第5話 現地校 登校初日 (後編)

もうすぐお昼休みに入る。

突然、父と母が教室に入ってきた。


私がひどく怯えていたため、担任の先生が連絡してくれたそうだ。


私は父と母の姿を見てホッとしたのか、ほんの少し泣き止んだ。

そのまま遠くから見つめる。



お母さん……!帰りたいよ……!



今すぐ母に抱きついて、泣き叫びたかった。


しかし精神状態がおかしくなっていた私は、立ち上がることすらできなかった。


全身が少し痙攣し、しびれている。


声を出すこともできず、口をパクパクして必死にアピールをする。


だが父と母は自分たちが来たことで泣き止む私を見て、なんとか頑張れそうだと思ったらしい。



今思っていることを全てぶちまけたいのに、どうすればいいか分からない。


父と母が帰ろうとする姿を見て焦りを感じ、残った力を振り絞ってよろけながら近づいていく。


父と母は私を優しく抱きしめる。そして涙を流して何も言わない私の背中と頭をそっとなでた。

しばらくして二人は私に手を振り、教室を出ていった。



本当は、廊下を走って無理矢理にでも二人を引き留めたかった。

しかしそんな体力が残されているわけもなく、私はただただ呆然と立ち尽くし、絶望感を味わうことしかできなかった。



くるみのこと、どうでもいいんだ……



まるで飼い主に捨てられた子猫のような気分だった。


私は自分の席に戻り机にうつ伏せて、一度も顔をあげることはなかった。

ひたすら静かに泣いて、残りの時間が過ぎていくのを待つ。



十五時になると、生徒は親の送り迎えかスクールバスに乗車して帰ることが決まっていた。


車の場合は指定された列に並び、自分の親が前まで来たら乗車するというルールだった。この日は特別に駐車許可を得て、母親が教室まで迎えに来てくれる。



疲れ切っていたため、正直この時の記憶はあまりない。

だが母の話によると、静かに泣きながら車に乗って帰宅したそうだ。


家に着くと椅子に座る父が私を抱きかかえ、それからも一向にしゃべることなくひたすら泣いていたそうだ。



「次の日は休ませるべきじゃないのか……」



あまりに私がかわいそうだと思った両親は、心が揺らいだそうだ。


初めてのケースに両親は悩み、念のため社長に電話で相談をした。すると、その隣で聞いていた社長夫人が電話に出て言い切った。



「一度決めたことは、押し通しなさい」



帰国後、高校生になってから気づいたのだが、帰国子女の中でも現地校より日本人学校を中心に通う人が多いらしい。


それを知って帰宅後に、なぜ自分の子どもを現地校に通わせたのか両親に尋ねてみた。答えは明確だった。

田舎すぎて近くに日本人学校どころか日本人の子どもすらいない。だから現地校に通うしかなかったという仕方ない理由だった。

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