第9話 小さな希望、初めての気づき
いつも通り現地校へ登校する。
母が他保護者と同じように、ロータリーで私を車から降ろす。
「いってらっしゃい、今日も頑張ってね。」
「うん、いってきます。」
周りの生徒についていき、いつもの教室に入っていく。
恐怖心はまだあるが、以前よりは少し治まっていた。
だが寂しさが消えることはなく、相変わらず机に頭を伏せて静かに泣き続ける。
時間の経過を待つとともに自然と不安が募り、お腹が痛み出す。
そうだ……。
父にもらったメモを取り出し、カタコト英語で先生に伝えてみる。
「アイハブア、ストマケイク……」
「huh? One more please……?」
理解できないが、もう一回声を大きくして伝えてみる。
「アイハブア、ストマケイク……!」
初めて私の言葉を理解することができ、先生の表情がぱぁっと明るくなる。
そのまま手をつないで私を保健室へ連れていき、ドロップのようなピンク色の薬をくれた。
子供用だったのだろうか。
甘くて美味しい……。
薬の効果なのか、味が好みだったからなのかは分からない。だが少なくとも私が少しずつ落ち着きを取り戻すのに、最も効果的だったと思う。
不思議とその時間だけ自分の置かれてる状況を忘れ、食べることに集中できた。
午後の授業が始まった。
私はまた頭を伏せて静かに泣き始める。
だが、この時はいつもと空気が違った。
先生に初めて私から話しかけたからだろうか。少し心を許してくれたと思い込み、泣いている私を抱きかかえ、椅子に座る。
「It'll be okay. You're fine. Don't worry.」
何を言ってるか分からない。
だが先生の大柄の体がふかふかしていて、少し安心したのを覚えてる。
他生徒も私に声をかけてくれるが、言葉がさっぱり分からない。一方、心配してくれているのはなんとなく分かっていた。
「Kurumi, you okay?」
左隣から聞き覚えのある優しい声。
ステッファニーだ。
彼女の言葉だけは、なぜか理解できた。
はっきりとした短い英語で、聞き取れるよう丁寧にゆっくりと笑顔で話しかけてくれる。
幼くして気遣いのある彼女に、私はゆっくり頷きながら日本語で返事をする。
「うん……。」
先生は私たちのやり取りを見て、二人なら上手くやっていけると感じたらしい。
その日を境目に、席替えをしては横を見ると、必ず彼女が隣の席に座っていた。
祖母と電話をしてから一週間が経ち、段ボールが届いた。
じゃがりこ、ハイチュウ、コアラのマーチ。
私の大好きなお菓子がたくさん詰められている。
奥を探ると、小さい包み紙が入っていた。
おばあちゃんがそういえばプレゼント入れてるって言ってた……。このことかな?
開けてみると、そこには少し大きめのネックレスが入っていた。
カラフルなガラスがキラキラと輝いている。
「お母さん見てみて!見てこれ!可愛いでしょ!これおばあちゃんが私にくれたんだよね!?」
飛び跳ねる私を見て、母が私に提案する。
「よかったねぇ〜。おばあちゃんに電話でお礼する?」
「うん!する!」
母は時差を確認し、いつもより長い電話番号を打って私に受話器を渡した。
「もしもし!おばあちゃん!?ネックレスつけたよ!すごくきれいで好き!ありがとう!」
「気に入ってくれた?よかった。お守りだと思って大事にしてね。」
私は次の日から、毎日学校に着けていくようになった。
いつもと変わりなく登校する。
ただこの日は、ほんの少し前向きになれた。
席に着くとすぐにステッファニーが気づいてくれた。
「Hi, Kurumi ! Oooh...... beautiful neckless!」
分かりやすい英語にジェスチャーを交えて、早速ネックレスを褒めてくれた。
「てんきゅー!」
私は簡単な英語を使って、笑顔で答えた。
先生が教室に入ってくる。
「Good morning, Mrs. Scarbra!」
先生にみんなが挨拶をし始め、私も挨拶をしてみる。
「ハーイ!ティーチャー!」
意味は通じたようだが、私の言動がおかしかったのだろう。笑いながら訂正してくる。
「Good morning, Kurumi. You can call me Mrs. Scarbra, okay?」
反応からして、なんとなく私だけが間違えていることを察した。
あれ……?先生は英語でTeacherのはず。でも確かにみんな先生のこと名前で呼んでる……。
アメリカでは、先生って呼ぶと変なんだ。
それにみんな友達同士では、HiとかHeyって挨拶するのに、先生にはGood morningかHelloを使っている……。
馴れ馴れしかったかな……?
この時初めて教科書通りの英語を実践して、違和感というものを感じた。
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