第25話 起死回生



「確かに息の根を止めた筈なのだが……一体、どんな絡繰りだ?」


「…………」


火の粉の中から再誕したミトス。

ビヴァータによって貫かれた筈の腹部には傷一つなく、さっきまで瀕死の状態だったのがウソのように平然としている。

おまけに、身に纏う衣装も学院の制服から白と赤の独特な衣装へと変貌している。


「黙秘か……雰囲気も先程とは別人のようではないか。」


「「み、ミトスさま?」」


ビヴァータやポルックス姉妹が声を掛けてもミトスは沈黙を貫いている。

唯々ビヴァータを見据えるだけで口を開く事も無ければ、動く気配もない。

その場に居る誰もが「まるで人形のようだ」と思った時、ミトスが行動を開始した。


「■ ■ ■ ■」


聞きなれない言葉を呟き、パンッと両手を合わせる。

刹那、ミトスを中心に強烈な一陣の風が吹き荒び、草木を揺らす。

動向を見守る3人の前でミトスのモフモフな尻尾がその数を増やしていく


その数は9本。

ゆらゆらと動くその尻尾は偽物ではなく、元々生えていたモノと同じミトスの身体の一部である事が伺える。さらに、全身はバチバチと紅の電撃が迸っており、足元の雑草が少しばかり焦げてしまう程だ。


「くくく、クハハハハハッ!! それがお前の本気という訳か!! 楽しましてくれそうだな!!」


歓喜するビヴァータは再び全身の装甲を開き、空気を放出する。

ミトスはその様子を静かに見つめるだけで時に何かする様子は見受けられない。


「行くぞ!!」


地面を蹴り、まっすぐ突進するビヴァータ。

空気を使ったブースターによって強化された剛腕がミトスに迫る。

それでも彼女はその場に棒立ちしたまま。ポルックス姉妹が助けに入ろうと慌てて立ち上がるが、間に合わない。


「ふんっ!!」


「…………」


ビュンッ!!という風切り音と共に振るわれる拳。

それがミトスの無防備な腹部へと突き刺さる。


「……はっ?」


素っ頓狂な声を上げたのはビヴァータだった。

いつもの間にか、彼の身体は仰向けになって、地下空間の天井を眺めていた。

同時に全身を浮遊感が包んでおり、自分が吹き飛ばされた事に気づいたのは身体が地面に叩きつけられた瞬間だった。


「ば、馬鹿な……一体、何が起こったと言うのだ!?」


ビヴァータは何が起こったのか一切理解できなかった。

確かにミトスに向かって拳を放った。その柔らかそうなお腹に拳が命中する直前まではきちんと覚えているのだが、次の瞬間にはこうやって吹き飛ばされていた。


「……」


一方のミトスは相変わらず自然体のまま、棒立ちしている。

その視線は冷たく、まるで人形を思わせる。


(くっ……この豹変ぶり、気味が悪いな。だが、その力は本物のようだな。)


ビヴァータは己の腹部を守る装甲に目を向けた。

彼の防御力の要である漆黒の鎧は腹部の部分に大きなヒビが入って、少し欠けている。

急所である腹部の装甲は他の箇所よりも堅牢にしているのだが、彼女は何らかの方法でその防御を破壊する可能性も示した。


「だが、遠距離攻撃ならどうだ!!」


撃ちだされたのは圧縮された空気。

目に見えないソレは砲弾並みの威力があるので、ミトスの小さい身体など容易く吹き飛ばせる。しかも、空気を噴射して威力とスピードを上げるオプション付きだ。


「……」


すると、ミトスは右手を向けた。


「■ ■ ■ ■」


ミトスの口から再度紡がれるのはこの大陸では聞きなれない言葉。

手の平にスパークする球体が創り出されたかと思うと、それはビヴァータの砲弾以上の速度で放たれ、それを相殺。さらに、左手から同じ攻撃が放たれ、彼に向かっていく。


「くっ!!」


ビヴァータは両腕をクロスして、彼女の攻撃を受け止める。

ピシピシッ!!と甲殻にヒビが入った上、痺れて腕が使い物にならなくなってしまう。


(今のは偶然か? それとも、狙って相殺してみせたのか……?)


