落ち込んだら面倒くさくなるヤツ

「まさか。この世界線で大和ごときを相手にしてくれる女子がいるとはな」

信楽は一応大和の言葉を信じてはいるようだった。妄想で言っているわけではなさそうだと。


「で? それからどうなったんだよ? 早速今日学校でデートの約束とかしたのか? 一緒に昼飯食ったりしたのか? まさか、これで終わりじゃねえよな? 『 女の子と昨日お話してキーホルダー交換したんだー』とか、小学生じゃねえんだから、まさかそんなたわいないことで反論したんじゃないよな?」


「そこは安心しろ信楽。攻め時であることくらいは分かっている。そして、もう手は打った」

大和は少し自慢げである。


「ほう。そうかそうか。女子には尋常じゃなく奥手のお前でも行く時はいくんだな。見直したぞ。で、その手ってなんなんだよ?」


「宮島さんの下駄箱にメールアドレスを載せた手紙をそっと入れてきたんだ」

恥じらいながらも、『俺男見せました感』を醸し出す大和。


「やっぱ小学生じゃねえか。お前の思考回路はいつまでガキのままなんだよ。まあ、でもよくやった。お前基準で考えたらかなりの進歩だ。よっぽど本気とみた!」


(たかが数ヶ月の付き合いでお前は上から目線でああだこうだ)と大和は多少腹が立ったが、ゆんのこともあり、そんなことは気にしないと穏便に感情を抑えた。


「で? メールはきたのか?」


大和の表情が曇る。


「……こないのか?」

流石に信楽も茶化す雰囲気ではないことを察した。


「まだ手紙読んでないかもしれねえじゃねえか? それか、部活でもしてて忙しいんだよ。じゃなかったら、あれだ。お前抜けてるとこあるからメアド間違えて書いたんだよ。まったくお前はおっちょこちょいなんだから」

信楽が柄にもなく無理に励ます。

だが、大和の表情は暗いままだ。


「今夜中の12時だぞ。どんなに忙しくても手紙は読んでる。メアドは30回は見直したんだ。間違えてる訳はない。……いいんだ。話せただけで俺は幸せだった。俺はこのキーホルダーを思い出に一生生きていくよ」


(それはそれでキモイな)と信楽は思ったが、口に出さず飲み込んだ。


大和は30歳は老けた表情で、深夜のテレビ番組を体育座りでただただ見つめている。その背中はえも言われぬ哀愁が漂っている。


「見ろよ信楽。アルプス山脈だぜ。キレイだよな。俺の薄汚れた心もアルプスの雪解け水で清めたら、ちっとは女心っていうヤツが分かったりすんのかな?」

テレビに映るのは、ナレーションも字幕もなく、ただ世界の名所をダイジェスト形式でお送りするという、誰が観ているかなというヤツ。これを真剣に見つめるとは、大和の精神状態は来るとこまで来ている。


信楽はもうウルトラド級にくそ面倒くさいと思った。何のキャラだよ。アルプスの水にそんな効果ねえよ。そんなに水浴びしたきゃナイアガラの滝にでも落ちて来いよ。と。でも言わなかった。いや。言えなかった。女の子にまったく相手にされず、一挙手一投足に一喜一憂しているこの可哀想な男に、そんな酷いこと言える訳がなかった。


「まあ、早く寝ろよ。今日は泊まっていくからよ。明日は良いことあるって」


「いや、お前に言われたくねえよ」


「あ? なんだ? この頭は小学生、背中は哀愁おじさん野郎が! ……あ、やべ。ウソウソ。うそだよーやまとくーん!」


「……やっぱりそんなこと思ってたんだ。酷いや。俺やっぱりガンジス川で400mメドレーでもして心を清めてくるしかないんだ」

テレビの画面には、勿論インドの世界遺産の映像が流れている。


そこから励ましや共感を混じえ、大和の精神状態の回復に務めた信楽。ようやくベッドに横になった頃には、時刻は1時過ぎだった。


大和は、携帯ストラップのミョルニルのハンマーをふと見つめる。俺には届かぬ高嶺の花。ゲームオタクに気まぐれに訪れた、いっときの儚い夢。

縋って生きるなんて。このままじゃいつまで経っても忘れられない。やっぱりダメだ。頼っていたら前に進めない。ストラップを外そうとした。その時だった。


ピロリロリン


メールの着信がなった。


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