第24話 秘めたるモノ
「ぜりゃあああああ!!!」
可愛らしい見た目には似つかない威勢のいい掛け声が轟く。
同時に振るわれるのは冷気を帯びた銀色の刀。体重を乗せて振り下ろされたソレは黒い甲殻と打ち合い、火花を散らす。
「これは冷気か? 魔力の気配は感じないが……ふんっ!!」
「ちっ……」
冷気を帯びた一太刀を浴びた黒い甲殻には傷一つない。
普通なら凍傷になるような一撃なのだが、ビヴァータは平然としている。
それどころか、逆の腕を鋭い正拳突きを放ってくる余裕すらある。
「ふんっ!!」
「むっ……」
「せいっ!!」
「ふんっ!!」
「はっ!!」
「すばしっこい……ビーストの身体能力は厄介だな。」
「こうでもしないと、勝ち目がないのでな!!」
圧倒的な強敵に対し、ミトスが選んだのはヒットアンドアウェイ戦法。
ビーストの身体能力をフル活用した闘い方はビヴァータには最適だった。
ビヴァータの一撃が繰り出さられる前に射程範囲外に退避して、すぐさま地面を蹴って一太刀を浴びせる。
(じゃが、硬い。傷一つ付かないとは……それどころか———)
ビヴァータの動向に気を払いながら、己の得物に視線を向ける。
鏡のように光り輝く銀色の刀身はその輝きを失っていない。しかし、その刃が少し欠けている。
(冷気も効果が薄い……このままでは、武器がやられるだけじゃな。)
ミトスは1回深呼吸すると、【霊術】を切り替える。
冷気に変換していた霊素をそのまま刀全体をコーティングするように纏わせる。
こうする事で刀身を保護する事が出来るので、一先ず武器の損壊を避ける事ができそうだ。
(問題は、どれくらいの長さが分からん事じゃな。ティルとティナから離れんと……)
「考え事をしている暇があるのか!!」
「っ!!」
ビヴァータの剛腕が地面を抉る。
それだけで小さなクレーターが出来て、彼の怪力を物語っている。
間一髪避けたミトスは通路とは逆方向……つまり、ティルとティナから離れるように駆け出す。
「逃がすと思っているのか?」
「思っておらんよ!!」
トラップの可能性も疑わず、ビヴァータは真っすぐミトスを追跡。
そして、戦闘地点を草原から森林地帯に変えた所で踵を返して、霊素の刃を振るう。
「むっ!?」
急に反転してきたため、回避が間に合わなかったビヴァータ。
咄嗟に両腕で頭部を守ったが、黒曜石のように輝く黒い甲殻に白い傷が刻まれた。
甲殻に守られた肉にも届かない浅い傷だが、それは一筋の光明だ。
(霊素の刃なら通る!! それなら……)
タンッ!!と太い樹の幹を蹴り、一気に肉薄する。
霊素を纏った刀が空を切り裂き、ビヴァータの甲殻に新しい傷を刻み込んだ。
そして、その傷口をなぞるように不可視の斬撃が叩きこまれる。
「何だと!?」
甲殻に先ほどよりも深い傷が刻まれる。
急な変化にビヴァータは驚愕するが、その答えを導き出す時間を与えられない。
樹から樹へと飛び移り、すれ違い際に霊素の刃を的確に当てていく。
「ぐ、ぐぐ……」
ミトスとビヴァータ。
二つの影が交錯する度に漆黒の甲殻には新しい傷がどんどん増えていく。
ビーストの身体能力をフルパフォーマンスで発揮しているミトスは一陣の風に近い。追い掛ける事が困難なスピードに彼の防戦一方。
しかし、焦りを募らせているのはミトスの方だった。
(傷は与えられている……じゃが、これでは意味がない!!)
