第26話 明るみになる秘密
……夢を見ていた。
王国では見慣れない木造作りの建物に囲まれた場所。
四角に切り抜かれた石が並べられた通路に血まみれの遺体がいくつも転がっている。
遺体は全て今の儂と同じ狐タイプのビースト。鋭利な刃物で切られたような傷が付いていて、何者かに切られたようじゃ。
———くくく……———
倒れた死体の中央で怪しい笑い声が響く。
白と赤の衣服は返り血のような赤い塗料——いや、恐らく周りのビーストを切り裂いた時に浴びた返り血なのじゃろう——がベッタリと付着している。
———ようやく……ようやくだ。忌まわしき封印から解放された!!―――
この惨状を作り上げたと思われるその人物は歓喜の声を挙げる。
まったく見知らぬ人物の筈なのに、儂はこの声を知っているような気がする……
———しかし、脱出できたのは魂のみか。肉体は別の場所に封印されている、という事か。———
崩れ落ちたミニチュアサイズの家に腰掛ける殺人鬼。
美しい黄金色の毛並みも返り血に汚れ、忌々しそうに死体を踏んづける。
「おい、お前!!」
さすがに夢の中とは言え、死者を嬲るような所業は許せない。
儂は彼女に手を伸ばすが、その手は身体を掴む事が出来ず、そのまま通り抜けてしまう。どうやら夢の登場人物に触れる事はできないらしい。
「くそ、夢の中とは言え、目の前の暴挙を見ている事しかできないのは辛いな。」
余程恨みがあるのか、血まみれの彼女は亡骸に刀を突き刺し、執拗に嬲る。
そして、無残な死体蹴りにようやく満足したのか彼女は初めて儂の方を向いた。
「————ッ!?!?」
この惨劇を引き起こした張本人と目があった瞬間、儂はまるで心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えた。
何せ、彼女の顔は……すっかり見慣れた今の儂の顔だったのじゃ。
◆ ◆ ◆ ◆
「うぅ……ぐっ……」
「「ミトス様!! お目覚めになりましたか!?」」
「ティルに、ティナか……。妾は一体……」
「ビヴァータという魔皇軍の幹部に遭遇したのでございます。」
「そうじゃ……確か、アヤツに腹を貫かれて————ッ!!」
気を失う直後の記憶がフィードバックしたミトスは思わずお腹を触る。
しかし、そこにはビヴァータに貫かれた筈の傷口は無かった。
あの剛腕が貫通していたにも関わらず、傷痕すらもなく、まるでお腹を貫かれたのは幻だったかのように感じる。
しかし、制服の方は綺麗に穴が開いているので幻では無いのは間違いない。
「ビヴァータはどうしたのじゃ!?」
「「……何も覚えていないのでございますか??」」
「何の事じゃ? 妾はお腹を貫かれた後の事は一切記憶にないのじゃが……」
「ビヴァータはミトス様が追い払ったのでございますよ?」
「そうでございます。急に尻尾が9本に増えたかと思ったら、見慣れない術を一杯使って相手を圧倒したのでございます。」
「……全く覚えておらん。」
ティル、ティナが当時の様子を擬音語を交えて一生懸命説明するが、当の本人にその記憶は一切ない。物語を聞かされている子供の気分だ。
双子姉妹の主観交じりの解説を右から左に話半分に聞き流しながら、自分の身に起こった現象を分析する。
(確かに”霊術”を使えば可能だと思うが……そこまでの芸当はできん。)
聞けば、その時のミトスは霊媒となる刀を使わずに術を使っていたらしい。
自分の肉体を霊媒として【霊術】を使う事は可能らしいが、晴嵐が言うには非常に高等な技術で師匠本人も使えないのだとか。
(それに、よく分からない言葉を喋っていると言っておったな。そうなると、儂の身体を別の誰かが使っていたという事か?)
