幕間 賢者の居ない勇者パーティー その2
エスペランザ王国王都から離れた魔皇軍の最前線。
勇者パーティーによる【呪法のルナール】討滅から幾分か時が経ったが、敵から目立った反撃もなく、今までに平穏の時が流れていた。
しかし、王国の切り札とも言える勇者パーティーはその平穏を教授することなく、精力的に活動している。今も交代で魔皇軍の内情を探っている最中だったりする。
そんな中、勇者パーティーの一人、【聖女】の称号を賜ったセリアスは前線基地から程近い大木の枝に腰掛けて何やら耳を澄ませていた。
「そう……分かったわ。アキツシマ国から戻ったまた連絡を頂戴。神殿近くに1頭配備しておくわ。」
「気にしなくても良いわ。私の方こそ、監視みたいな事させて申し訳ないわ。」
目を閉じて、会話するセリアス。
しかし、その周囲に人影はなく、少しばかり大きめな鳥が彼女の頭に留まっているだけ。
「あら、もう暴露しちゃったの? 私からの依頼だった言う事は……そう、話してないのね。それなら良いわ。」
「別に構わないわよ。その方が動きやすくなるなら、私に反対する理由はないわ。くれぐれも監視だと分からないようにしてくれれば。」
「ええ、私の名前も絶対に出さないように。最悪の場合、フィディスさんの名前を出して頂戴。許可は貰ってるから大丈夫よ。」
「それじゃあ、お願いね。」
最後にそう挨拶すると、セリアスは目を開いて、グググッと身体を伸ばす。
今まで石のように動かなかった彼女が動いたので、頭部に留まっていた鳥は慌てて止まり木を別の場所に移す。
「キュル?」
「ああ、ごめん。今終わったわ。見張り、ありがとうね。」
「キュルルル♪」
労うように頭を撫でてやると、鳥は気持ちよさそうに鳴き声を上げる。
しばらくの間、少女の手の感触を堪能していると、鋭い感覚が異変を捉えたのか大きく翼を広げて、不埒者を威嚇する。
その姿は聖女を守る
「ああ、ごめんごめん。警戒させるつもりは無かったんだよ。」
ピシッ、と虚空に裂け目が入った刹那、温和な雰囲気を纏った男性が姿を現した。
それが見知った顔だったのでセリアスもそのボディガードも警戒を解く。
「アスラさん、どうかしたのですか?」
空間を裂いて現れたのは勇者パーティーの新メンバー、アスラ。
国内でも数少ない空間魔法の使い手であり、パーティーに加入した後は移動手段として重宝されている人物だ。
「へカティアと魔皇軍にチョッカイ掛けた帰りだよ。君は此処で何を?」
「定期連絡をしてました。この前、王国とパイプが出来たので」
「ああ、この前の定例会議で言っていたね。何か良い情報でも手に入ったのかい?」
「どうしてそう思うのですか?」
「どことなく嬉しそう……というか、気にしていた事が一つ消えたような雰囲気だったからね。」
「当たりです。実は“あの人”がこの国を離れる事になったんです。」
「ん? それは不都合なんじゃないのかい? 君の力、“
【
それは魔物を操る事ができる従魔師にとっては、基本中の基本となる技能。
字のごとく、自分の配下にした魔物——従魔に自意識を乗り移らせる事ができる術で従魔を通して会話や監視等を行う事が出来る。
その反面、術者本人の身体は非常に無防備になってしまうので、使用時は周囲に注意を払う必要がある。なお、彼女の場合はもう1頭の従魔を周辺警戒に宛がっている。
そして、王都には常にセリアスが派遣した従魔の1頭が常に潜んでいる。
彼女はその従魔に【従魔憑依】を行使する事で王都の情報をリアルタイムで仕入れているのだ。
だが、先ほどアスラが語ったように【従魔憑依】は従魔との距離が離れると失敗する。
セリアスの力では王都までがギリギリの範囲となっている。つまり、監視対象である“ある人”が国外に出てしまうのは悪い情報の筈なのだが……
「“あの人”が向かう先は……海を渡った先にある国、アキツシマ国なのです。」
「ああ、なるほど。確かに良い報告だね。」
セリアスの口から出た国名にアスラも合点がいった。
「独自の文化が育まれているという東の国、アキツシマ国。かの国には魔皇軍も勢力を伸ばしていないからね。」
「はい。なので、避難先としてはこれ以上ないくらいに最適な場所です。」
「なるほど。それなら、もう一つ良い情報があるよ。魔皇軍の幹部一人、“鉄槌のガレオン”の所在が判明した。」
「本当ですか!?」
「ああ。数週間掛かったけど、敵も重い腰をようやく上げてくれたよ。」
【呪法のルナール】討滅から数週間。
散発的に敵軍に攻撃を仕掛けても、中核となる幹部クラスが前線に出てくる事はなかった。
精鋭ぞろいの勇者パーティーなら魔皇軍の勢力圏奥に入り込んで幹部を相手取る事はできるだろうが、それをすると敵に集中攻撃にあって返り討ちに合う可能性が高い。