【
しかし、それは完全に同じ軌道の斬撃を重ねる事で辛うじて傷を付けているに過ぎない。
要するに、硬い地面をスコップで掘るような物。
それなら重ねる斬撃を増やせば良いのだが、今のミトスに出来る限界は2回。
甲殻を貫くには足りず、同じ箇所に攻撃を当てなければダメージにはならない。
彼女自身も分かっているのだが、そんな曲芸のような芸当はそう簡単に出来るモノではない。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
そして、スタミナの方も限界を迎えようとしていた。
同じ箇所に狙うために集中力を研ぎ澄ませて、さらに全力疾走を繰り返しているような状況が続いているのだ。スタミナが切れない訳が無い。
「……おい、何時まで手加減をしているつもりだ?」
樹の枝で呼吸を整えていると、苛立ちを孕んだビヴァータの声が轟く。
「さっきから見慣れない術を使っているようだが、俺が求めているのはそんなモノではない。お前の中に宿っている異質な力、俺はそれが見たいのだ。」
(アヤツ、何を言っておるのじゃ? 儂が使えるのは霊術ぐらいじゃぞ?)
ビヴァータの言葉の意味が分からず首を傾げるミトス。
だが、彼には手加減しているように見えたらしく……
「はぁ……もう良い。使わざるを得ないように痛めつけてやろう。」
刹那、ビヴァータの全身を覆う黒い甲殻が展開。
出来上がった隙間から気流……空気が放出されて、推進力へと変換される。
「自ら防御を捨ててくれるとは有り難いぞ!!」
甲殻に隙間が開いた事で堅牢な鎧の下に隠された肉体がむき出しになる。
好機と見たミトスは力を振り絞って、ビヴァータへと突撃する。
「ふんっ!!」
「がっ!!」
背後から切りかかったミトス。
その柔らかいお腹に漆黒の剛腕が突き刺さり、あまりの衝撃に胃液が漏れる。
甲殻の隙間から放出される空気を推進力にした一撃は破城槌を食らったのに等しく、軽い彼女の身体は地面を何回もバウンドしてようやく止まった。
「ゲホッ、ごほっ!! お、お主……今まで手加減しておったのか!!」
「いや、様子見だ。お前の中の異質な力は正体が予想できないからな。持てる力を防御に回していただけだ。」
「そのやけに硬い甲殻もそのせいか……」
「ああ。俺の甲殻は魔力を通す事でその強度を増す。その状態で傷がつけられた時は驚いた。」
「平然としておった癖に……」
「さぁ、今まで同じ戦法は通じないぞ。お前も本気を出したらどうだ。」
「生憎と、これが今の妾に出来る全力じゃ。」
「そうか……もっと痛めつけないと、本気は出してくれないという事か」
(だから、どうしてそうなるのじゃぁ~!!)
完全な勘違いで目を付けられている事に心中穏やかではないミトス。
いくら口で語ってもビヴァータの耳にはフィルターが掛かっているらしく、勘違いが解ける気配は一切ない。
(途中で勘違いであると気付いてくれる事を願ったのじゃが……無理そうじゃな。)
半ばあきらめかけたその時。
4つのチャクラムがビヴァータに襲い掛かってきた。
縦横無尽に宙を舞う戦輪は彼の甲殻に少しだけ傷を付けると、持ち主の手に戻っていく。
「「ミトス様、助太刀するでございます!!」」
「お主ら!! 何故逃げておらぬのじゃ!!」
「「仲間を見捨てて逃げ帰る事などできないのでございます!!」」
「ダメじゃ!! こやつは妾たちが束になっても勝てぬ!! 早く逃げるのじゃ!!」
「「イヤでございます!!」」
ミトスの命令を無視して、ティルとティナは魔法を行使する。
放たれた魔法は雷属性第7階位魔法、【ボルテックス・ランス スコールシフト】。
以前、彼女らが使用した第5階位魔法、【ボルテックス・ランス ゲージングシフト】の発展系魔法であり、同時に射出していた雷の槍を任意のタイミングで放つ魔法である。
しかも、術者の魔力が尽きるか、本人が止めない限り雷の槍を浴びせ続けるため、その制圧力は群を抜いている。反面、消費する魔力も多く、おいそれと使えるモノではない。
「「てぇぇい!!」
ビヴァータの周囲に展開される射出用の魔法陣。
何枚も浮かび上がったソレらから雷の槍が連続で射出されて、彼に襲い掛かる。
それは最早弾幕となり、着弾時の衝撃で出来上がった土煙によって、その姿が3人の前から消えてしまう。
