第27話 舞い込んだ朗報
昼間にため込んだ光が尽きて、暗闇に覆われた地下空間。
普通の人に知られていない秘密の場所でパチパチ、パチパチと焚火が弾ける。
闇に染められた世界を照らす唯一の光源の近くでミトスたちは野営を行っていた。
「まさか、野営地の近くがテレサリーフの群生地と思わなかったのでございます。」
「私も。明日、ゆっくりと探し回るつもりでございました。」
「正確には、テレサリーフの群生地が近くにあるから、此処を野営地にしたんじゃよ。」
3人が居るのは、地下空間に存在する唯一の水源。
地下水が湧き上がってできたと思われる池の傍が野営地となっている。
実はそのすぐ近くにテレサリーフの群生地が存在していたため、ミトスが野営の準備をしている間に双子姉妹が目的のモノを回収。後は納品すれば初めての
「この場所はへカティアが見つけた場所でな。他の人にも内緒にしておるから、この場所の事は口外してはならぬぞ?」
「了解です!!」
「しかし、そのような場所に私たちを連れてきても良かったのでございますか?」
「お主らなら口外せぬと思ったのじゃ。それに、へカティアもお主らなら許してくれるじゃろう。」
非常に短い時間だったとは言え、ミトスが魔法の基礎を伝授していた関係で2人は彼女の弟子であるへカティアとも交流があった。
残党討伐でミトスの手が離せない時は弟子であるへカティアが双子の教師役を務めていたため、ポルックス姉妹はへカティアとも仲が良かった。
故に、この秘密の地下空間に案内しても問題ないと判断したのだ。
「そういう事なら有難く使わせていただくでございます。」
「うむ。」
「さて、憂う事が無くなった所で……ミトス様。御身の事情をお聞かせ願えますか?」
「そうじゃな……お主ら、“呪法のルナール”という人物は知っておるか?」
ミトスの質問にポルックス姉妹は頷く。
「まだランファードが魔皇軍の占領下に置かれていた頃に何度か名前を聞いた事があります。」
「奴隷扱いだった私たちが直接会う事はございませんでしたが……」
どうやら、当時の管理者から脅し文句代わりに色々聞かされたらしい。
曰く、逆らう者は同じ勢力に属する仲間でも容赦しない冷酷非情。
曰く、お得意の呪法で敵をじわじわとなぶり殺しにする方法を好む。
曰く、呪いで都市一つを滅ぼした過去を持ち、その経歴故に魔皇軍に迎えられた。
曰く、変化自在に姿を変える事ができ、本当の姿を知る者は誰も居ない。
そして、反抗すれば件の人物に突き出して、呪い殺して貰う。
そんな脅しで占領下の現地住民を縛り付けていたらしい。
「その脅し文句が本当か分からんが……その“呪法のルナール”じゃ。儂ら、勇者パーティーは数度に渡る追撃の果てに奴を討滅したのじゃ。」
「おお~!! 流石はミトス様でございます!!」
「ですが、無事に倒したというならそのお姿は……」
「うむ、確かにルナールは討滅した。しかし、奴は自分の死と引き換えに発動する呪いを仕掛けておったのじゃ。ラグナがその対象になったのじゃが、儂が庇って呪いを代わりに受けたのじゃ。」
「その結果が今の姿……という訳でございますか?」
「その通りじゃ。」
「しかし、肉体そのものを変異させる呪いでございますか……世の中にはそのような呪いもあるのですね。」
「いや、これが単なる呪いではなくてな。」
そう言って、ミトスは自分の腹部を指さした。
ビヴァータに貫かれた事で穴が開いた制服から天秤のような文様が少しだけ見えている。
ティルとティナも気付いたらしいが、その文様の意味が分からず首を傾げている。
「フィディス……”灰の聖女”に確認した所、これは契約神の文様らしいのじゃ。」
「「契約神?」」
「まあ、あまり聞き覚えがないじゃろうな。」
2人が首を傾げるのも仕方がない。
エスペランザ王国では信仰の自由が認められている上に、王国内で身近な宗教は創造神を主神とする。そのため、専門家でなければ創造神以外の神を知っている一般人は少ない。
増してや、契約神は悪しき願いも対価次第では叶えてしまうため、あまり表に出さないようにされているのだ。
ちなみに、ミトスがそんな神様の事を知っているのは【灰の聖女】フィディスと交流があるからだ。
「契約神というのは、対価を支払えば願いを叶えてくれる神の一柱じゃ。厄介な事に悪意に満ちたモノでも叶えてしまう。」
「という事は……ミトス様のその愛らしいお姿も?」
「察しが良いのう。ルナールは契約神と取引して、この姿も性別も変える呪いを作り上げたらしい。しかも、神が手掛けた呪い故に解く事はできない。」
「————という事は、ミトス様はもう二度と元の姿に戻れないのでございますか!?」
