第5話 深紅の記憶

「いやー今日は本当にいい日だなぁ。そう思いませんか、マスター」

「……雨が降りだしたがな」

「これからどんなにいいことが待ち受けてるかと思うとわくわくしますね、ほんと!」

「……赴くのは凄惨な事件現場だけどな」

 晴れていれば軽快に進む馬の蹄の音を楽しみながら窓の外を見るのだが、さきほどまでの快晴はどこへやら、本格的に雨模様の空だ。

 エルヴァンスドリスには、霧雨のように細かい独特の雨が降る。こんな日は街全体が霧に覆われたようにぼんやりとしていて、それはそれで趣はあるが。

 先ほどから目の前の主従の間で展開されている会話は、どう贔屓目に見ても、いや聞いても、趣がある、とは言えず。

「……貴方達、会話が噛みあっていないわよ……?」

 もう口を開くのも疲れる、という口調でユークレイスが突っ込みをいれた。そう言うのが礼儀であるような気がしたのだ。

 案の定、どこか嬉しそうな顔でキストがそうだろう、と肩をすくめて見せた。

 外出用にチョコンと頭にのった帽子の影から見える顔に、うんざり、という表情をわざとらしく貼り付けてみせ、彼は自分の隣に座る終始ご機嫌な付き人を顎で示した。

「初対面の時からずっとこの調子で脂下がっている。馬車を用意する間もずっとだ。よほど好みらしいな、貴女が。だから言っただろう、女性が関わると、からきし使えないヘタレだと」