「馬鹿者!! 撃ち過ぎじゃ!!」
「でも、これで少しはダメージが入っている筈でございます!!」
「それに相手も生き物。あれだけの電撃を浴びれば、スピードも鈍くなる筈でございます!!」
「そう簡単に行く訳が—————」
刹那、強い烈風が吹き荒び、土煙どころか周囲に配置されていた無数の【ボルテックス・ランス】すらも弾き飛ばして魔法を強制的に解除する。
地下空間に巻き起こる風はまるで竜巻のような強風で3人は立つことすらできず、身を低くして収まってくれるのを待つことしか出来なかった。
「くっ、やはりまだ力を隠しておったのか……」
「当たり前だ。前線を離れたとは言え、俺は魔皇軍の将。あのようなそよ風程度しか操れぬ訳が無かろう。」
強風が収まると、クレーターの中心にはビヴァータが仁王立ちしていた。
黒い甲殻には数多くの傷が付いているものの、中までダメージを負ったような気配はない。
鎧の隙間が閉じられている所を見ると、あの一瞬で防御形態へと切り替えたらしい。
「さて、俺は弱い者虐めは嫌いだが、歯向かってくるというのなら容赦はせんぞ。」
「「っ!!」」
「仲間のお前たちを甚振れば、そっちもいい加減本気を出すだろう。」
「させるものか!!」
ビヴァータの視線がポルックス姉妹に向けられる。
ミトスはすぐさま地面を蹴り、極限まで霊素を集束させた刀を振り下ろした。
「効かぬというのが分からぬか……ならば、少々死の淵を垣間見てもらうぞ!!」
ビヴァータは迫りくる刃を見据えると、その刀身を握る。
更に思いっきり力を入れれば、美しい銀色の刃にヒビが入り、パリンッ!!という音を立てて彼女の得物が砕かれた。
「ふんっ!!」
「あっ……」
得物が砕かれた衝撃に呆然とするミトス。
その無防備な身体を黒い甲殻に包まれた剛腕が貫いた。
ポタッ、ポタッと真っ赤な血が塗料のように滴り落ち、地面を汚していく。
「「み、ミトスさまぁぁぁぁぁ!!!!!!」」
姉妹の叫び声が地下空間に木霊する。
その叫び声すらもミトスの耳には遥か遠くのように思えた。
(儂は此処で死ぬのか? こんな所で、死ぬ訳にはいかぬと言うのに……)
獲物を誇示するように高く掲げられる小さな身体。
もう全身に力が入らず、視界もぼやけてしまい、ビヴァータの姿もはっきり見えない。
さらにドンドンと視界が狭くなっていき、命の灯火が消え失せつつあるのが分かる。
(ラグナ……セリアス……へカティア……あの子らが平和な日々を過ごせるようになるまで死ぬ訳にはいかぬと言うのに)
走馬灯のように流れる幼いラグナたちと共に暮らした日々。
まだラグナが当代の勇者に選ばれる前にあったバラ色の時間をもう一度。それがミトスの願いだった。だが、その願いが今潰えようとしている。
(ダメじゃ……もう意識が……3人共、すまぬ)
心の中でそう呟いた時、ミトスの意識は深淵の闇へと吞み込まれた。
———だが、意識が闇に呑み込まれる寸前。
———彼女は人影を目撃した。
———9本の尻尾を揺らす、今の自分とまったく同じ容姿の少女を……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「むっ、完全に動かなくなってしまったか。これでは拍子抜けではないか。」
「「あ、ああ……」」
目の前で失われた命の灯火。
その現実は威勢の良い姉妹から戦意を喪失させるのに十分だった。
最早絶望に打ちひしがれ、悲嘆に暮れる事しかできない。
「興が削がれた。お前たちは見逃してやる。さっさと————何!?」
この場から立ち去れ、と命じる前にビヴァータが目の前の現象に驚愕した。
己の剛腕に柔らかい身体を貫かれて、絶命したビーストの少女。
その動く筈の無い肉体全体が青い炎に包まれたかと思うと、初めから無かったかのように霧散する。
飛び散った火の粉が何かに惹かれるように一か所に集まると、その肉体が再構成。
そして、その炎の中より現れた少女――ミトスはその眼をしっかりと開いた。
「「み、ミトスさまぁぁぁぁぁ!!!!」」
ポルックス姉妹の歓喜の声が地下空間に轟いた。
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