第6話 心身ともに崩壊

両親が私を同じベッドで寝かせようとする。



「今は少しでも安心させないと……。」



その思いとは裏腹に、明日も地獄のような一日が来ると思うと、私はなかなか落ち着くことができなかった。

夜の時間の長さに耐えられず、ゴソゴソしてしまう。


夜中の三時頃だった。



「くるみ、いい加減じっとして寝なさい。」



突然聞こえてきた低い声に私は驚き、体が凍りつく。


父に怒られたのは久々だ。

怖い、怖すぎる。


私は自分の声を押し殺し、静かに泣いた。



――次の日



一睡もできないまま朝が来た。


両親も寝不足で疲れている様子。



私はまだ自分にチャンスが残されているかもしれないと思い、母に泣きながら学校へ行きたくないと訴える。



「お母さん、学校行きたくない。嫌だ……お願い、嫌だよ……。」


「くるみ、みんな頑張って行ってるからくるみも行かないとダメ。ね?」



駄々をこねたいが、後ろから父の視線を感じる。夜中に怒られたことを思い出し、私は少し口籠る。


すごく行きたくない。でもこれ以上言うと、また怒られそうな気がする……。


私は潔く諦めて、泣きながら車に乗った。



学校へ着くと、正面入り口で教頭先生が待っていた。英語を話せない母は、愛想笑いをして簡単な挨拶をする。



「ハロー、おーサンキュー!」



教頭先生が私の手を優しく引いた。


そして、すぐにその場から去ろうとする母の背中を、私は見えなくなるまでじっと見つめた。


教頭先生はそのまま私を教室に連れていく。

担任の先生に軽く挨拶をし、すぐ教室から出ていった。



頼れる人が誰もいない。

話せる人もいない。

友達もいない。



孤独だった。



誰とも関わりたくなくて、話しかけてきた担任の先生に耳を傾けることなく、頭を机にうつ伏せる。

そのまま永遠と泣きながら、ゆっくりと時間が過ぎていくのを待った。



お昼十二時になった。

授業が終わり、みんなが食堂へと移動していく。


先生が話しかけてくれたが、私は一向に動こうとしない。


先生は私の背中をポンポンと優しく押し、諦めて教室を出ていった。



静かな教室。

頭をあげると誰もいなかった。

シーンとしていて、音一つしない。



私はこれからずっと一人なんだ……。



今まで味わったことのない絶望感。


悲しくなり、日本での生活を思い出す。

真っ先に浮かんだのは大好きな祖母だった。



「おばあちゃん……会いたいよ、助けておばあちゃん……どこにいるの……。」



少し時間が経ち、先生が教室に戻ってきた。

給食を手にもって、私の隣に座る。


先生が私のリュックに指をさす。



「Lunch box?」



母が作ってくれた弁当箱がそこにあった。


アメリカでは給食と弁当どちらを選択してもよいが、全員食堂に移動する決まりとなっている。


今回は、先生が特別に許してくれたようだ。



食欲はないが、仕方なく弁当をリュックから取り出す。そして母が作ってくれたおにぎりを手に取った。



「Oh, wow...What's this?」



私は相変わらず何も返事をしなかった。

先生は嫌な顔一つせず、隣で食べ始める。


私もおにぎりを一口食べ、慣れ親しんだ味にほんの少しホッとした。



みんなが教室に戻ってき、私はすぐに現実に引き戻される。

結局そのまま頭を机にうつ伏せたまま、泣きながら残りの時間を過ごした。



学校で泣き続け、家に帰っても父に抱っこされながら号泣し、夜中はなかなか眠りにつけず何度も目が覚めていた。

これが五日間ずっと続いていた。



限界だった。



この時点で、精神的にも体力的にもかなり疲れきっていた。



金曜日の晩だった。



私の心はついに崩壊し、体に症状が出始める。



今だから分かる。


私が毎晩ベッドに入っては見ていたありえない光景、そしてあの恐怖。



幻覚だった。

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