第64話
体勢を固定し照準を定め、引き金を引く。
飛翔するDIS弾の弾頭が眷属精霊の1体を撃ち抜いた。
ドパンッという音と共に肉が弾け飛ぶ。かなり水っぽい音だ。
眷属精霊は失った肉を再生しようとするが、邪魔さえ入らなければ私のリロードの方が早い。
極限まで効率化された動作で次射の準備を整え、引き金を引く。
次こそは、頭部と思われる器官を完全に破壊した。
だが————
(これでは決め手になりませんか)
————眷属精霊はそれすら完璧に復元し、一切の躊躇いを見せる事なくこちらに迫る。
それを確認した私はアリーナの端にレムカイトを放り投げる。
狙撃銃をそんな扱いすれば生産者が激怒しそうなものだが、まあ、壊れてはいない筈なので勘弁してもらおう。
「よっと」
スポーツバッグまで走り中を漁る。
何故私は現状の最大火力であるレムカイトを手放したのか。それは、この場面においてレムカイトは取り回しが悪過ぎるからだ。
眷属精霊は総数24体。
体高平均4メートルにも及ぶ猛獣がその数で襲ってくるのだ。それも直径100メートル超程度もあるアリーナの中で前後左右上方から襲われる。
そう、上方だ。
眷属精霊は飛行能力を備えている。半透明の翅は飾りではなかったようだ。
まあ、航空力学を全力で無視したかの造形で飛んでいるので、これが外にいれば学者は須く発狂すると思うが。
とにかく、仮にもアンチマテリアルライフルで反動もそこそこあり、全長1300mmもあるレムカイトでは対処が難しい。
ならば潔く別の最良手を考えた方がマシということだ。
幸い、その為の手段は残されている。
「これですね。ルシル、信じますからね。これで期待を裏切られたらグラン・シャンモリの報酬は無かったことにしますよ」
どこからか怨嗟と怒りの念が飛んで来た気がするが今は無視だ。
スポーツバッグから金属の塊を取り出す。ぱっと見、それは細かい金属片が幾重にも重なった巨大な金属板だった。
全体の色はレッドゴールドというのだろうか、赤みを帯びた金色。
鱗のように1枚の金属板を構築する様はドラゴンの表皮を見ているかのようだ。
だが真に見るべきはその特異な外見ではない。特筆すべきは、この金属板には魔術的細工が一切施されていないという点。
つまり、これはルシルが手がけたものではない。
ルシル経由で急遽手に入れたものだが、その為に私の全財産の5分の3が吹き飛んだ。
元より、マテイエ達金枝の使者との戦いで魔術戦を根本から見直した結果、新たな武器の入手は急務だった。
だがまさか、ここまで早く必要になるなど誰が分かっただろう。それも、祭りの為に訪れた魔術都市で。
おかげで値切ることすらできなかった。
だがまあ、カタログスペック上では、対魔術師において切り札に成り得る武器の筈だ。
尤も、今回期待するのはその頑丈さと、予想の通りであれば眷属精霊の近くでも神秘を振るえるという点だが。
「ぎゃぁぁぁああぁぁぁ」「ぎゅうぅああぁぁあ」
唸るような叫ぶような何とも形容し難い鳴き声を上げながら、眷属精霊が突っ込んでくる。
「さて、初陣がこれですいませんが……存分に振るわせてもらいます」
ごちゃごちゃとした金属板を地面に投げつけ、思いっきり踏みつける。
その衝撃によって、金属板は真の姿へと変貌していく。全て繋がっている細かな金属片が弾かれたように移動し、ガシャガシャと音を立てながら組み変わる。
金属片が蠢く毎に、その中心にあった黄金の輝きが姿を表していた。
それこそが、この武器の中核を成す最も重要な部品だ。
変形はまだ続く。スライドし、離れ、繋がり、ただ1つの武器へと形を成していくその過程は、計算され尽くした機構の稼働により可能とされた極限の精密性を感じさせた。
最後の部品が
完成したソレを手の内に収める。
滑らかながらも手の滑らない特殊な金属素材で構成されたソレは、初めて握ったにしては良く手に馴染んだ。
突撃してくる眷属精霊の頭に向けて全力で叩きつける。
