ、おでこにキスをする。


涙を流すほどではなかったが、彼女と出会えたことで学校生活が改善されたのは確かだった。それに私も彼女を気に入っていた。母から渡すようにと言われた日本の扇子を取り出す。



「Is this for me? Oh wow, how neat! You’re so sweet. Thank you very much. I will never forget wonderful time I spent with you.」



喜ぶミスワットソンを見れて、私も嬉しかった。彼女との思い出を形に残す、良いお土産になったようだ。お互い手を振り、彼女は教室を去っていった。



それから二日ほど経ち、教頭先生が新しい臨時教師を紹介してくれた。その時出会ったのが三十代ぐらいのふくよかなメキシコ人女性、ミスサマンサだった。


彼女は夫婦でアメリカに移住して長く、今では私と同級生の娘が一人と五歳の息子がいた。いわゆる移民家族というやつだ。


ミスワットソンの時は毎日一時間半の授業だったが、ミスサマンサは毎週火木に二時間みっちり英語を教えてくれるとのこと。つまり残りの曜日は、クラスメートと一緒に国語の授業へ参加する。おそらく少しづつ慣れさせるのが目的だろう。


ミスサマンサは英語とスペイン語しか話せない。ミスワットソンと違って、日本の知識すらあまりない。簡単な教材を使用して、英語の勉強をするようだ。


さっそく私ひとり別室に移動し、個別で授業が始まる。電子機器を使用することはなかったが、ミスサマンサが紙芝居のような英語付きの絵を用意してくれた。私が理解しやすいように、はっきりとした発音でペースを落とし説明していく。



「He found. An envelope. When walking down the street. He picked it up and ......」



私の手が少しでも止まると、必ず状況確認して優しく笑顔で教えてくれた。


以前までの私は、英語で説明し直されたところで全く理解することができなかった。

ミスワットソンとした授業の成果だろうか。ミスサマンサの言葉が分からないまま授業が進むことは、ほぼなかった。日本語を一切考えることなく、感覚で英語を書いていく。



季節が変わり、四月になった。温かい陽気を感じるようになり、三ヵ月間お世話になったミスサマンサに日本の扇子を渡す。


私の親としては、日本の扇子は外国の方に手軽に用意できて、確実に喜んでもらえる定番のお土産だった。

予想通り、これからちょうど使えるねと嬉しそうに受け取ってくれた。ミスサマンサが最後に私を勇気づける。



「Kurumi, you did a very good job on studying English. Be confident and you'll be alright. Hope you enjoy rest of your life with friends in your classmates.」



彼女曰く、私の英語運用能力は向上していて、自信を持って大丈夫とのこと。これからはクラスメートと毎日授業を受けることになるが、きっと残りの人生を楽しめると励ましてくれた。


ミスサマンサとお別れし、自分の教室に戻る。彼女の言う通り、この時点で英語への理解力は確実に高まっていた。国語はみんなと普通に授業を受けられるようになり、算数に関しては成績トップだった。



五月下旬の夏休み前、二年生が今日で終わる。登校最終日のため、それぞれの親が教室まで迎えに来てくれた。


この時にクラスの約十五人中、一人だけ留年が決定していた事実を知る。彼は優しくて目がぱっちりした、可愛い男の子だった。私とも仲良くしてくれていたのだが、算数も国語も私より覚えが遅いのはなんとなく知っていた。どうやら小学生で留年するのは、珍しくないようだ。


母がそれを知り、思わず慌てて私に問いかける。



「え、留年する子がおるん!?くるみは大丈夫なん!?」


「大丈夫みたい……。」


「それだけ英語が上達したってこと?え、いつの間に!?どうやって!?」



現地校に通い始めて、実質十ヵ月ほどしか経っていなかった。もちろん私の英語は、他生徒と同様に扱えるほど完璧ではない。だが母にとって、この短期間で十分習得していた娘が不思議で仕方がなかった。


この時の私は理由を聞かれても答えられなかった。



今なら分かる。

私は日本語を一切考えることなく、感覚で英語を覚えていた。国語の成績が足りていたのは、おそらく問題を解くためのコツをつかんでいたからだ。確実に正解を求めるのではなく、パズルのように何パターンか頭の中で想像して、その選択肢の中からなんとなく一つ選んでいたのだと思う。


簡単に言えば、日本人の赤ちゃんが日本語を覚える時と同じだったのだろう。


母は英語の学習成果を幸子さんに報告し、彼女との英語勉強会もこれを機に終了した。

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