空気を圧縮した砲弾は不可視の攻撃。

気流が生じるため、近くまでくれば感知する事は可能だろうが、ミトスは放たれ直後に対応して見せた。しかも、相殺に使ったのは1発の魔法だけ。


余程幸運だったのか。それとも意図的に実行して見せたのか。

その明確な正解を導き出す事ができる者はこの場に居なかった。


(接近戦を仕掛ければ、強烈なカウンター。だが、遠距離攻撃も対応できる所を見ると、かなり難敵なのは間違いないな。)


ミトスの様子を伺いながら、ビヴァータは策を巡らせる。

だが、何かしらの対策が思いつくまで待ってくれる程甘くはなかった。


「……」


「うおっ!!」


彼の目の前にはミトスが居た。

しかも、右腕を掲げて渾身の一撃を今まさに放とうとしている所だった。

咄嗟に魔法でミトスを吹き飛ばす事ができたのは長年の経験が為せる業だろう。


「はっ!!」


そして、機転も早かった。

吹き飛ばされたミトスを追い掛けて、彼も飛翔。黒い甲殻が展開されて、噴き出される気流がその身体を押し上げる。その加速力を乗せた拳が空中で無防備となった彼女を襲う。


「■ ■ ■ ■ ■ ■」


「何!?」


ミトスが何かを口ずさんだ瞬間、その手に灼熱の剣が生み出された。

その切っ先を突きつけられたビヴァータは無理やり加速の方向を変えて、間一髪避ける。

だが、加速中に無理やり進行方向を変えた事で彼の肉体には尋常ではない負荷が掛かってしまう。


一方のミトスは空中でくるりと身を翻す。

そのまま綺麗に着地するのかと思いきや、世界の法則に反して、彼女の身体はその場に留まった。


「本当に多才だな!! 同一人物とは思えんぞ!!」


「■ ■」


グッと身体を縮こまらせたかと思うと、弓矢のように一直線に向かっていく。

そのスピードはビヴァータの全速力に匹敵する程。急に上がった速度に反応が遅れ、その一瞬の間隙にミトスはその懐に入り込む。


「■ ■ ■ ■!!」


「ぐおっ!!」


突き出された両手。

黒い甲殻にピッタリと手が触れたかと思うと、手のひらから雷撃と爆撃が放たれる。

局所的な爆発が硬い甲殻を食い破り、そこに強力な電撃が叩きこまれた。

堅牢な盾を貫通した初めてのクリティカルヒットだ。


「ぐ、ぐぅ……この俺の鎧を打ち破る奴は久しぶりだ。」


「…………」


「ふふっ、だんまりか。俺の心はこんなに高ぶっているというのに。」


おどけた様子で語る裏腹でビヴァータは思考を巡らせる。


(今の一撃……恐らく、足元で爆発させた事による急加速だな。俺もよく使う奇襲方法だが、まさかこの身で受ける事になるとは……)


今までの経験からビヴァータは先ほどの急加速の仕組みを看過した。

足元で圧縮した風を一気に解放する事でトップスピードによる接近。急激な加速は相手の虚をつくには最適で、風の使い手である彼も頻繁に用いる奇襲攻撃である。


最も彼が圧縮した風を利用するのに対し、ミトスの場合は霊素。

足の裏に圧縮させた霊素を炸裂させる事で推進力を得ている。


(しかし、魔法を使った様子もないのに炎を出したり、雷を出したり……どんな手品を使っているのだ? ああ、容易に手の内が分からん方が楽しいがな!!)