弾け飛んだ肉片が視界に散らばるが、それに気を取られる余裕はない。
続けて斜め上から滑空してくる眷属精霊を避け、その土手っ腹を下から掬い上げるように殴りつければ、衝撃によって眷属精霊がくの字に折り曲がった。
素早く移動し眷属精霊と距離を空ける。
「これは……思った以上に優秀ですね」
一切の
金属片で構成されているとは信じられない程の強度と精密性。
普通ならば多数の部品で形作られたものは接合部で力のロスが起こる。それがこれには一切感じられない。
バランスも完璧、武器を振るう際の引っ掛かりが極限まで薄い。
加えた力の全てが活かされる感覚。
神速の世界に意識を置き、化け物染みた感覚と多数の武器を振るった経験を持つ私だからこそ感じる、認識さえ引っ張るようなイメージと現実が重なる感覚。
無論、法則の書き換えが制限された状況では、身体能力の全てを発揮する事は難しい。それができれば眷属精霊は衝撃波でバラバラに吹き飛んでいただろう。
それでも、この武器は万能感すら私に与える。
武に触れた者ならば一度は夢見る、自身の全てを最大限活かせる『武器』、それが私の手に握られている。
高揚感が全身に巡る。
この巡り合わせが運命だったとしか思えない。
ただの一振り、それだけでこの武器が微細にして精巧な科学の結晶である事実を叩きつけられる。
だが、《神秘》の側面の能力も、一目で分かる形で示されていた。
「……やはり、この武器ならば精霊に有効打を与えられますか。カタログスペックに偽りは無かったようですね」
眷属精霊の傷の治りが目に見えて遅い。
数キロ先の装甲車すら時に貫通するDIS弾、その直撃を食らってさえ瞬時に再生した眷属精霊が、違和感に戸惑っている。
他の個体もそれを認識したのか、それともこの武器の特性に気が付いたのか、迂闊に飛び込んでくる動きが無くなった。
それを確認しながら、私は武器を構えた。
姿勢を低くし、後方を左手で握り前方を右手で固定する。必然、体は
「やっと、貴方達とまともに戦えそうです」
構えた武器が私の闘志に応える未来が当然のものとして見える。
それ程までのこの武器は完璧だった。
まあ、これを振るえる人間はそういないだろうが。
少なくとも、
全長はレムカイトⅢ–クイーンすら超える1680mm。分かりやすく言えば168センチメートル。私の身長の109パーセント当たる長物だ。
柄の重量だけで23キログラム。比べるまでもなく今回持ってきた武器の中でぶっちぎりで最重量。
柄の材質は新素材金属。多数の金属部品で構成されているにも関わらず、私が本気で握っても潰れず、本気で振るっても傷ひとつ付かない。
最新、それも時代を先取りしたかのような新素材と緻密な計算によって保証された耐久性。
常人では持ち上げるだけで精一杯、振り回すことなど考えもしない超重量。
まさに超人的膂力を持つ私の為に誂えたかのような武器だ。
その形状は『槍』。
しかし科学によって作られた柄がレッドゴールドの光を反射するのとは違い、その穂は明らかに神秘の領域のものだった。
大精霊から広がる夜空の中で淡く輝く、大型の黄金色の穂。
見た者を惹きつける神秘の輝きは、しかし敵対するものを容易く切り裂くであろう冷厳さを同時に湛えていた。
「スッ————、フッ!」
今許される最高スピードで肉薄し、眷属精霊へと黄金の穂を走らせる。
先ほどの強度と膂力に任せた打撃ではない、柔らかな肉に刃を滑り込ませる斬撃だ。
穂先が眷属精霊に触れた瞬間、黄金の輝きが強まる。
《概念》と《概念》が互いにぶつかり、競合し、混ざり、干渉し合い、世界法則を歪ませる。その影響で生まれたエネルギーが、黄金の輝きとして現れているのだ。
そして槍を振り切った後の傷口は、穂の大きさと比べれば明らかに大きなものだった。
これがこの槍の特性。
概念のぶつかり合いで発生したエネルギーを破壊力に変えることができる。
摩擦の問題で踏ん張りを効かせるためスピードを制限された私が、眷属精霊の頭をスイカのように破壊できた理由だ。
