非日常の連鎖(実話)

遥香

プロローグ

「海外生活をしてよかった?」


帰国して十年以上経つが、未だに答えられない。貴重な経験であることは確かだし、教科書で学べないこともかなり多かった。

普通では手に入らないかけがえのない財産。

当時幼い私が背負った負担を考えると、正直妥当な対価だと思う。


もし未来の家族と海外移住が決まったら?

ネイティブ英語をそこそこ話せるし、経験者であるがゆえに慣れる自信はある。

だが、ないものねだりというのだろうか。私は子ども達と安心して日本で過ごす生活に、どこか憧れていた。



小学一年生の夏、転勤が決まった父は一人家を出て行った。

場所はアメリカ。もちろん幼い私にそれがどこかなんて分からない。当時の私はただ、父が長い旅に出たんだなと軽く受け止めていた。


過去にタイで二年ほど単身赴任をしていた父。物心ついた時から父のいない生活に慣れ、寂しさを感じることはあまりなかった。

大好きな母がそばにいる。それだけで私は十分、幸せだった。


半年以上経って、母の勧めで通い始めた英会話教室。

動物の名前や簡単な挨拶。楽しい数か月はあっという間に終わり、突然母に告げられた。



「みんなでお父さんがいるアメリカに引っ越すよ」



事の重大さなんて私に分かるわけない。私は母が悩みに悩んで出した決断を、いつも通り明るくうなづいた。


夏休み前の学年集会。私は指示通り体育館ステージへと上がり、先生の隣に並んで立つ。その場にいる生徒全員に私の事情を話す先生。話し終えたタイミングで私はマイクを手渡される。先生との事前打ち合わせを思い出し、私はみんなに向かって堂々と言った。



「アイウィルゴートゥーアメリカ!」



……まだ行ってもないのに人前でカタコト英語を話す必要なんてあったのだろうか。



約二百五十名から浴びる盛大な拍手。当時の私は深く考えず、純粋に嬉しいと感じていた。


教室へ戻ってすぐに開かれたお別れ会。

クラスメイト一人一人から順番に、プレゼントとお別れの言葉を受け取る。明るく話す子もいれば、寂しさで泣いてくれる子。

主役気分を堪能していた私は、一人浮かれていた。


綺麗なキーホルダーや、可愛い手作りのネックレス。もらったプレゼントを一つ一つ、上機嫌で手提げ鞄へと詰め込む私。最後の一日という実感はなく、私はいつも通り明るく家に帰った。


あれから数日経った朝。関西国際空港に到着すると、親戚が集まっていた。

従兄弟達やおじさんにおばさん達。全員が揃うことなんて滅多にない。私たち星成家せなが海外へ移住すると聞き、事前に予定を空けてくれていた。


私たち星成家を囲むようにして交わす別れの挨拶。大好きな人たちに見送られるのが嬉しく、私は無邪気に喜んでいた。


祖父母、母、兄二人についていき、荷物検査へと向かう私。通路を曲がる直前で、最後に振り返る。



「みんなー!またねー!」



満面の笑みで大きく手を振り、私はそのまま曲がった。


飛行約十六時間、目的地まで丸一日以上。

長時間の移動だったが、私はあまり疲れていなかった。一年ぶりに父との再会を控えていた私。嬉しさのあまり、全く苦に感じていなかった。


この時の私は思いもしなかっただろう。


波乱万丈の人生がスタートを切ろうとしていること。

そして、これからあらゆる苦難も乗り越えていかなければいけないということを。



帰国子女という言葉一つでまとめられがちだが、実際は人によって年数も経験も大きく異なる。中には既成概念にとらわれて、海外滞在経験を隠す子どもすら存在する。


五年間で、六回転校を繰り返した私。


すべては「将来、娘が安心して日本に馴染めるように」という両親の願いをもとに始まる。


日本とアメリカの学校を往復して、どのように異文化理解を深めたか。語学や人格はどのように形成されていったか。


子どもの世界観をフルに出した、子ども目線の帰国子女体験記を書き記していく。

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