「あっひでぇなぁ。ヘタレなんて言わないで下さいよ。むしろ逆ですよ、逆! こんな素敵なお嬢さんの為なら、いつもの倍の力を発揮しますから!」

「……ほう、いつもの倍、な。……まあいいが」

 ヘタレと称され憤慨する従者も、キストと同じく黒のコートに紫のシャツ、白いクラヴァットを身に付けている。帽子は一応手にしてはいるものの、被るつもりはないらしい。

 エディンとかいったか。

 彼はキストとは正反対の印象を与える男だ。キストが『イイトコロの坊や』を思わせる上品さを持つ少年だとすれば、エディンはその間逆。

 一見して鍛え抜かれていると知れるたくましい身体に、粗野な話し方。軍隊あがりだろうか、という気さえしてくる。

 ただ、人懐っこく話し上手なのは確かだ。主君であるらしい少年とは、主従というよりはむしろ、仲のよい兄弟のようで、ひどく型破りだった。

 主に向かって馬鹿にしたりからかったりする発言を繰り返す従者も、子供とはいえ、それを鷹揚に受け止め、無礼だと怒りもしない主も初めて見たのだ。

 ぼんやりと変わり者の二人を見ていると、小さな主に不意に声をかけられる。

「ユークレイス嬢、もうすぐ目的地に着く。オルトロール子爵をご存知だろうか」

 この子供らしからぬキストの話し方にも慣れてきた。いちいち苛ついていては体力と精神力の無駄だ、と朝のうちにユークレイスは諦めた。

「オルトロール? というと、確か、美術品に関する書物を多く書いている?」

 記憶を手繰り寄せ、その名を書物のリストの中に見た、と思い出して呟くと、ご名答、と楽しげな声。

「そう。今向かっているのはそのオルトロールのエルヴァンスドリスにある別宅だ。数日前、ある凄惨な事件があって今は立ち入り禁止になっている」

「え?」

 思わずユークレイスは眉をひそめた。

 身を乗り出した拍子に、さわり心地のいい絹のドレスがサラリ、と滑った。

 ライアに借りたそのドレスは、常日頃身につけているものとスタイルが全く異なる、シンプルかつ上品なものだ。

 コルセットで体を締め上げる必要がある、ごてごてで歩きづらいドレスばかりを着せられてきた彼女にとって、そのドレスはひどく新鮮な印象を与えた。

 ウエストのくびれを出すため多少締め付けはあるものの、少し動けば気絶しかねないほどにきついコルセットとは付け心地が全然違う。

 ドレス自体は、深いモカブラウンの生地に金糸で花の刺繍がちりばめられているという、非常に落ち着いた色合いのものだ。

 どこか楽しげな侍女のエリアの手によって見る見るうちに着せられていったそれは、パニエで広げることもしないので、非常に省スペースかつ動きやすい。

 聞けば、エルヴァンスドリスの中流から上流階級の若者の間で人気が出てきた新しいスタイルだとか。

 パニエを身に付けていればもっと馬車が窮屈だったわ、と感心しつつ、ユークレイスはさらに身を乗り出し、目の前の少年(自称紳士)に問い掛ける。

「事件があって立ち入り禁止、なのでしょう?」

「そう」

「その場所に、行くの?」

「そう。入る手はずは整っている。ああ、ほら、その角の屋敷だ」

 カーテンを少し開いて、キストが進行方向を見て笑った。興味をそそられカーテンの隙間を覗き見ようとした時、馬車が唐突に止められた。

 確かめるまでもない。エルヴァンスドリス警邏隊に止められたに決まっている。

 立ち入り禁止なのだから当たり前だ。

 カーテンの隙間を除き見ようとして不自然な体勢だった所為で、ユークレイスは小さく悲鳴をあげながらよろめいた。

「ぅおっと大丈夫ですか、レディ」

 それをエディンがしっかりと受け止め、席に座らせながら、

「ったく、教育がなってねぇな最近の警邏は。馬を驚かせるからガツンて止まりやがる」

「まあ、そう言うな。ああほら、開けてやれ」

「へいへい。あ、レディもちょっと奥に。この場所じゃ顔がモロ見えちまう」

 コンコン、と入り口をノックされ、エディンが淑女であるユークレイスが警邏のぶしつけな目の洗礼を受けないようにという気遣いを見せる。

 大人しく奥へ移動して帽子を目深に被りなおせば、タイミングを見計らったようにエディンが入り口を開けた。

 貴人が乗っている雰囲気を馬車の外装からも察したのだろう、びしっと敬礼をして見せた若い警邏は、模範的な言葉を口にのせる。

「突然お留めいたしまして申し訳ございません! こちら、ただ今立ち入りが制限されておりまして……」