本来ならば、概念と未知を繋ぎ神秘を現界させる魔術師を予想して求めた性能だが、実体を持つ精霊にも効果は大きいらしい。
「まあ、この穂の由来から考えるに、真の能力は別にありそうですが」
この穂には、かつての神代の時代、神という存在が闊歩していた頃より続く歴史があるのだから。
まあ今は、眷属精霊に有効打を与えられるということが重要なのだ。
「ぎゃうぅぅあぁぁああぁぁう」
眷属精霊の1体が空より襲い掛かる。それに合わせて、他の眷属精霊も距離を縮めてきた。
一斉攻撃。数の有利を最大限活かせる最良手だ。
どうやら、眷属精霊にも脅威を効率良く排除する知能はあったらしい。
それどころか、会話をしている節すらある。
今も、攻撃に参加しているのは12体だけ。その他は遠巻きにこちらを窺っている。用心深いことだ。
単に邪魔にならないようにしているだけかも知れないが。
(まあ何にせよ、蹂躙するだけか)
思考を加速させる。
見えている世界が灰色にまで減色して相対的低速の世界へと私を招き入れる。
迫ってくる眷属精霊を1体1体補足し、これからの状況、動き、結果を導き出していく。
そして先頭の眷属精霊との距離が10メートルを切ると同時に、槍を構えたまま地面を蹴る。
(まずは、1体)
弾け飛んだ大量の肉片と体液は無視し、振り切った体勢から遠心力と脚力を使って飛び上がる。
目標地点には別の個体が。
穂先を下に向け、首を貫く。
当然眷属精霊は暴れるが、槍がしっかりと食い込みそう簡単には外れない。
だが、私もこの程度では終わらせない。
左手を眷属精霊の背に突き立て、骨を直接掴み体を固定する。
槍を握る右手で刃が体内に残るように長さを調節し、全力で腕を持ち上げ首から上を両断した。
(これで2体目……!)
まだ仕留めるには至っていないが、今は悠長に致命に至る方法を探している間もない。
頭を両断した個体を足場に、上空へと体を飛ばす。
私に気が付き目標の眷属精霊が高度を上げようとするが、それでは遅い。私はすでに眷属精霊の目の前に移動している。
槍を突き出し眷属精霊の首を穿つ。
叫び声を上げて暴れまわるのを確認する前に、足を使って翅をへし折り、眷属精霊のバランスを崩す。
そんなことをすれば当然高度が急激に落ちるが、眷属精霊が必死に体勢を戻そうとするせいで、錐揉み状に落下を起こした。
必然落下速度はそれほど早くないが、それは好都合。
概念摩擦とも言うべきものによって発生したエネルギーを破壊力に変えるこの槍は、概念摩擦が起き続ける限りエネルギーを蓄え続ける。
つまり、概念の具現たる精霊の体に触れ続ける時間が長い程、最終的な破壊力は大きくなっていく。
破壊力への変換が起こるのは一定以上の衝撃を加えるか、それとも刃が特定の角度で振るわれた時。
ではどうすべきか。そんなこと決まっている。
地面が近づいたので、衝突の際私が上になるように調整する。
眷属精霊ももがくが、翅を失った状態では上手く飛べないらしい。空気の流れを掴む手段を持たない眷属精霊など、私の身体能力と思考速度があれば如何様にもできるデカブツに過ぎない。
(さて、これでどこまで威力があるか……)
地面と眷属精霊が衝突し、当然そのインパクトは槍にも伝わる。
起こることは単純。
眷属精霊とも概念摩擦で黄金の輝きを強めていた穂から破壊が迸り、体内をめちゃくちゃにする程の暴力が蹂躙する。
そんな体内の変化に耐えきれなかったのだろう。眷属精霊は首と体の付け根を中心に2等分された。
地面にさえ巨大な罅割れが発生する破壊力。
当然、これは尋常な現象ではない。
眷属精霊が規格外の概念規模を持ち概念摩擦が大きかったからこそ、槍はこれ程のエネルギーを蓄えることができたのだ。
「ふう……」
瞬きする間もなく3体の眷属精霊を行動不能にした私に、流石の眷属精霊たちも最大限の警戒を覚えたのか、これまで以上に距離が離される。
思考の加速を緩める。
常に思考を加速させ体感時間を伸ばしていると、日常に戻った時に言葉にし難い違和感が発生するのだ。
