第7話 幻覚、悲痛な叫び
金曜日の晩、十時頃。
二階へ移動し、母が私をベッドへ誘導する。
「お父さんは今テレビ観てて、お母さんは食器洗わないといけないし、他にもすることあるから先に寝てて。後で来るから。」
そう言って母は私を一人残した。
暗くて広い、真っ白の部屋。
眠れない私は、右から左へと辺りを見渡す。
右にはウォークインクローゼットがあり白い大きな扉で閉まっている。
正面右側には白い大きなドア、そのすぐ左には私より大きい花の絵画。
真正面には部屋四分の一を占める巨大なドレッサー。左右の扉が全開にされ、鏡にはベッドに寝転ぶ自分の姿がはっきりと映っている。
左を振り向くと小さな窓がある。
ブラインダーが半開き状態で、自分の目線より高い庭の木と道路が街灯で照らされている。
左隣のベッドと今いるベッドの間に小さいテーブルと黒い固定電話がある。
その上を見上げると、大きな時計が静かに時を刻んでいた。
「カチ、コチ、カチ、コチ」
今まで広い部屋や大きな家具に囲まれて、一人になったことがない。
「ボーーッ!……ボーーッ!……」
窓の外で貨物列車の音が鳴り響く。
不思議といつもより怖く感じる。
別のことを考えようとするが真っ先に現地校での記憶がよみがえる。
頭からなかなか離れない。
尋常じゃない不安や恐怖に駆られ、眠りにつけず、ただただ時間がゆっくりと流れていく。
目線を花の絵画に向け、じっと眺める。
あれ……。
何か違和感を感じた。
額縁が少しずつ歪んでいるように見える。
気になって見ていると、花の絵までゆらゆらと動いている。
え、なんで動いているの?怖い。怖いよ……
布団に潜り込み震えていると、母と父が部屋に入ってきた。
「お母さん!あのね、絵がね、動いてすごく怖い……」
「絵ってあれ?何言ってんの。いいから早く寝なさい。」
母に説明するが、全く理解してもらえない。
そのまま父は左隣のベッドへ入り、母が私と同じベッドに入る。
私は母のぬくもりを確かめながら、なんとかして一緒に眠りにつく。
寝つきが悪かったのか、夢を見た。
暗闇の中、川の向こうで祖父が私を見つめ、その前に立っている祖母が私に向かって話しかけてくる。
「くるみちゃん、ごめんね……もう会えないけど、頑張ってね。」
私は思わず飛び起きた。
「お母さん!お母さん!どうしよ!……おばあちゃんが……おばあちゃんが死んじゃう!おばあちゃんが死んじゃうよ!いやだ!助けて!おばあちゃん行かないで!……一人にしないで!いや!いや!いやーー!!!!」
聞いたことのない私の泣き叫ぶ声に、母は急いで私の肩を大きく揺さぶる。
「くるみ!どうしたの!?落ち着いて!おばあちゃんは日本におるから!」
私を強く抱きとめる母。
その背中越しに、ドレッサーの鏡に何かが映り込む。
祖母がこちらに向かって手を振っていた。
「いやーー!!!おばあちゃん行かないで!いやだ!いやだ!死なないで!いやあぁぁー!」
母が異常な私を見て、焦りながら私の頭を胸に押さえる。
初めて聞く悲痛な叫び声に動揺が隠せない。
なんとか時間をかけて落ち着きを取り戻そうとする母。やがて私は疲れ果ててしまい、お昼まで深い眠りについていた。
この日の出来事を私はいまだにはっきりと覚えている。
そしてこの精神状態は改善されるどころか5日ほど、悪化していく日々が続いた。
最終的には起きてる状態でも、私の家族全員が暗闇の中、私に背を向けて遠のいていくのがはっきり見えていた。
父と母は真横にいるはずなのに、なぜか家族全員が死んで、私が一人になってしまうと泣き叫び続けていた。ありえないのに。
中学三年生の頃、日本のテレビで覚醒剤の特集をしていた。
薬物を乱用することで何が起きるか、再現映像が流れる。
ないはずのものが見えるようになり、怯え狂う当事者。
「あれ……これ……。私があの時、ベッドで見た光景と恐怖心に似てる…!幻覚!?」
衝撃を受けた私は、咄嗟にキッチンにいる母を呼び出し、自分が過去に見た光景について話す。
母は、かなり驚いていた。
まさか7歳の私がそんなことを体験していたとは思わなかったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます