第4話 現地校 登校初日 (前編)

アメリカに移住して二週間が経とうとしていた。


日本の場合、新年度は四月と決まっているが、アメリカは八月下旬の夏休み明けスタートになるようだ。

明日から新二年生として、周りの住民と同じようにアメリカの現地校へ通う。


初日に必要な持ち物が学年ごとに異なるため、事前にプリントが配られるようだ。今回は特別に父親の会社が手続きを手伝ってくれたとのことで、会社側が別途プリントを用意してくれていた。


学校へ行く準備が少しずつ整っていく。


日本と違ってランドセルのような指定の鞄がないため、リュックを背負っていく人がほとんどだと聞いた。その中でも、スーツケースのようにローラーが付いたリュックを選ぶ人も多いとのこと。

私はローラーが邪魔だと思い、メッシュで少し中が透けて見える、濃いピンク色のリュックを選んだ。


バインダー、ルーズリーフ、はさみ、ノート、シャーペン、消しゴム……買い忘れがないか確認し、順調にリュックへと詰めていく。


もともと社交的で明るい私は、誰とでも仲良くできる自信があった。新しい学校生活があまりにも楽しみで、わくわくした気持ちを抑えられずにいた。



翌日、父と母は朝八時過ぎに私を車に乗せてエパソンエレメンタリースクールへ向かった。そこは青いドーナツ状の形をした平屋建ての学校だった。


車から降りると、父の会社にいたアメリカ人の女上司が待っていた。

どうやら新しい環境に慣れていない私たちのために、同行してくれるらしい。


入口へ入っていくと、高身長で三十代ぐらいの黒人女性が優しい笑顔で出迎えてくれた。ここの教頭先生である彼女が校舎案内をしてくれるとのことだった。

私と目線を合わせるため彼女はしゃがみ込み、自己紹介をする。

何を言っているか分からない私は、少し怯えていた。母の後ろに隠れて、ペコっと軽くお辞儀をした。



校舎内を一周し、一通り案内をしてくれた。もちろん一度で覚えられるはずがない。


そんな父が私に念押しする。



「トイレと教室だけは、ちゃんと覚えとけよ?いいな?」



私は黙って頷いた。



教室へ入ると、他にも親に付き添ってもらっている生徒がいた。何人かが親に手を振って、席に着こうとしている。


担任の先生は高身長で大柄、五十代後半の白人女性だった。優しい声で私に話しかけてくれたが、さっぱり分からない。父が間に入って、挨拶をする。


私の席を父親が教えてくれた。

座って周りを見渡すと、中国人のハーフとメキシコ人の生徒がいた。だが、彼らは問題なく英語で周囲と会話をしていた。



隣に座っていた女の子が私に声をかけてくれる。



「Hey, I'm Stephanie! What's your name?」



優しさで話しかけてくれたのだろうが、私は英会話で覚えた簡単な挨拶ですら思い出せなかった。


言葉が通じないことを察した途端、生徒みんなから注目を浴びる。

この時、物珍しそうな顔で私に視線を向けられ、なんとなく緊張したのを覚えている。



ホームルームが始まろうとし、教頭先生、会社の上司、父と母は教室を去ろうとしていた。私は、自分一人がこの教室に残されることを察し、慌てて母の裾を引っ張った。



「お父さんとお母さんは、もう帰るよ。三時になったら迎えに来るから頑張るんよ。」



言い返す言葉が見つからない私は不安そうに頷き、父と母は教室を去っていった。



席に戻り、ホームルームが始まる。



この人たちは誰?何を話してるの?なんでみんなして私をそんな風にじっと見るの?



新しい仲間とはしゃぐみんなの声が、呪文のように聞こえてくる。

何を考えているのか全く理解ができない。



なんなんだろう、この人たち…怖い怖い怖い…お母さん助けて、私を一人にしないで…嫌だ、嫌だよ…お願いだから今すぐ戻ってきて……。



恐怖心が一向に収まらない私は、ついに泣き始めた。



先生が心配し、私のそばに寄り添う。他の生徒も心配して私に声をかけてくれたが理解できるわけがない。私はいっそう怖くなり、その場で泣き喚いてしまった。


教室中に私の泣き声が響き渡り、先生が仕方なく私を抱えて、教室の隅にある本読みスペースへと連れていく。

黄緑のカーペットが床に敷かれており、先生はその場に私を下した。


泣き崩れた私は時間の経過とともに少しずつ静かになり、そのまま一人で号泣し続けた。

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