第61話

 引き金を引くと同時にダッ! という発砲音が響き、直後にカキン! とチューブ型弾倉から次弾が薬室に送り込まれる音が鳴る。

 通常ならば1つの音として聞こえそうなほどの2つの音は、だが加速した思考の中ではまどろっこしい程に離れている。


 ダッカキン! ダッカキン! ダッカキン! ダンッ!

 

 通常ならば人体を死に至らしめるに足る至近距離からの9発の散弾が立て続けに撃ち込まれ、体表を抉られ肉片が飛び散っても、大精霊に有効なダメージを与えている感覚は薄い。

 それどころか、約1秒後傷口が内から爆ぜたと思うと、その後には滑らかな体表が姿を見せる。

 ならば同じ場所に何度も撃ち込もうとするが、セミオートの宿命というべきか、いくら思考と反応が速くなろうとも次弾を撃つまでのスピードは決まっている。結果、有効打を与えるより大精霊の復元速度が上回る。

 何より————


(——大きすぎる。ショットガンでは『象にコリブリ 2.7mm』といった感じか)


 大精霊は現存する地球上の陸生動物に比べ遥かに大きい。全長はおよそ30メートル。地面から肩までの高さは5メートル程度。

 直径100メートルを超える闘技場のアリーナの中ではそこまで大きは見えないが、身長154センチしかない私と比べれば規格外の化け物だ。

 尤も、大半は水棲生物とはいえ幻想種の中には常識を超える巨大生物は多くいる。この大精霊もそのたぐいだろうか。そうだとしても、これだけの巨体ならば自重で潰れるのが普通だろうに、まるで重力が仕事をしていない。

 そもそも、体を地面から浮かせられる時点でおかしいのだ。

 大精霊の備える白腕の数は23対、それも異様に細いものばかりだ。

 下半身の一部が地面に着いているとは言え、その姿はもはや理解不能の領域。明らかに解剖学に喧嘩を売っているとしか思えない。しかも、その巨体を支える腕の3分の1を使って攻撃してくるのだから、これがもし外の世界に居たら科学者は軒並み発狂するだろう。

 神秘に属する生命は理不尽だ。

 と、そんなことを考えていても状況は変わらない。

 今はどうやってこの大精霊を始末するか考えるべきだ。

 問題は、この大精霊が私ではなくという点だろう。


(下から撃っていても埒が明かない。ヘイトを買って足を止める事はに注力してたら意味がない。だったら、上を攻める)


 先ほど身に付けたウェストポーチから取り出した弾薬をチューブ型弾倉に込めながら、ついでに蹴りで腕を1本折っておく。

 弾を込め終わったところで大精霊から少しだけ距離を取り、助走をつけて巨体の上部に向かって体を飛ばす。

 飛んで来る虫を払うような動きで迫ってくる白腕を狙い引き金を引くと、散弾が白腕を吹き飛ばし、同時に私の体は衝撃で体勢が崩された。

 どうにか大精霊の背中の上に落ちることはできるだろうが、このままでは体を支える事ができずに落ちてしまう。

 受け身を取り衝撃を逃しながら、指を大精霊に突き刺しがっしりと掴む。

 グジュリという感触が脳に伝わるが、忌諱感などは浮かばない。加速された思考の中では普段と感覚のズレが生じるのだ。


「さ、てッ!」


 目の前にある黒の下地に白が散った不気味な器官に、銃口を突きつける。

 そのまま引き金を引けば装填されていたシェルが薬室から解放され、破壊の限りを尽くしながら精霊の『目』を蹂躙した。


 ぎょおおぉぉぉおお!!


 体をうねらせながら大精霊が絶叫する。

 その動きは先程までの仕方なくヘイトを向けていた反応とは明らかに違う、明確な危険を感じたが故の叫びだ。

 無論、この巨体にショットガン1発で有効打を与えられたとは思わない。

 だが、反応が大きいということは、それだけの理由があるということだ。

 人間が害される時に頭と腹を庇うのは何故か。急所を傷付けられると指を切った時よりも反応が大きいのは何故か。それが生命を守る上で重要だと知っているからだ。

 それに、収穫はあった。

 魔術的強化を施された弾薬、12ゲージのシェルを至近距離で撃ち込まれた目は、体表より再生が遅いのか3秒経とうともグジュグジュと傷口が蠢くばかりだ。


(これなら無理矢理破壊出来る。だったら、使い切っても構わない!)