「いや、解呪については見当がついておる。しかし、強力な魔物ばかり生息している場所に赴く必要があってな。そう簡単に解呪できそうにない。」
「?? ミトス様なら余程の魔物が相手でない限り、大丈夫だと思うのでございますが……」
「いえ、ティル。それにしては、ミトス様の魔力量は……まさか!!」
「ティナの予想通りじゃよ。今の儂に以前のような力は無い。」
そう言って、ミトスは自虐的に笑った。
「呪いの影響で儂の魔力は減退。第4階位の魔法が精一杯という体たらくじゃ。」
「それは……何とも災難でございますね。」
「まったくじゃ。最初は失った手と目が戻ってきたと歓喜したのじゃが……」
「「ちょっと待ってください!!」」
ポロリとため息交じりに漏れた爆弾発言。
それをポルックス姉妹は聞き逃さなかった。
「ミトス様!? 今、手や目を失ったとおしゃっていませんでしたか!?」
「うむ。後は体内の方もじゃな。」
あっけらかんと言うミトスに2人は絶句した。
そんな彼女らの反応を無視して、ミトスは話を続ける。
「ルナールはかなり悪辣な奴でな。あの手この手で儂らに牙を剥いてきた。」
勇者ラグナが持つ【聖剣ガラドボルグ】。
強い退魔の力を宿し、魔皇軍の主核となる魔族に絶大な効力を発揮する王国の切り札。
それを所持する勇者パーティーを幹部であるルナールが見逃す訳がなく、初の邂逅から討滅に至るまでにいく度も襲い掛かってきた。
ある時は一般人を人質にして手出しが出来ない状況を作り、ある時は無関係な一般人に変装して奇襲を仕掛けてくる。他にも毒を付与した武器を使ったり、呪いを付与した武器を使ったりと多種多様な手段で牙を剥いた。
その中でも一番悪辣だったのが、「無関係な現地住民にラグナたちを襲わせた」事だ。
脅されてラグナたちへ襲い掛かる事を強いられた一般市民を傷つける訳にもいかず、勇者パーティーは危機的な状況に追い込まれた。セリアスの機転により、何とか窮地を脱する事はできたが、その時にラグナを庇ってミトスは片目を失ってしまっている。
「あの時はセリアスの機転が無ければ、儂らの旅は終わっていたじゃろうな。」
「で、では片腕の方は……」
「あれはルナールが一般人に奇襲して襲い掛かってきた時じゃな。恥ずかしい話、ルナールの変装が上手くて、完全に油断しておった。」
「その時もラグナ様を庇って?」
「うむ。相手も余程聖剣の力を警戒しておったのじゃろう。しきりにラグナを狙ってきおったからのう。」
「ラグナは少し警戒心が薄い所があるからのう。」と呟くミトスに対し、ポルックス姉妹は顔を見合わせて、小さな声で「そういう事ですか……」と呟いた。
だが、そのか細い声は焚火が弾ける音によってかき消されるのだった。
「まぁ、そういう訳でルナールの呪いでこのような姿になった儂はラグナから役立たずの烙印を押されて、パーティーを追放された訳じゃ。」
「なるほど……それで、ミトス様はこれからどうするおつもりなのでございますか?」
「もちろん、この呪いを解いてラグナたちの手助けをするつもりじゃ。」
「お一人で、でございますか?」
「そうなるじゃろうな。儂が挑もうとしている場所は非常に危険な地帯じゃ。他の人を巻き込む訳にはいかん。」
「そうで、ございますか」
「……」
「まあ、もっと先になりそうじゃ。正式な冒険者として活動できるようになるまで、付き合ってもらって構わぬか?」
「「もちろんでございます。」」
「そうか♪ これからもよろしく頼むぞ。」
そう言って、ミトスはニコッとほほ笑んだ。
そして、目的のテレサリーフも回収してやる事が無くなった3人は早々に眠りにつく事にしたのだが……ミトスがスヤスヤ眠る中、ポルックス姉妹は寝転がったまま静かに口を開いた。
「ティナ、先ほどのミトス様の話、どう思うでございますか?」
「非常に危うい。そう思うでございます。」
「やはり、そうでございますよね。」
2人とも同じ考えを抱いているらしく、揃ってため息を零した。
「“あの方”が監視紛いな事をしていたのも納得でございます。あれを野放しにしておくのは危険極まりありません。」
「ティル……それだと、ミトス様がまるで獣のようですわ。いや、今は獣でもありますが……」
「ですが、そうでございましょう?」
ティナは何も言い返さなかった。
「自己犠牲……聞こえは良いでございますが、裏を返せばミトス様は心の奥底ではラグナ様たちを信じていない証拠でございます。」
「ラグナ様たちはミトス様にとっては子供同然。しかし、少々過保護すぎるご様子。突き放すのも納得でございます。」
「それを踏まえて、私たちはどう動くべきでございましょう。」
「……一先ずは監視を第一にするのがよろしいかと。今回のように無茶をして、命を落とされる事態は絶対に避ける必要がございます。」