「あー、見たところ覚えねぇ顔だな、新人か? 現場担当のぺルフィールドはいるか」

「は?」

「彼に呼ばれた。呼んでくればわかるだろう」

 エディンが慣れた様子で取次ぎを頼む。

 半信半疑、という表情を隠しもせず、若い警邏は命じられるままにバタバタと屋敷へ。

 やがて駆け戻ってきた彼の後から、縦にも横にも恰幅がいい制服の男が体全体で大息をつきながらやってくる。

 汗を拭うその顔は身体に比べて存外小さく、目や口といったパーツも小さく全体的に中央に寄っていた。

 汗を拭いぬぐい馬車の中を覗き込んできた彼に、エディンが笑いながら手をあげた。

「よ、ペルフィールド! 相変わらず敏捷性に欠けるねぇ。ダイエットした方がいいぜ」

「や、これはエディン殿、お久しぶりです。それを言わないで下さいよ」

「やあ、お招きいただいて光栄ですよ、ペルフィールドさん」

「ああ! キスト殿、ようこそおいでくださいました。お待ちしておりましたよ! さ、中へご案内いたします。詳細は後ほど」

「実は今日は一人、女性をお連れしているのですが、私の身内ですので」

「あ、こらまた失礼いたしました、ようこそレディ! 最も、レディが来られて楽しい場所ではありませんが……」

 案内するのは凄惨な事件現場だ。帽子で顔は隠れているものの、細い体の全体からにおいたつような高貴さは隠せない。

 なんとも不似合いな珍客にペルフィールドは戸惑うが、その鼻先で笑顔のエディンによって馬車の扉をしめられた。

 こうして馬車は若い警邏に誘導され、オルトロールの屋敷の門をくぐった。



 美術収集家としても有名なオルトロール子爵の別邸内は、きらびやかな収集品で輝かんばかりだった。

 広い廊下は大理石張りで曇り一つなく、数メートル置きに壷や像、絵画などが陳列されているのだ。

 その廊下を、ただひたすら屋敷の奥に向かって一行は歩いている。

「どこの美術館だ、っつー内装ですね、マスター」

「ああ、そうだな。実際、歴史的価値が高いものもかなりありそうだ」

「その通りですよ。いや私自身初めて屋敷に入った時には驚きました。庶民にとってはこれらが全て『子爵のポケットマネー』で購入されたものだなんて、想像を絶します」

 上背がある割にはせかせかと脚を動かすペルフィールドは、キスト達を先導しながら苦笑顔だ。

「確かにな。正直こんだけ壷やら絵画やら宝石やらにつぎ込むくらいなら、もっと別のいい使い道もあるだろうにとか思うわ、俺は」

 彼にエディンも同意を示し、空色の目に少しだけ呆れを纏わせてきょろきょろ見渡しながら歩く。

 キストは美術品に興味がないのか、わき目もふらずに進行方向だけを見ている。

 「凄惨な事件の現場」に向かいながら交わされる、そんな平和な会話に頭が痛い。

 いや、実際たとえではなく、ずっと頭痛に苛まれている。馬車に揺られている時にはかすかなものだったそれが、屋敷内に入った頃くらいから少しずつ酷くなっているようだ。

 帰ったらライアに頭痛薬をもらおう、と決めて、話す気力もなく黙って一行の後をついて歩いていると、ふいに大きな両開きの扉があらわれた。

「ここが、現場です。中は宝石の展示室を兼ねた書斎になっています。それでは中へ……といいたいところですが、その……。女性には、少し凄惨すぎるのではないかと……」

 ペルフィールドの声に、扉を開きかけていた警邏が手を止め、同じく戸惑い気味の顔でユークレイスをチラリ、と見た。

「もう処理は済んでんだろ?」

「え、ええそれはもう。ただ、どうしても染み付くものもありますし、空気自体が澱んでいますから」

「……だ、そうだ。どうする、レディ?」

 『調律』を見るのは諦めてここで待つか、と。

 高い声が笑いを含んで寄越される。見れば、キストが楽しげにこちらをうかがっていた。

 自分より子供に、馬鹿にされる、なんて。

 こみ上げた苛立ちが、ユークレイスの眉間に皺を刻んだ。

 サファイアとも賞されたことのある、深い蒼の目がオニキスの目を射抜くように睨み、

「行くわ。何のためにここまでついてきたと思っているの」

「いいね、それでこそ」

 まさに、売り言葉に買い言葉。

 にっこりと上機嫌に微笑まれて、ユークレイスの機嫌はさらに停滞の様相を呈した。

 そんな二人の静かな攻防に肩をすくめて、エディンが警邏に指示を出す。

「ま、なんとかなるだろ。開けてくれ」

「は、はあ……」

 指示を受けた、警邏が上司であるペルフィールドに伺うように視線をやりながら、扉を開け放つ。