 大精霊の背中を走る。

 私のいる場所は丁度大精霊の中間地点。当然、最も太い部分だ。

 ここから体内の弾を撃ち込んでも、分厚い肉に覆われた内臓などを傷付けられるか怪しい。

 内臓があるのかは分からないが。

 まあ要は、なるべく細い首を狙えば重要な器官が破壊しやすいのではないか、という事だ。

 構造が観えないのが不便だ。《透視》で弱点が観えれば、この様に考える必要もないのだが。

 

(存分に働いて、SPAS-12。魔術すらも取り込み進化したその力、化け物狩りには相応しい)


 SPAS-12。

 イタリアのフランキ社が設計した散弾銃。

 軍用向けに開発された完全な戦闘用散弾銃であり、その装弾数の多さと速射性から『小型の大砲』の異名すら与えられたショットガン。

 私の使っているのは銃床を短く切った特製品。

 ルシル経由で手に入れたものでコレクションの中でも貴重な逸品だが、この場に持ち込んだからには最大限の働きをさせるべきだろう。 

 たとえ、2度と使い物にならなくなっても。


 ぎょおぉぉおぉぉぉぉぉおお!!


 私を脅威と見做したのだろう、大精霊の目は私を捉え白腕は殺意をもって迫り来る。

 

(遅い)


 白腕を避けながら大精霊の体を駆け上がり、首までジグザグに足を進める。

 弾は使わない。最大限の火力を発揮しなければ、この神秘の生物は殺し切れるか分からないからだ。

 消費した1発分を補充して、残弾は6発。弾を込める時に両手が必要なのが、この銃の欠点だ。

 首に辿り着けば左腕を白い体表に突き刺して体を固定する。

 そのまま大精霊の目に銃口を突き立て、引き金の上の本来は存在しないセレクターレバーを切り替えると、SPAS-12のボディに幾何学模様が浮かび上がる。

 それは魔術的強化を施されたSPAS-12が本領を発揮する合図。この瞬間、この散弾銃は物理学だけでは語れない魔銃となったのだ。

 細い首と言っても直径2メートルを超える為、ただの散弾銃ではこの分厚い肉を破壊し尽くす事はできない。

 だからこそ私は選んだのだ。巨体などものともしない圧倒的破壊力を求めて。

 ルシルは言った、『この威力を立て続けに食らわせれば、小竜くらいは殺せる』と。

 私が使ったのは試し撃ちの1発だけ。

 その時は、15


「これで、死んでください……!」


 引き金を引く。

 幾何学模様が一際輝くのに合わせて、暴音とも言える発砲音が鳴り響いた。


 ダゴンッ!


 大精霊の体を揺るがす程の衝撃を伴った1射。

 それが引き起こした結果は————目を吹き飛ばす程度でしかなかった。

 深さにして約20センチ程。

 この程度では有効打とは言えない。

 だが、それは予想通り。

 この魔銃の真価は、にある。

 暴れる大精霊など無視して、次弾を撃ち込む。

 撃って、撃って撃って撃つ!


(これで、最後っ!)


 ダゴンッ!!!


 闘技場のアリーナを揺るがす程の魔銃の一撃。

 その破壊は私の体を20メートル以上吹き飛ばし、同時に大精霊を地に伏せさせるに十分だった。

 空中で体勢を整え着地。

 未だ離さなかったSPAS-12に目を向ければ、そこには3分の1が消失し、スクラップになった残骸があるだけだ。

 溜め息を吐いて地面に置く。

 手に入れるのに320万、魔術的強化に530万。合計850万がスクラップになれば、溜め息の1つも吐きたくなるというものだ。

 だが、その分の働きは十分過ぎる程にこなした。

 大精霊に目を向ければ、その巨体の首には大穴が空けられ、青白い炎が肉を燃やしていた。

 白腕も力なく痙攣を繰り返し、口からは舌が飛び出している。

 

「これは、完全に死んだと思って良いのでしょうか」


 一応警戒しながらスポーツバッグの元へと戻る。

 大精霊を殺しきれていないという可能性も捨てきれない。まあ、生命であるのだから限りなく低いとは思うのだが。

 そうでなくとも、虎の子の大精霊が打ち破られたのだ、金枝の使者の魔術師達が暴走しないとも言えない。

 スポーツバッグから一挺の自動小銃を取り出す。

 一度構えてから銃床を調節し、スリングで肩から吊るした。

 対魔術師を考え私のお気に入りの『S&W M500 マジックカスタム』と同様、対魔術式弾アンチマジックバレットを撃てる様に魔改造した逸品だ。

 元となったのは日本が誇る銃火器メーカー豊和工業が生み出した『20式5.56mm小銃』。

 マガジンに込められている対魔術式弾アンチマジックバレットは、本来使われる『5.56x45mm NATO弾』を魔改造した小口径高速対魔術弾。

 この魔銃で狙われた魔術師は、余程の化物でなければ死からは逃れられないだろう。

 と、そんな私の意識外から、予想外のものが迫る。

 