「そうでございますね。今後の方針については“あの方”にも相談してみましょう。」
「同感でございます。」
そこで姉妹の秘密の会議は打ち切られた。
しばらくすれば、迎え合わせになって眠る2人から寝息が上がる。静寂が戻って来た地下空間には寝息と火の粉が弾ける音だけが支配するのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
翌朝。
目覚めた3人は早速テレサリーフを携えて、ギルドへと凱旋した。
まだ動き出す人も少ない時間帯に訪れたため、昼間や夜は賑わう場所に少し閑散としている。
「ふむ……品質には問題なし。数量の方も問題なし。良し、合格だ。」
「「ありがとうございます!!」」
「今回の報酬だ。規定数超過分は水増ししておこう。」
そう言って、
中身を確認すると、確かに記されていた報酬金よりも少し多めの金額が入れられている。
すると、ティルは素朴な疑問を目の前の彼にぶつけた。
「超過分が丸々報酬金に反映されるのなら、大量に納品する人が出てくるのでは無いのですか?」
「ああ、時折居るな。そんな馬鹿な事をする輩は。
そんな事をすれば、協会の懲罰部隊の餌食になるだけだと言うのに。」
「「「懲罰部隊???」」」
「ああ。まず、この協会には絶対遵守のルールとして、“生態系に悪影響を及ぼす事を禁ずる”というモノがある。」
そのため、量や質が依頼書の指定を超えていた場合、追加の報酬金が支払われる。この制度を悪用して、動植物を乱獲して報酬金を水増ししようとする
動植物を乱獲すると、生態系に影響が出てしまう。
協会では生態系に影響を及ぼす程に動植物を乱獲する事を禁じており、絶対遵守のルールとしている。このルールを破った者に対して、懲罰を下す専門部隊がギルド直轄懲罰部隊である。
懲罰対象になったが最後、協会から資格をはく奪され、罪の重さに応じて罰が与えられる。
その裁量は協会に委任されており、協会独自の判断で違反者に死刑を執行する事もできる権限が与えられているのだ。
なお、対象となるのは
一般市民の場合は神殿の仕事となるように住み分けされているのだ。
「————という事だ。くれぐれも懲罰部隊にお世話にならないように気を付けろよ?」
「「肝に銘じます!!」」
「よろしい。まあ、良識の範囲でやってる限りは大丈夫だから安心すると良い。」
彼はそこで一度話を区切ると、その視線をミトスの方に向けた。
「それと、ミトス。君に指名
「妾にか? 何かの間違えではないのか?」
「俺も先方に確認したが、間違いないらしい。ほら、これがその依頼書だ。」
そう言って、彼はカウンター下から羊皮紙の依頼書を取り出した。
依頼内容は異国———アキツシマ国への短期留学。期間は3か月程。
報酬は無いが、その代わりに留学の旅費や滞在費は負担されるので、ミトス側の財布は痛まない。かなり気前のいい依頼は普通疑ってかかるモノだが、そこに記された依頼人の名前にミトスは納得した。
「依頼主はセイランじゃったか。これなら妾指定の依頼で間違いないぞ。」
「もしや、顔馴染みからの依頼だったのか?」
「ああ、偶然知り合ってのう。アキツシマ国へ行ってみたいと打診しておったのじゃ。」
「そういう事か。確かに
「なぬ? 指名依頼の方にもあの制限は適用されるのか?」
彼は頷いた。
今のミトスはあくまでも仮免許状態なので、
さすがに己の欲望のために国外へ連れ出す事は憚れたので本人にお伺いを立ててみると……
「私たちは問題ないのでございます。」
「アキツシマ国で築かれているという独自の文化には興味がございます。」
パーティーメンバーからは好意的な返答がすぐに帰って来た。
「すまぬな。という訳で、この指名依頼受けさせてもらおう。」
「了解した。ただ、今回は長期の
そう言って、彼はさらさらと何やら書類を認めると、ミトスに差し出す。
「これで学院に持っていけば、必要な手続きを教えてくれる筈だ。何も問題が無ければ、1週間程で済むだろう。」
「1週間……準備期間には最適じゃな。」
「そうでございますね。私たちも両親に話を通しておかなくては……」
(儂もフィディスに話を通しておいた方がいいかのう。)
「ティルは父様と母様に連絡しておいてください。私は学院の方へ手続きに向かいます。」
「妾もティナに付いて行こう。」
1週間後の出国を目指して行動を開始する3人。
その様子は旅行を楽しみしている子供そのものだったと応対した協会職員の男性は語ったという。
そして、この未知の国への留学が彼女らに大きな成長をもたらす事をこの時は誰も知らなかった。
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