巡り巡る思考を打ち切り、ビヴァータが選んだ道は突貫。

相手の手の内が一切分からない不利な状況を彼は心の底から楽しんでいた。

それに応じるかのようにミトスも両手を構えて、双方は何度も何度も拳を交える。

小柄な狐娘と大柄な怪人が対等に打ち合っている光景は中々に異質なものだろう。


「フハハハ!!! 楽しい、楽しいぞ!! 名も知らぬビーストの娘よ!!」


「…………」


「無口、無表情!! もう少し愛そう良く出来ないものか!?」


「…………」


「よくその細腕でこの俺と殴り合えるものだな!! 魔法を使わずに打ち合えるとは、増えた尻尾のおかげか!!」


テンションが上がり、饒舌に語るビヴァータに対して、相変わらず無口・無表情なミトス。

このまま拮抗した状況が続くのかと思いきや、ミトスの動きが急に悪くなってきた。

本人もそれが分かっているらしく、もう一度爆撃をお見舞いして仕切り直す。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


先程までの威風堂々とした佇まいは何処に行ったのか、荒らしく呼吸をするミトス。

9本に増えた尾っぽも8本が薄くなり、今にも消えてしまいそうな状態だ。

おまけに、白と紅の独特な衣装も半透明になっている。限界が近いのは明白だ


「ガス欠……という事か。」


「はぁ……はぁ……はぁ……」


「まったく……これでは興ざめではないか。しかし……」


穴が開いた腹部の装甲に手を当てて、何か考え込むビヴァータ。

ミトスは何とか彼を睨んでいるものの、その身体にもう力はなく、今にも倒れてしまいそうだ。


この状況、このまま闘いを続ければビヴァータが勝利するのは明白。

ポルックス姉妹が居るが、2人掛でも【烈風王】と称されるビヴァータには歯が立たないだろう。


(少なくとも、潜在的にあれだけの力を秘めているのは間違いない。あの力を自由自在に使えるようになったなら……)


刹那、ビヴァータは装甲を広げて飛翔する。


「この勝負、預けた!! 次戦う時はその力を使いこなせるようになった時だ!!」


その言い残して、ビヴァータが飛び去って行った。

他には目にも暮れずミトスたちが入ってきた通路に飛び込み、戻ってくる事はなかった。

危機が完全に去った事で緊張の糸が途切れたミトスは意識を手放して倒れてしまう。


「「ミトス様!!」」


今まで呆然と立っていたポルックス姉妹が駆け寄る。

意識は失っているが、胸はきちんと上下しており、生命活動は存続している。

その事に胸を撫で下ろした2人。


「取り合えず……どうすべきでございましょう?」


「木陰に運びましょう。ゆっくり休ませるのが最適でございます。」


「この場所、魔物の類は存在しないのでございますよね?」


「どう……でございましょう? 先ほどの強力な魔物の事もございますし……」


「ミトス様、ごめんなさい。何か役に立つ道具が無いか調べさせてもらいます!!」


ティナはミトスに謝罪すると、彼女のポーチを漁り始めた。



そして、そのポーチの中から出てきたモノに2人は疑念を確信へと変えるのだった。



◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆



【烈風王】ビヴァータとの戦闘が繰り広げた地下空間。

実はその場に第三者が居た事は誰も知らなかった。


ずっと闘いを傍観していた第三者は全員が離れた事を確認した所で姿を現した。

少し背の高い茂みを掻き分けて、出てきたのは真っ白なウサギ。だが、その体躯は普通の個体よりも大きい。


「これは……とんでもないモノを見てしまったわね。」


ピクピクと大きな耳を揺らしながら、白いウサギ——イナバが呟く。


「晴嵐に言われて、監視していたけど……あの子、”神格解放”まで使えるなんて。」


ミトスの身に起こった変化、その原因に心当たりがあった。


その名も“神格解放”。

イナバや晴嵐の故郷であるアキツシマ国でも使う事ができる者が限られる——いや、一部の血族の者しか使う事ができない秘奥の術である。当然ながら、ミトスが知る訳も無ければ、それを使う資質がある訳がない。


そして、その血族というのが—————


「”神格解放”が使える。つまり、あの子は神様の血を継いでいる。」


神様の血を引いている事。

それも、血が濃くないと【神格解放】を使う事ができないので、純血の子供かハーフの子供だけ。つまり、ミトスの両親の双方か、もしくは片方が神様という事になる。

厳密には今の彼女の肉体が、だが。


そして、奇遇にも晴嵐とイナバがやんごとなきお方から捜索依頼を受けたのも神の血を引く、狐のビースト。見事に特徴が一致している。


「これは何が何でも、アキツシマ国に連れていかないといけないわね。」


そう呟いて、イナバは監視を続けるために移動を開始するのだった。



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