 その扉の向こうは、ドームのような天井を持つ丸い部屋だった。

「色を極限にまで抑えたインテリアですねぇマスター」

「宝石の輝きを際立たせる為だろうな」

 正面の最奥、大きな窓を背にしてデスクがあり、壁に沿って、丁度十二のショーケースが丸く立ち並んでいる。

 消音のためだろうか、床は廊下の大理石の床とは一変し、黒のあし毛の長い絨毯だ。一歩踏み入れて、キストが大きな目を部屋に沿って一周させた。

「……これはまた、あちらこちらに飛沫が飛び散ったと見える」

 そう呟く声は平坦で感情が見えない。

 その声に促されるように部屋内をぐるりと見渡して、ユークレイスは息を止めた。

「っ!」

 いや、違う。止めたのではなくて、息の仕方を、束の間、忘れたのだ。

 後頭部が、しくしくと痛んだ。頭痛とは違う感覚のそれに思わず手を伸ばせば、確かめるように押した部分はやんわりと鈍痛を返した。 

「これは……、血か……?」

 ユークレイス同様部屋の中をぐるり、と見渡した空色の目が、どれだけ拭いても拭いきれない染みの一つ一つをたどってゆく。

 彼の半ば確信にも似た声に、はい、とペルフィールドが頷いた。

「そうです。事件があったのは約一週間前……正確には六日前の明朝、ですな。唯一生き残った証人によると、ですがね」

「唯一。別宅とはいえ、家人も多くいただろうに」

「そうでもないですよ。六人、ですね。避暑のシーズンも過ぎ、子爵がルメスリージュにお戻りになったので当直を残して皆、久しぶりに帰宅をした、とのことでその朝に屋敷にいた者は少ないのです」

「ああ、なるほど。それで当時家人が六人、と」

「はい。その当直の一人が突然狂ったようになり、残り五人を一人ずつこの部屋に引きずり込み、壁に飾ってあった剣……ほら、あの壁が妙に白い部分です、そこに宝石を散りばめた剣が飾られていたらしいのですが……その剣で、斬っていった、というのが事件のあらましで」

 頭痛が酷い。

 足が、震えてうまく歩けない。

 ユークレイスは、ペルフィールドの声を聞きつつ、キストとエディンが部屋の中を各々うろつき始めたのを目だけで追った。

 あの生意気な少年が自分のこの有様に気付いていないらしいことが唯一の救いだった。

 彼等と馴染みであるらしい警邏長は、こちらを気遣ってのつもりか、彼等の側にすぐには行かず、隣に立ち、ゆっくりと歩む。

 それは、たとえユークレイスが足から倒れそうになってもサッと腕を伸ばし抱きとめられるギリギリの距離だ。

 そう配慮をさせてしまうほど、ユークレイスの顔が蒼白になっていることが帽子越しでもはっきりと判別できるくらいなのだが、本人はそれに気付かない。

 軽い嘔吐感を伴い始めた頭痛に、ふらつかないようにするのが精一杯だ。

 ショーケースの中を覗きこむように見て回りながら話を聞いていたキストの小さな体が、丁度半周、デスクのすぐ左隣りのショーケースの前でぴたりと動きを止めた。

 その周りは特に汚れているようだ。ケース自体、割られたのだろうか、ガラスがとりはずされ、ただ軸が台座を守っているにすぎない。

 キストが興味を示したものに気付き、ペルフィールドが巨体を揺さぶりながらそれに近付いた。

 数歩だが置いてきぼりをくらったユークレイスはゆっくりと彼等に近付く。

「気付きましたか。哀れな被害者達は皆ここに折り重なるようにして息絶えていたのです」

「……犯人は、今どこに?」

「それが、キスト殿。発狂したその若い男も最期には自分自身をも殺すという暴挙にでたのですよ」

 キストは、酷薄な笑みを浮かべ、ショーケースに背を向けて振り返った。

「自殺? ハ、話が読めた。つまりその犯人は『普段は職務に忠実でそんなことする人ではなかった』と皆が一同に証言するような人物であり、唐突に『狂った』。私が接する事例によくあてはまる条件だ」

「その通りですよ、キスト殿。そして…」

「その身に付けていたもの、もしくは彼が大きく執着したもの、汚そうとしたもの。それにある程度予測をつけていて、そうだという専門家の証言が欲しい、と。しかもついでに無害にしてもらえれば好都合、つーわけだな?」

 それで俺達を呼んだというわけか。

 エディンがキストの言葉を掬い取って付け足した。

「ご名答。いやはや、上司にはイマドキそんな呪いのようなことがあってたまるかと言われたのですがねぇ。どうも胸騒ぎがして……まあ、勘ですな。ひょっとしたらこの紅玉こそが、噂のあの石なのかと」