「思い返すと、あの時のミトス様はまるで別人のようでございました。」
「本当に……無表情で圧倒する様子は
「
ミトスの脳裏にさっき見た夢の映像が呼び起こされる。
王国では見かけない異質な建築様式の建物と周囲に広がる無数の死体。
さらには己が手に掛けたビーストの死体を丁寧に嬲る狂人。振り向いた彼女の顔が今の自分の顔とまったく同じだった事が脳裏に引っかかる。
もちろん、夢という不確定な証拠ではあるが、不安を抱くには十分な材料だ。
(フィディスによれば、この身体は契約神によって作り替えられたモノと言っておったが……
「「どうかされましたか? ”女の子になってしまったミトス様”??」」
「少し気になる事が……はっ?」
双子姉妹の口から出た聞き捨てならない台詞に思考が停止する。
ギギギィと壊れかけの人形のようにゆっくり視線を向けると、そこにはいたずらっ子のように笑う2人の姿があった。
「い、一体何を言っておるのじゃ……?」
「隠さなくても全部分かっているのでございます。」
「貴女は偶々同じ名前のビーストではなく、賢者ミトス様本人でございます。」
「何を根拠にそんな事を……」
「自己紹介の時、私たちの故郷の名前を聞いても疑問に思いませんでした。」
「それ自体がちょっとした違和感なのでございます。」
「「何故なら、鉱山都市ランファードという名前はもう存在しないのですから」」
「……あっ!!」
ここでミトスは己の不注意を知った。
かつて、魔皇軍の支配下に置かれていた鉱山都市ランファード。
実を言うと、この名前の都市はすでに存在しておらず、”テンパール”へと名前を変えている。
何故なら”ランファード“というのは敵側が付けた呼称であるからだ。
当時はコードネームとして分かりやすいという理由から軍隊の中でも”ランファード”の呼称が使われていたので、軍関係者やポルックス姉妹のように占領下時代の鉱山都市で生まれ育った者の中では今でもそちらで呼ぶ事もある。
しかし、対外的にはミトスは軍関係者でも無ければ、鉱山都市の生まれでもない。
“ランファード”という旧名を知っているのは違和感が大きいのだ。
「生まれついた癖で私たちはよく故郷をランファードと呼んで、何処の事か訊ねられる事が常なのでございます。」
「しかし、軍関係者でもないミトス様は特に疑問にも思いませんでした。これは何故でございましょうか?」
「そ、それはじゃな……そう!! 図書館で読んだ歴史書に書いておったのじゃよ!!」
咄嗟に思いついた出任せ。
だが、ミトスがよく図書館を利用しているのは周知の事実なので、必ずしもあり得ない話ではない。もちろん、実際にそのような歴史書を読んだ事はないのだが。
「むぅ……確かにそれは筋が通っておりますね。」
「そ、そうじゃろ!? 妾と賢者は名前が偶然同じだけの赤の他人じゃよ!!」
「それでは、決定的な証拠を突き付けるとするでございます。」
そう言って、姉妹が取り出したのは中央に蒼い石がはめ込まれた六芒星のペンダント。
一見、市販されているように見えるアクセサリーだが、はめ込まれた石は何かに共鳴するように淡く光り輝いている。
さらに、二つのペンダントを近づけると光は強くなり、一筋の光を放つ。
その光はミトスの腰にあるポーチへと突き刺さった。恐る恐るポーチを開いてみれば、そこには双子の全く同じペンダントが————
「“三つ子石のペンダント”。どんな力を持っているかは……ご存知でございますよね?」
「そして、それが手元にある事こそが貴女様が賢者ミトスである何よりの証拠のなのです。」
「うっ……」
突き付けられた決定的な証拠にミトスはすぐに反論する事ができなかった。
3人が持つペンダントの名称は“三つ子石のペンダント”。
3個に砕いた不思議な石——トリストーンを中心に据えた王国では広く出回っているアクセサリーであり、ちょっとばかし不思議な力を持っている。
