第22話 保たれた日本人らしさ

サマーキャンプも無事終わり、やっと気楽な毎日がやってくる。

車で十時間離れた有名観光地へ旅行したり、カントリークラブでゴルフやテニス、プールなどはへ行ってはしゃいだり。私は家族との時間を満喫していた。

近所に住む友人の家にも遊びに行った。滑り台付きの大きいプールに巨大トランポリン。毎日時間に余裕があって、充実した生活を送っていた。


なのになぜだろう。少しでも一人の時間があると、退屈で仕方がなかった。


夏休みが終わるまで、まだ三週間もある。日本だったら約束をしなくても、誰かしら近所の子が公園に集まっていた。だがアメリカの子ども達は近くの公園で遊ぶどころか、自転車に乗って友人と出かけるという習慣すらあまりなかった。


兄二人は日本のアニメをパソコンで見たりテレビゲームに没頭したりして、私の相手をする気がない。


私は部屋にこもって、一人でビーズのブレスレットを作っていた。そんなどこか寂しそうな私を見て、父が大きな紙袋を持ってくる。



「くるみ、ちょっとこれ見て。」



紙袋の中を覗くと、十五冊の本が入っていた。



「なーに、これ?」


「少女漫画。これなお父さんが若い時に読んでたんや。くるみ女の子やろ?これすごく面白くておススメ!通販で買ったから、ぜひ読んでくれ。」


「ふーん……。」


「おいおい。ちゃんと読めよ!絶対気に入るから!」



なんとなく受け取った少女漫画を私は読み始める。絵の雰囲気だけでアメリカのモノじゃないことが分かった。


読めない漢字にふりがながついてて絵も分かりやすく、スラスラと読み進められる。主人公は、学年一成績の悪い女の子。彼女が一目ぼれをしたのは、学年一成績優秀でルックス抜群の冷たい男の子。叶うかも分からない恋を追いかけて、一途に想い続ける学園恋愛物語。

制服姿の破天荒な彼女が、大胆にアタックしていく。気持ちの浮き沈みを繰り返しつつ、時間をかけて素直な想いを伝える彼女がかっこよくて、かなり新鮮だった。


正直アメリカに来てからこんなに純粋な恋愛を、見たことも聞いたこともなかった。主人公の考えを読んでいくうちに、理想の恋愛像が確立していく。純粋な恋愛に強い憧れを持ったのは、この時からだった。


幼少期にアメリカの現地校へ通う。ということは、性格や価値観が日本人ではなくアメリカ人よりになるのが自然な流れ。だが父に手渡された少女漫画によって、日本人らしい恋愛像を理解するだけでなく、それ以降も恋愛における日本人らしさがブレることはなかった。


読み終わっても、繰り返し読み直す。理解できない日本語を親に聞いたり、調べたりもした。私はすっかり少女漫画に夢中だった。



夏休みも残り一週間になり、私たち家族は社長宅のホームパーティーに招待された。


新しく日本人家族が引っ越してきたとのことでウェルカムパーティーをする。いつも通り家族そろってドレスアップをし、身だしなみを整えていく。


到着すると、社長と妻である幸子さんが玄関で出迎えてくれた。中に入って奥へ突き進むと、美術館に展示されてそうな豪華なソファに千津子さんが座っていた。

真っ白でブルーアイが綺麗な猫が彼女の膝に座っている。いつもは隠れていたため、間近で見るのは初めてだった。眺めていると、千津子さんの膝から降りて私の方までゆっくり歩いてきた。気品で華麗な立ち振る舞いから、猫でさえオーラを感じる。


母は手作りのロールケーキとクリームコロッケを幸子さんに手渡し、みんなで立ち話をしているとベルが鳴った。


そこには若夫婦と男の子がいた。メガネをかけた賢そうな旦那様と顔つきがきりっとした奥様。小さい男の子を見て、幸子さんがさっそく話しかける。



「僕、名前なんて言うの?」


「けんた、よんさい!」


「けんた君って言うのね。可愛いわね~!」



幸子さんがけんた君の頭を撫で、照れ隠しなのか彼女の手を想いっきし振り払う。



「やめろよ!」



その直後に、けんた君ママの怒鳴り声が大きく響いた。



「こら、けんた!失礼でしょ!幸子さんに謝りなさい!」



幸子さんに対して強気なけんた君にも驚いたが、それ以上に怖いと思ったけんた君ママの声。私は驚いて、サッと母の後ろに隠れた。


アメリカ生まれアメリカ育ちだったけんた君。まだ小さく、現地校に通ったことはない。なので英語はあまり話せない。だが四歳とは思えないほど流暢に日本語を話し、両親から厳しい教育を受けているのがなんとなく伝わった。


すぐにけんた君と打ち解ける星成家三人兄妹。食事を終えて大人たちが話し込む中、私たちは先に階段上の子ども用ルームへと移動する。

豪邸の中にある数少ない小さめの部屋。ソファ一つにテレビ一つ。いろんなおもちゃがあって、壁一面の本棚に日本の漫画がズラーっと並んでいた。まるで秘密基地にいる感覚だった。


兄二人とけんた君がテレビゲームに没頭する中、私は何種類か少女漫画を見つける。ページを開いて少し読み進めるが、どれもなびかなかった。



やっぱりお父さんにもらったのが、一番好きだなぁ……。



完結した漫画の最終ページを開いて、私はあることに気づく。



あれ?お父さんにもらった少女漫画って続きがあるんじゃ……?



私は急いで階段を下りて、父のもとまで聞きに行った。



「ねぇ、お父さん。お父さんにもらったイタズラな○○○○って十五冊目が最後?」


「いや、まだ先があるで。ただちょっと高いから、一旦そこまで買ってん。」



楽しみが増えた瞬間だった。



あの少女漫画には続きがある!!



もともと恋愛好きな私は、すっかり虜になっていた。絶対に私も将来、こんな純粋で真っ直ぐな恋愛をするんだと心に誓った。

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