「フォオオオオォォ!!」


 背後から奇声が響き渡った。

 新手の敵かと銃口を向ければ、アリーナの端から猛烈な勢いで人影が近づいて来ていた。

 スクープを追い求める女、シルバーナだ。

 凄まじく興奮した様子は獲物を見つけた肉食獣のようで、怪鳥のような奇声を上げる姿は狂人もかくや。

 全身から血を滲ませながらそんなもの気にもならないと突貫してくるさまは、私の人生の中で初めての拒絶感を抱かせる。

 だが、あれでも言いつけ通りに大人しくしていたのだ。少しぐらいの奇行は目を瞑ろう。


「フォォオ、フフ、クフフ、アーサーガーミーさ〜ん。写真を撮りましょうね〜。ウヘヘヘ」


 いや、無理だ。

 あれは不味い。

 何がどうとか説明できないがとりあえず関わりたくない。

 目がギラギラしていて体が竦むし、仕草の1つ1つがなんかこう、生理的に受け付けない。

 端的に言うなら、怖い。

 おかしい。こんな感情を蒐集した覚えはないのだが、一体どこから来たものだろうか。


「と……止まってください」


 いつも通り平坦な自分の声。

 だが、僅かに震えているのは何故だろうか?

 それと何故か反射的に銃のセーフティを外してしまった。

 流石に撃つ気は無いが……無いのだが、条件反射的に指が引き金に掛かってしまう。

 そんな私の心情を知ってか知らずか、シルバーナは形容し難い興奮を顔に浮かべながら、一歩一歩近づいてくる。

 もう一度言おう、怖い。


「ウッヒヒ、止まりませんよ〜。止まったら良い写真が撮れないでしょう? ああ〜、カッコイイ! あんな強力な魔術を行使しておいてまだ戦意が衰えないなんて。その銃も礼装ですか? そうですよねぇ!? 素晴らしいですよ! 凛々しくも可憐な姿でそんなものを破綻なく取り込むなんて、素晴らしいアメイジング!! ハアハア、さあ! 構えて、もっと、もっとです! ウヘヘへ、見せて診せて魅せて! 早くハリー疾くハリー速くハリー!!」


 謙虚という言葉をドブに捨てたかのような言葉と接近。

 もう足の1本撃ってしまっても良いのではないだろうかとすら思ってしまう。それ程の恐怖。

 今時大手の記者だってここまで狂ってはいない……筈だ。

 こんな輩が大勢いると考えるだけで寒気がする。


「スクープが、スクープの女神がここに! 良い、実に良い!」

「それ以上近づけば撃ちます」

「フォォォオオオオォ!!」


 20式5.56mm小銃の銃口を向けると、またしても怪鳥のような奇声を上げるシルバーナ。

 もうなんなんだこいつは……!?

 

「ふつくしい……真っ白な肌と髪を汚しながら戦う戦場の天使……! おお主よ、私に生きる糧スクープを与えてくださりありがとうございます。ここに神がいました」


 天使か神かはっきりしていない。主も神で私も神ならば多神教だろうか。

 祈られた神もさぞ困っていることだろう。

 だが、足が止まったことだけはありがたい。

 これ以上近づかれると指が理性に反して動くところだった。

 カメラをパシャパシャと鳴らしていることから、そこが良い位置だったのだろう。


「いや〜、良い被写体————」

「ッ!!」


 不味い!

 地面を蹴理ながらスポーツバッグを掴み、移動先にいたシルバーナの体を抱えて10メートル程離れる。


「ぐべらッ! 一体何で……す……か……え?」


 危なかった。

 後一瞬遅ければ、シルバーナの頭が吹き飛んでいた。


 ぎょおおおおおぉぉおお!


 大精霊が雄叫びを上げる。

 まだ自分は死んでいないと、今からが蹂躙の始まりだと。

 口以外の無い顔が私を睨んでいた。

 最大の脅威を潰さんと、白い巨体が変形する。

 白腕は肘から裂け2本の前腕に分かれた。これで手の数は46だ。

 ひだは風も無くはためき、その内には夜空が広がり異形の怪物たちが生まれ落ちる。

 その姿は人を殺し神を冒涜する神秘の化け物、もしくは魔物の王。


「流石は悪魔、エテルイミナを本気にさせるなんてね。星の海と接続させるなんて、これじゃあミタルエラも終わりだわ」


 隣にはいつの間にか女性が立っていた。

 先程ぶりだ。

 魔術師を間引きすると言っていながら成功していないのは視えていたが、わざわざ私の前に何の用だろうか。


「アガタレイマさん……ルシル達に邪魔されていた様ですね」

「あら、視ていたの。まあいいわ、エテルイミナが貴方を葬れば、次は魔術師達が死ぬから」

「貴方も戦いますか」

「出来ないの。そういう契約だから。でも、死にかけの悪魔を見るのは気分がいいわ」


 アガタレイマは口元に弧を描きながら、大精霊へと歩を進める。


「せいぜい足掻くといいわ。全力を出せれば、ね」


 アガタレイマが大精霊の内に取り込まれるのを見ながら、私は

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