原料となる“トリストーン”は1つの石を砕くと必ず3つの欠片が出来るのだが、その欠片は目に見えない繋がりが維持されており、2つの欠片が揃うと最後の1個の欠片の場所を示してくれるのだ。
そして、ミトスはかつてポルックス姉妹と別れた時に再会を約束すると同時に“三つ子石のペンダント”をプレゼントしたのだ。
当然ながらポルックス姉妹と賢者ミトスが持つペンダントはセットになっているので、双子のソレと共鳴するペンダントを持っているのは賢者ミトスに他ならない。
「「さぁ、ミトス様。何か言い訳はございますか?」」
ニコニコと笑いながら詰め寄ってくる2人。
「えっと……その……」
ミトスは必死に抜け道を探すが、突き付けられた証拠があまりにも強力で中々見つからない。その時点で、自分が賢者ミトスと認めているようなモノなのだが、双子も指摘しなければ、本人も気づいていない。
そして、ひたすら逃げ道を探す時間が流れて、ミトスが選んだ道は—————
「……その通りじゃ。妾————儂は賢者ミトス本人じゃ。今はこのような姿になっておるがのう。」
自分が賢者ミトスだと自供する事だった。
「そう易々と気付かれる事は無いと思っておったんじゃがな。何時気づいたんじゃ?」
「「討伐演習の直後でございますよ?」」
「はっ!?」
「ミトス様、気付いておりませんでしたか?」
「昨日と今日で貴女様の呼び名が変わっている事に。」
そう、ミトスは特に気に留めていなかったが、ポルックス姉妹からミトスへの呼び名が昨日と今日で変化している。
昨日……つまり、討伐演習の時は「ミトスさん」と呼んでいたのに対して、今日は会った時から一貫して「ミトス様」と呼んでいるのだ。つまり、今日会った時点でミトスの正体が賢者ミトスだと言う事を見破ったのである。
「いやいや!! いくら何でも早過ぎじゃろ!!」
「私たち姉妹は定期的にこのペンダントでミトス様の位置を見ているのでございます。」
「ある日……討伐演習の夜にミトス様の位置を調べてみれば、光は女子寮を指示したのでございます。しかし、以前はそんな事はありませんでした。」
「前回の調査から討伐演習までの間に入寮した人を調べた結果、ミトス様に行き着いたのでございます。」
「そんな事をしておったのか……」
((まあ、嘘なんですが♪))
すごく納得した様子のミトスに対し、ポルックス姉妹は内心笑っていた。
定期的に”三つ子石のペンダント”を使って、ミトスの位置を調べていたのは本当だが、その間隔は1年間毎。ペンダントの力でミトスの正体を見破った訳ではない。
では、どのようにしてミトスの正体を突き止めたかと言うと……
((私たちもある人からのタレコミで知ったのでございますが、此処は勘違いして貰いましょう。))
そう、”とある人物”からのタレコミである。
討伐演習の後、ポルックス姉妹の前に現れ、ミトスの正体を教えてくれたのだ。
しかし、ミトスにその事を告げる事は禁じられているので、2人はその事実をそのまま隠匿する事にした。
「それで、ミトス様の身に一体何が起こったのでございますか?」
「うむ……事情を話せば少し長くなる。先に野営の準備をした方が良い。」
「いえ、十分明るいですし、今から戻れば日が暮れるまでに戻れるのではございませんか?」
「いや、この地下空間の天井にあるあの結晶は光をため込む性質があってな。外は日が暮れていてもしばらく明るいのじゃ。」
ミトスの言う通り、天井を見上げると半透明の結晶の奥は夜闇が広がっている。
昼間に蓄えた光によって、結晶が照明の代わりになっているのは本当らしい。
「まだ光が残っている内に野営の準備をするぞ。幸いにも、最適な場所に心当たりがある。」
「「はいでございます!!」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます