舞い降りる天使 きょどる大和

「いや待て。まだだ。お前は俺の本気をまだ知らない」


 ライフゼロのはずの男=大和が、反撃の様相を見せていた。

 男はまだ、死んでいなかった。


「大丈夫だ。強がんなくていいんだ。見栄なんて張らなくていい。その分だけ後で死にたくなるぞ。挙動不審さえ直して黙ってれば顔はそれなりにいいんだ。お前にはまだ将来がある」


 それを信楽は疑惑の顔で見つめる。おまけに無理に励ます。


「そうじゃない。そうじゃないんだ。これは本当にあった話だ。……それは昨日のこと。夢のような時間だった。俺は男として大人の階段登ったんだ」


「昨日? 昨日って新歓のことか? 」


 大和と信楽は、とある専門学校の1年生であり、2人はここで知り合った。挙動不審でオロオロしていた大和に、信楽が声をかけた時からの仲である。


学校が始まって半月あまり、短い付き合いの2人だが今では何でも大和が相談できる親友になった。


その専門学校の新歓が昨日あった。


「そう、その新歓だ。ただでさえ馴染めない同じクラスの面々に、一歳くらいしか年が離れていないのに偉そうな先輩方が混じって、最高に居心地が悪い地獄だった訳だが」


「ひどい言いようだな。お前のコミュ症が作っている地獄だということを忘れないように」


「まあその新歓で舞い降りたんだよ。天使が。枝豆と柿ピーくらいしか食い物はなくて、誰とも話すことできなくて、早くゲームができる我が家に帰りたくて蕁麻疹ができそうな。そんな夜だったんだ」




『あの、それって幻獣戦記の【方天画戟ほうてんかげき】だよね? 幻獣戦記チョコのおまけ! へぇ~。よく出来てるな~』


 突然話しかけられて体がビクッとした。


 同じクラスでとびきり可愛い子だということくらい大和は当然認識していた。


 しかし、自分とは2Dと3Dくらい住む世界が違う。超エリートリア充グループの人間とは、土台馴れ合うべきではない人間なんだ俺は。


……と、はなから勝手に距離を取っていたため、『何故俺なんかに声を』……という戸惑いで脂汗が出てきた。


『えっ。あ、あの、コレのことですか? あ、ってか。君は同じクラスの、えっと、名前は、確か……』


 只でさえ女子の半径2メートル範囲内に侵犯したことがないのに、SS級に可愛い女の子が隣にいる。しかも、バックに付けていた私物のお菓子のおまけのキーホルダーを触っている。夢かもしれない。でも、夢でもいい。そんな夢見心地だった。


『あ、私? 私の名前は【宮島みやじまゆん】。あなたは確か浦島大和君だよね?』


『名前、憶えてくれてたんだ。えっと、あの、その……』


 夢だって、幻覚だってなんだっていい。少しでも長くこの空間が続けばいいのに。会話、会話。会話が途切れないようにしなくちゃ。


なんか話題を見つけなくちゃ。何話せばいいんだろう。女子って言ったらカフェか、甘いものか、可愛いぬいぐるみか、パスタだよな。でもカフェなんて行ったことないし、パスタよりうどん派だし、甘いものは嫌いだし。


どうすればいいんだ。人生に一度あるかないかの、神様が天界から垂らしてくれた蜘蛛の糸。このままじゃあどっか行ってしまう。えっと、えっと。


『私、方天画戟欲しくて何回も幻獣戦記チョコ買ってるんだけど、毎回ミョルニルみたいなぶっさいくな武器しか出なくてさ。見てコレ。悔しくて全部くっつけてあげてんだ。3回連続してミョルニルだよ。どんだけトールに愛されてんだって話だよね?』


 天使が笑っている。眩し過ぎる。大和は頭が眩みそうだった。


『あ、あの、俺は結構無骨なミョルニルも好きだよ。あ、あの。方天画戟さ、俺2個持ってて。あ、あの。良かったら、あげるっていうか』


『えっ!?』

 ゆんは驚いた顔をしていた。


 その瞬間大和の血の気が引いた。


 やってしまった。


 完全に調子こいた。天界の人間であるゆん相手に踏み込み過ぎてしまった。


 こんなキモゲームオタクの私物欲しがる訳ない。冷静に考えれば分かるだろ? 馴れ馴れし過ぎる。身の程わきまえろってのこの馬鹿俺。社交辞令で話しかけてくれたのに、なに俺は気持ち悪過ぎる勘違いしてんだよ。俺の馬鹿。俺の馬鹿。


人生一度きりのラッキーチャンスだぞ。なんてことしたんだよ俺。馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿……


『ゆーん。こんなとこに居たんだ。先輩呼んでるよ』

 ゆんが友達に手を引かれ、席を立つ。天使が、行ってしまう。


 もっと話したかったのに。


 もう、終わりかよ。


『えっと。ちょっと待っててね。……んしょっと。じゃあ、コレと交換ってことで』


 大和に天使がミョルニルのキーホルダーを差し出していた。


 全然頭が回らなかった。


 無意識に大和の体が動き、方天画戟のキーホルダーを外してゆんに手渡していた。


 交換……成立?


 ゆんが大和の耳元に唇を寄せる。


『今度もっと幻獣戦記の話ししようね。またね』



 死んでもいいかもしれない。

 大和にとって生涯忘れられないひとときであった。

 



 

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