いいから早く寝ろ
「いや待て。まだ慌てる時間じゃない。期待するのは早い。期待しただけ墜とされた時の絶望は測り知れない。今の精神状態を鑑みるに、そのダメージは……一億超えて、一京。……つまり、死」
ベッドに入って寝入ったと思ったら、急にブツブツと独り言を言いだした大和を、『ついに精神いくとこまで逝ったな』と冷静に分析する信楽。
「大丈夫、大丈夫。お前は夢をみていたんだ。さあまた夢の世界にお帰り。ほら目の前に一面の菜の花畑が見えるだろう? その先にきれいな小川があるはずだ。そこでゆっくり目を閉じて3つ唱えるんだ。これは夢。これは夢。これは夢。僕はゲームと虚構の世界で生きている人間。現の人間とは所詮相容れないケダモノ。モノノケ……」
信楽が大和をなだめる様子は、まるで父と幼児の親子のようでもあり、また詐欺師が善良な市民を誑かすようでもあった。
「信楽、なに言ってんだ? お前の妄想に付きあってる場合じゃないんだよ。見ろ。メール来たんだよ」
「なに? マジか。誰からだ?」
「それが一番大事なんだよ。俺のメアドを知っている人は少ない。可能性はおおいにある。だが、この時間帯だ。純粋無垢の化身、宮島ゆん御様がいけない時間に起きてるとも思えない」
「いや。お前がゆんちゃんの何を知ってるんだよ? 今時の専門学生夜更かしくらい誰でもするだろ? いいから早くメール確認してみろよ」
「いや待て、いや待て。まだ心の準備が……」
「ああ。もうしゃらくさい。結果は出てんだ。待っててもなにも変わんねえだろ」
信楽が大和の携帯をひょっと上から奪い取った。そして、中身を見ようとする。
「あ、おま、ちょっと。返せよ」
大和がそれを奪い返そうと信楽に飛びつく。しかし、それを信楽は華麗にかわした。顔面から床に衝突し鼻頭をしたたか打ち付ける大和。
「ああもう。いいから返せよ!」
怒り心頭でそこから立ち上がるが、何かを踏んだ。
「返すも何も俺の手元にはないぞ」
「ないって。もうなんか踏むし。最悪だよ」
踏んだものを確認する。そこには見覚えがある長方形で薄型の物体が横たわっていた。表面にあるガラス面には蜘蛛の巣のようなヒビが入っている。
「最悪っていうのはな。こういうことを言うんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
真夜中に壮大なセルフ突っ込みを決め込む大和。
シンプルにうるさかった。
「ああ。ごめんな。まあ俺は悪くないけどさ。でも、ごめん。……一回、寝よ。な。一回寝てリセットしよう。最近色んなことが一気に起き過ぎてお前は疲れてるんだ」
「もう、俺がなにしたんだよ。悪いことしたかよ。一生懸命生きてるだけじゃねえか。今までの人生何のリア充イベントもなかったんだ。もうそろそろ報われてもいいんじゃないですか? なあ。なあ?」
「俺が腕の良い電気屋知ってるから。明日も休みだし寄ろうぜ。そうすりゃあ万事解決だろ? だから今日はもう寝るぞ。ほら、コレでも飲め。ぐっすり眠るんだ大和」
どこから出したかペットボトルの飲み物を差し出すと、大和は言われるがまま、半分ヤケ、もう半分現実逃避に一気に飲み干した。
すると、今までの興奮が何だっかのようにトロンと瞼は重くなり、急激な眠気に襲われた。大和はそのまま眠りについた。
(明日こそ良いことあるといいな)意識を無くす寸前、そんな願いを展望しながら。
★
居心地の悪さに大和は目を覚ました。
随分と寝た気がした。でも、今日は日曜日。ゆっくりするのもアリだ。
……ん? なにかを忘れているような。
大和のぼやける視界がだんだん明瞭さを取り戻していく。
何かが腕を這う感覚がして、とっさに腕を振るとそれは見たこともないような巨大な蜘蛛だった。
それだけじゃない。なにかがおかしい。根本的におかしい。
ここはベッドではない。木の床に寝ていた。
壁は薄汚れていて、至る所に蜘蛛の巣が張り巡らされている。
格子がはめられた窓。四畳半程度のせまい空間。
いや、待て。ここは明らかに俺の部屋じゃない。
いや待て。俺は幻獣相手にハンターをやっている場合じゃない 鬼ノ和毛 @onino0318
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。いや待て。俺は幻獣相手にハンターをやっている場合じゃないの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます