小学二年生

第1話 新しい暮らし、新しい住まい

デトロイト空港に到着して、数時間ほどで飛行機を乗り換える。小型飛行機は、まもなくメンフィス空港に到着しようとしていた。


アナウンスと同時に再び暗くなる照明。窓際に座っていた私は外の様子が気になって、取っ手を掴み引っ張り上げる。

よほど空気が澄んでいたのだろう。今までに見たことのない無数の星が夜空に広がっていて、私はこの時はじめて自然の素晴らしさを認識した。


興味本位でそのまま身を乗り出して、見下げようとする私。街並みは街灯や建物の明かりで、キラキラと橙色に輝いていた。

グリッド線のように縦横まっすぐ続く道。日本の複雑化した道路からは想像がつかず、不思議と別の場所に来たのだと実感した。


飛行機が無事着陸し、滑走路途中で停止。よほど田舎なのか、急勾配の鉄骨階段が運ばれてくる。

カタカタと足音を立てながら、気を付けて階段を降りていく乗客。私達が降りるタイミングで、聞き覚えのある声がした。



「くるみ!!」



薄暗い中で両手を大きく広げて、私を待ち構える男性。立ち止まってよく見ると、そこにいたのは私の父だった。

全力疾走でその胸に飛び込み、父が私を優しく持ち上げる。



「お父さん……お父さんだ……!」



互いの存在を確かめるかのように、ぎゅっと強く抱きしめる父。久々に大きな体に包まれ、私はじわじわと伝わる温もりを実感した。

後方から兄二人と母が歩いてきて、父が私をゆっくりと地面に下ろす。



「みんな大きくなったなぁ~」



父が兄二人の頭にポンッと手を置き、照れくさそうに話す三人。

母の肩にも手を添え、優しく言った。



「母さん、よく頑張ったな。ありがとう」



一年間、一人で三人の子育てに奮闘した母。はじめて見るはにかんだ笑顔の奥で、涙を堪えてるのが伝わった。


後になって階段を降りてくる祖父母。呼びに行こうとした途端二人が立ち止まり、思わず私も足を止める。

目を細めた先で見える、祖母がハンカチを目に当てる仕草。私は幼いながらに、家族の再会がどれほど感動的か学んだ気分だった。


父の車に乗車し、空港を出て走る高速道路。一時間ほどして、私たちは新居に到着した。

荷物が多く、父が全員をガレージ内のドアではなく来客用の正面出入口へと案内する。


日本の一般家庭に比べ、横幅三倍ぐらい大きい真っ白のドア。左右に開いた途端、今まで匂ったことのない香水の香りが広がる。



「うわ、すっげ!!」



兄二人が靴を脱ぎ捨て、新しい冒険をするかのように中へ走っていく。私も急いで後を追い、はしゃぎながら全室を確認していった。

どの部屋も広く開放感満載。ソファ、ダイニングテーブル、ベッド、オーブントースター、食器洗い機、洗濯機、乾燥機まで。家具すべてが今までに見たことのない大きさで空いた口が塞がらない。


父曰く、家具はすべて会社負担で事前準備されたもの。ドアを開けた時に感じた匂いは、おそらく家具に染み付いた海外独自の香りだったのだろう。


日本の家と比べ一番印象的だったのが、床一面に敷き詰められた真っ青のカーペット。お風呂場とキッチン以外すべて繋がっていて、階段ですらこけても痛くなかった。


おてんば娘だった私。さっそく悪知恵を働かせ、計画を立てる。



階段で滑り台できそう。あ!段ボール引いて乗ったら楽しいんじゃ……?



後に実行しようと心に決める私。

一方、兄二人は落ち着きを取り戻し、さっそくリビングで日本のテレビゲームをしようとしていた。

ソファでくつろぎ父。家を延々と見て回る祖父。母と祖母は全員の荷物整理で忙しそうにしていた。


深夜一時頃、両親が兄二人と私に睡眠を取るように指示する。兄二人はそれぞれ自室に用意されたベッドへと向かい、私は両親の部屋で母と同じベッドに潜り込んだ。

隣のベッドに寝転ぶ父。眠る前に私に伝える。



「くるみの部屋もあるけど、おじいちゃんおばあちゃんがおる間は二人がそこで寝るから、今だけな」



自分の部屋があると聞き、呆然とする私。祖父母にあげるからいらないやと軽く受け流した。


時差ボケで朝四時に目が覚め、私は両親を置いて一人部屋を出る。

階段を降りてリビングへ向かうと明かりが付いていた。私はそっと部屋を覗き、誰がいるのか確認する。するとそこには、テレビゲームに集中する兄二人がいた。

私も知っている日本のアニメ。少し眺めるもののすぐに興味がなくなり、私は暇を持て余してダイニングルームでテレビをつけてみる。



え……?宇宙人がしゃべってる……。



諦めずに次から次へ、三十回以上チャンネルを変えて一通り確認していく私。結局どのチャンネルも流暢なネイティブ英語が流れ、宇宙人の声にしか聞こえなかった。


母と祖父母が起きて、階段を降りてくる。母が外の景色を見ようと私を誘い、私たちはガレージへと向かった。



「ここ押せばいいんやろか?……開けるよ」


ガー……ガガガガガガッ!



ボタン一つで自動に作動するガレージ。私は爆音に怯えながらも、開ききるのを待った。


外へ出ると、そこに広がっていたのは今まで見たことのない大自然。

家よりも広い庭。二階建ての家よりはるかに高い二本の木。すぐ隣で地面から伸びる鉄ポールを見上げると、そこには備え付けバスケットゴールがあった。



こんなとこにお父さんいたんだ……



昨日は真夜中で見えず、父がこんな暮らしをしていたなんて想像もつかなかった。


私は鉄フェンスを見つけ、裏庭へと入る。するとそこには、さらに広い空間が広がっていた。

家の三倍広い庭を全力で駆け巡る二匹のリス。地面で少し戯れた後、家の二倍高い巨大な木を軽々と登っていく。赤と青の鳥や梨とリンゴの木まで実っていて、まるでおとぎの国に来たような気分だった。


家付近を散策して見つけた、小さな教会とコットン畑。家の庭でヤードセールをするアメリカ人もいて、日本で見たことない光景すべてが新鮮だった。


時間が過ぎていき、父が起きて昼食に全員分のピザをお持ち帰りする。

見たことのないサイズ感。私の小さい手では抱えきれず、こぼしながら頬張った。


移動で疲れた祖父母を気遣い、のんびり家で過ごす初日。

晩御飯も父が率先して、買ってくる。


ハングリーマンという近所にある美味しいステーキハウス。

発泡スチロールでできたワンプレートのパックを開けると、ミディアムレアの巨大ステーキ、サラダ、じゃがいもがドンッと簡単に詰められていた。

徐々に驚きが薄れて当たり前のように食べ進める私。平然とステーキを残し、父に食べてもらおうと渡した。

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