第3話 社長夫婦との会食
ウエディングドレスのような真っ白いパーティードレスを身に纏った私。隣で淡い紫とピンクがかった淡紅藤色のパーティースーツを着こなす母。正面には黒スーツの父と黒のズボンに長袖カッターシャツの上からベストを羽織る兄二人。
女性陣は綺麗なアクセサリー、男性陣は色鮮やかなネクタイを身に着け、私たちはいつもと違う雰囲気を出していた。
目的地へ着くと、そこは壁一面窓ガラスで覆われた見通しの良い大部屋。
窓の外を見ると、均等に刈られたエメラルドグリーンの芝生が永遠と続いていた。
わぁ……きれい……。
ゴルフ場にある高級レストランで五分ほど待っていると、高価な服を着た大人三名がこちらに向かって歩いてきた。
ネックレス、ピアス、ブローチ、ブレスレット、そして大きな指輪を二、三個身につけた女性二人。アクセサリーがキラキラと輝いていて、遠目でも高級なのが分かる。
男性はなかなか目にかかれない綺麗なブラウン色のスーツを着用し、幼い私でも別格の存在であることを理解できた。
彼らが社長夫婦と社長の母親で間違いないだろう。
父の転勤先は、日本人社長。女性二人も純日本人で、私たち星成家は日本語で一人一人丁寧に挨拶をしていく。
小さい子どもが大好きな社長夫人と社長の母。特に私は可愛がられ、気分がよかった。
記憶上、はじめてのビュッフェ。
部屋の端から端までずらりと白い大皿が並び、どれも美味しそうな匂いが漂っていた。
さっそく私は自分が好きなものを選び、お皿に盛りつけていく。
「あら、くるみちゃん。好き嫌いせず、いろんな物を食べないとだめよ?」
「はーい!」
社長夫人に笑顔で話しかけられ、私は元気よく答える。
「伸ばしちゃダメでしょ。はいって言わないと。ほら、言ってみて?」
「……はい」
突如注意を受け、驚く反面少し不機嫌になる私。お皿を持って大人しく席へ戻った。
笑顔が素敵な社長。彼が乾杯の挨拶をし、私は自分のグラスを隣に座る兄と母のグラスにカチンと当てて食事をいただく。
すると背後から、誰かが近づいてきた。
社長夫人だ。
「食事中に失礼。みんないい?テーブルナプキンがあるでしょ?食事をするときは、必ずこれを膝にひくの。ほらしてみて?」
渋々と言われた通りにする私たち兄妹。食べようとすると、社長夫人が話しを続けた。
「次にナイフとフォーク二本、スプーンが二種類あるでしょ?これはね……」
次々と説明をし続ける社長夫人。
箸の持ち方を注意されたことはあったが、テーブルマナーに関して気にしたことがない。もはやそのような機会を経験したことがなかった。
料理はどれも美味しく、自然と進んでいく食事。両親含め、大人たちは楽しそうに会話をしていた。
食事が終わり、やってきたお開きの時間。社長夫婦がご馳走してくださるとのことで、一人一人にお礼の言葉を伝える。
「おばちゃん!ありがとう!」
「……ッ!?」
次の瞬間、社長夫人が勢いよく私の両肩を掴んできた。
突然のことに驚き、一歩下がろうとする私。力が強く、全く動けそうにない。
「くるみちゃん?私の目を見て。こっち、こっちを見て」
あまりの圧に私は目を丸くし、近づいてきた顔を見る。
「いい?私の名前は、幸子。幸子さんと呼びなさい。二度とおばちゃんなんて呼んじゃ駄目よ?あと、ありがとうではなくありがとうございますでしょ?相手に失礼だから、次からちゃんと気をつけましょうね。私の旦那様はテッドさん。こちらの方は千津子さんとお呼びしてね?」
そう言って、微笑みながら私の頭を撫でた。
出会った時と変わりない笑顔を振りまく社長夫人。小学二年生の私でも、笑顔の裏から恐ろしい何かが見える。
私は泣く暇なく呆然としていると、社長夫人がさらに話しかけてきた。
「ほら、もう一度どうぞ」
会話が終わってないことに気づかされ、硬直する体。嫌だと思う間もなく、私はすぐさま従った。
「幸子さん、千津子さん。ありがとうございました」
幸子さんは満足げな顔を見せ、ようやく私たちは解散した。
帰りの車、後部座席でフラッシュバックする社長夫人の言葉と表情。
さん付けはもちろん、五十代後半女性や八十代の女性を名前呼びするのは、この時が人生ではじめてだった。
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