故に、ラグナは敵軍の前線に散発的に襲撃を仕掛け、敵の幹部を前線に引きずり出す作戦を採った。
勇者パーティーの面々が交代で魔皇軍前線部隊に襲撃を仕掛け、さすがの敵も幹部クラスを前に出す必要性を感じ取ったらしい。
「————という訳で、これから作戦会議だ。」
「了解です。」
そう返事をすると、セリアスは口笛を吹いた。
殺風景な平原に広がる甲高い音色が響き渡ると、彼女の影が膨れ上がり、一匹の獣が飛び出してきた。
姿は狼に似ているが、遠目に見て分かる程にその体躯は大きい。
全身は真っ黒な毛に覆われており、真ん中には鬣のように金色の毛が一直線に生え揃っている。剣のように大きく鋭利な爪は銀色に輝いており、太陽の光を反射して煌めく。
そして、その頭頂部には象徴とも言える半透明の雄々しい角が聳え立つ。
自身の何倍も大きい体躯の狼を優しく撫でると、セリアスは何の迷いもなく、その背中に飛び乗る。そして、狼の方も全く嫌がる素振りを見せずに彼女を受け入れた。
「さぁ、早く戻りましょう。」
「…‥……」
セリアスの影から飛び出してきた獣にアスラは固まった。
「? どうかしましたか?」
「えっと、セリアスちゃん。君が今、平然と跨っている獣は何かな?」
「天翔狼ヒンメルですが……それがどうかしましたか?」
「いやいやいや!! 平然と天翔狼を従えてるの!? 個体数が少ない上にプライドが高いから、絶対に従える事は出来ないって言われてる魔獣だよ!?」
「そうなの?」
セリアスが問いかけると、狼は「さあ?」と言っているように首を傾げた。
【天翔狼ヒンメルヴォルフ】
狼型の魔獣の最高位に位置する生き物であり、一部地域にしか目撃例のない獣である。
通常、群れで作って行動する狼型の魔獣に対し、基本的に単独で行動するのが特徴。プライドが非常に高く、負けず嫌い。獲物は地の果てまで追いかけ続ける執念を持つ。
最高位の魔獣故に個体数が少なく、その気性から従わせるのは不可能とされている。
その最大の能力は肩書が示すように天———つまりは縦横無尽に翔ける事。
翼を持たないが、固有の魔法を使って虚空を自由自在に走り回る事が出来る他、影と同化する魔法も行使する事が出来る事も判明している。
セリアスが従えているのはそんな強力な魔獣なのだ。
もちろん、当の本人にそのような自覚は一切ないのだが……
「貴女が従魔師である事にも驚きましたが、まさかヒンメルヴォルフのような最高位の魔獣を従える事ができる程の力量とは……」
「別に従えている訳じゃないですよ。この子も他の子も私の従っているのではなく、私の友達になってくれたから言う事を聞いてくれているだけです。」
そう言って、セリアスはヒンメルヴォルフの頭を撫でる。
決して他者に恭順しない筈の気高い狼は嫌がるどころか、その愛撫を気持ちよさそうに受け入れる。単なる従者と主では説明できない関係であるのは間違いない。
「そういう性格だからこそ、貴女は魔獣からも受け入れられているのかもしれませんね。」
「そうなのかな? そうだったらいいな。」
(本当に……へカティアもそうですが、この子も味方で良かった。この国の従魔師の冷遇っぷりを考えると、環境次第では彼女も魔皇軍の一員となっていたでしょう。)
長きにわたり、【闇の勢力】筆頭の魔皇軍と戦い続ける王国にとって、魔物を従える従魔師は異端者であり、忌避される存在である。
そもそも“魔物”というのは“魔力を宿した動植物”の総称であり、魔物と【闇の勢力】はイコールではない。しかし、魔皇軍が自身の魔力で生み出した生物を魔物と呼び、さらには先兵して使っているため、勘違いしている者が非常に多いのだ。
その勘違いの結果、従魔師は異端者扱いされ、石を投げられる。そして、それはセリアスの場合も同様であり、彼女も表立ってその力を振るう事はない。
(まったく……本当に人間は度し難い。だから、“この戦乱の原因”にも目を向けようともしない)
「アスラさん? どうかしましたか?」
「ああ、いえ。何でもありませんよ。さぁ、早く皆さんの所に行きましょう。」
「はい。ヒメ、お願い。」
「オオーンッ!!」
ヒンメルヴォルフこと、個体名ヒメは咆哮すると勢いよく地面を蹴って、駆け出す
一陣の風となった彼女の姿は瞬く間に小さくなっていき、やがては見えなくなってしまった。
「さて、私も行かなくては。」
そう呟いて、アスラもその場から姿を消すのだった。
Fox Girl Tales ~敵の呪いでTSした賢者~ @Reviatan
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