 紅玉。

 その響きに、胸のうちを乱暴にかき回されるような。

 ユークレイスは浅い呼吸を繰り返した。

 何か、変だ。ひどく……不快。

「……いや、本当に、私を呼んでいただいてよかった。ペルフィールドさん、貴方は正しい選択をした」

 ショーケースの中を覗きこみ沈黙したキストが、小さくそう囁いた。

 その声に促されるようにして、ユークレイスはショーケースとの距離を一歩、縮めた。

 紅玉は、キストとエディンの影で見えない。

「すげぇでかいルビーだな。『王室の蒼ロイヤル・ブルー』といい勝負なんじゃないかねぇ。ほら、王冠の上についてるやつ、これくらいの大きさでしょ」

「ご大層なものを引き合いに出してきたなエディン」

 『王室の蒼ロイヤル・ブルー』。

 それは、建国の際、国を守護する聖獣より現皇家が授かったという蒼い宝玉。

 実在するそれは、こぶし大のものが錫杖に、卵大のものが儀式用の王冠に、そして最も小さいものは国皇の左人差し指に輝いている。

 その美しさを称える代表的な文句をキストが口にして、首をゆるく横へ振った。

「サファイアよりも深い蒼をたたえ、ダイヤモンドよりも輝く……。大きさやカラットがたとえ似ていても所詮似て非なるもの。アレは建国の英雄の手の中で代々輝く代物だ。見ただけでそれとわかるこの紅玉の禍禍しさとは性質が真逆だ」

「ま、確かにそうか。この石なんて、ペルフィールドが勘付くくらい凶悪な負の力を出してますしねぇ。俺ですら鳥肌が立ちますよ。ほら、レディなんかあの位置でもう気分が悪そうだ」

 エディンがユークレイスの様子に気付き、大丈夫ですか、と声をかける。その声に、キストもようやく、ユークレイスの様子に気付いたように振り返った。

 ユークレイスの硬直した体を見。その震える指先を見。

「レディ、顔色が優れないな」

 キストは目を細め、ゆっくりと彼女に歩み寄る。

「マスター?」

 エディンとキストが体をずらした事により、その時、その紅玉がユークレイスの立つ位置からもはっきりと見ることができた。

 淑女の細い首筋に輝くには重すぎるであろう、その大きさ。

 確かに、王冠に輝いている『王室の蒼ロイヤル・ブルー』と同じくらいだろう。

 雫の形にカットされている紅玉の周りに、蔦を模した金が絡みつき、鎖へ伸びている。

 大粒の紅玉を挟むように、小指の先ほどの紅玉が数個連なり、垂れ下がっている。

 何よりも、その、色。

 鮮やかな紅は見事としか言いようがない。

 カットの効果だろうか、雫の中央にクロスの形に光が反射していた。

 だが。

 その、鮮やかな紅が内包する、闇のような深い色。

「あ……」

 この色を、最近。

 どこかで見たことがある、と。

 何故か湧き上がる恐怖が、激しい後頭部の痛みとなって、襲い掛かる。

 ついに立っていられずその場に座り込んだ、その瞬間に。

 帽子がふわり、動きに追いつけず、絨毯に落ちた。

 見開かれた両の目から、涙がドレスに零れ落ちた時、キストが目の前で膝をついた。

 聡明さを内包した艶やかな黒の双眸が、静かに悼みをたたえ。

 声は優しく、ユークレイスに囁きかけた。

「ユークレイス。……ユークレイス・ディアナ・ラングランス・アイオス。国の名を背負う乙女。一体、何を……」

「ディアナ・ラングランス、って、まさか!」

 ペルフィールドが顔色を変える。

 公称としての名と、国の名。その二つの名を、名と姓の間にミドルネームとして持つ、国中で唯一の一族。

それは。


「ディアナ皇女。……何を、思い出した?」


 その、あたかも、忘れていた何かを確信しているかのような声に。

 頭のどこかで、パキンと脆い音をたてて、何かが壊れた。

 今度こそ、はっきりと思い出す、悪夢は。

「あ、あああっ!!」

「あっ、レディっ!!」

 

 


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