まあ、休める時に休まなければ異常が起こる、くらいの認識で良い。
「やはり、こうなりますか。2回、ですね」
倒れる眷属精霊を注意深く観察する。
頭を両断した個体と、たった今首と胴体をさよならさせた個体は、ゆっくりではあるが再生し始めている。
だが、2度頭を破壊した個体は体を光る粒子へと変え、夜空の中の新しい星へと還っていった。
つまりは、殺せたのだ。
DIS弾すら意に介さない脅威的再生能力を誇る眷属精霊が、形も残さず消えたのだ。
わざわざ同じ攻撃を再現した甲斐があった。
槍の攻撃で再生能力が阻害される。それは何故か考えれば、
この槍の穂はそれ自体が今の世界法則とは別の法則に基づく概念を保持し、それが世界を蝕む別の概念とぶつかり合うことでエネルギーを蓄える。
そして、一度ぶつかり合い変化した概念は、そう簡単には元に戻ることはない。そのため、性質が変化するのだ。
眷属精霊は槍での攻撃で再生が阻害された。
そこから予想できることは、その再生能力の源は保持する概念にあり、概念を乱せば再生できなくなると言うことだ。
そして前に言った通り、一度乱された概念はそう簡単には戻らない。
精霊とは概念を象徴する概念生命体。内包する概念はどれ程強大な精霊であっても必ず1つ。
核となる概念を維持できなければ精霊は殺せるのだ。
尤も、これは私の知っている精霊についてなので、金枝の使者の使う《精霊》に当てはまるのかは確信が無かったが。
だが確信は得た。
眷属精霊が概念を維持できないようにするには、最低でも2回この槍で傷付けなくてはならない。
だが、それも生物的に生存を許されない程確実に、なおかつ同じ場所を破壊しなければ効果は薄いだろう。
しかしこれで殺し方は確立した。
これが魔術師ならば話は変わった筈だ。
魔術師はあくまで概念と未知を繋ぐ存在。分かりやすく言えば道具の使用者。
概念と言う部品をいくら破壊されようとも、新しいものを用意すれば良いだけなのだから。
「これで貴方達を超えました。勝つのは私です。ならば、
レッドゴールドの柄を握り、黄金の穂を向ける。
これから行うのは勝負ではない。
蹂躙こそ私がこの最高の槍を用いて行うべき弔いだ。
彼等は強者だった。
人間など足元にも及ばない怪物だった。
だが、完璧で優れ過ぎたが故に、歪みなき体躯は弱者の叡智によって引き裂かれるのだ。
ただ1つの生きる意味を持って生まれたであろう完成された星は、いずれそれを見上げる者に撃ち落とされる運命なのだから。
「人にとって死とは終わりであり次への希望ですが、私や貴方達概念生命体にとって死とは終わりではなく同じ生を繰り返す終わりなき
私としては驚くほど柔らかな声が出る。
世界が続く限り消えることの許されない外れ者へ、私と同じ宿命を背負った忌み子へ、憐れみを以て言葉を掛ける。
「万物万象は再生の輪のなかにあり、私達はそれから外れた超越者。死に追いかけられることも無くなりました。しかしだからこそ、私達の生は死の積み重ねにこそある。殺されるという偉業こそ私達の役割」
そう、私達は殺され続けなければならない。
その偉業を以て世界は、次のステージへと登るのだから。
大地を征して精霊を殺し、文明を使い次の精霊を生み出す。
既知を広げて未知を食い潰し、新たな未知へと挑む。
「ですが貴方達も偉業の死は望まないでしょう。そんなもの、私達には何も残さない。……ですから私は、同じ外れ者として貴方達を消す。たとえ一時の安寧に過ぎなくとも、消える喜びを与えましょう」
『心』を求め人に憧れる私がそれを一時の間置いて、化け物として彼等を殺す。
それが、私のできる数少ない弔いなのだから。
「おやすみなさい、星の子等。たとえ一時の夢であっても、貴方達に
その言葉と同時に、私は眷属精霊へと突き進む。
彼等の
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