第58話

 敷かれたビロードのカーペットは床を真紅に飾り、黄金の壁は数々の宝玉と美術品によって輝いている。

 メノウ、オパール、軟玉、硬玉、珊瑚に真珠、それに琥珀。

 彫刻、焼き物、絵画、石膏、装飾品、羊皮紙、金細工に銀細工。

 言い切れないほどの収集品。

 美術品を求める人間は少なくなったが、その価値は上がり続ける現代。複製品の数が多くなった分だけオリジナルの価値が上がっているのだ。

 そして、私の貧弱な審美眼でも、ここに存在するものが相応の価値を誇ることを如実に感じた。

 ここにあるものの6分の1だけで、田舎に8エーカーの土地を買ってなお有り余るだろう。それも、世界基準で高騰の続く日本の地価で。

 それ程の宝物に飾られた部屋……と言うよりは、宝物に埋もれた部屋。

 その中央には大きなミーティングテーブルが存在を主張していた。

 このテーブルにしてもアンティークだ。

 古木特有のどっしりとした印象と鏡のように磨き抜かれた天板、彫られた彫刻も一級の業師によるものだろう。


「ようこそ我が屋敷へ、歓迎しよう。たとえあなた達が光無きものであろうとも、私はこの会遇を嬉しく思う」

「こちらこそ、拝謁はいえつの栄を感謝します」


 だが、そんな美術品達は今、その主張を限りなく押さえつけられていた。

 なぜならば、この場にはがいた。

 白の混ざった黄金の髪にヘーゼルアイズ。肌は私ほどではないが、それでも病的なほどに白い。

 その威光は強烈で、その輝きは宝物をも霞ませ、しかしてその瞳は澄み切っている。

 タムリアとはまた別のベクトルで、彼女は支配者のオーラを漂わせていた。

 タムリアに抱いた太陽の如き印象とは違う。これはもっと人間的なものだ。 

 

「よい、民草は常にかみに立つ者を見上げ、選ばれし者は下々しもじもを従える。だが、あなた達はそれを崩さんとする外法者。畏敬無き礼は忌むべきでは?」


 迂遠にではあるが、お前達に敬われても意味がないから不要、と言われたのだろう。

 言葉通り肩の力を抜けば、彼女は1つ頷いて笑みを見せる。

 作り物のような、完璧なまでに計算された笑み。

 生気の薄い顔に浮かべられたそれは、人形の浮かべたものの様でありながら、人形には無い力強さと儚さに満ちている。

 数々の宝物すら霞ませる強さと、現実感の削り取られた儚さ。

 奇跡的なバランスで保たれた矛盾は、彼女の本質を表すかのようだ。

 ふとパトリアに目を向ければ、彼はテーブルの一点を見つめたまま、彫像にように固まっていた。

 だがそれはテーブルの上の話。

 膝の上では、右手首に爪を立てては仕切りに掻きむしっている。あまり力は入れられていないのか血は出ていないが、赤くなった肌は少しばかり痛々しい。

 まあ、何か事情があるのだろうし気にはしないが。

 セントジョン調査官はポーカーフェイスを貫いている。

 尤も、その鋭い視線は彼女からは逸らされていた。

 まあそうか、私たちが対面しているのはタムリア同様、魔術世界の頂点なのだから。


「それでは、話を聞いていただけますかアラダードさん……いえ——アバルハクラ卿」


 ルピエイト・アバルハクラ・アラダード。

 7大家門が1つ、アバルハクラ現当主にして、貴族派の中核をなす3人の魔術卿の1人。

 治めるアバルハクラの格は7大家門の中でも第5位。貴族派が筆頭ミクシワリに次ぐ階位である。


「許そう。もとより定められた事項なれば。……されど、あなた達は私に何を捧げる? よもや、対価なく玉を得ようとは言うまい」


 鷹揚に頷いたルピエイトは、だがうっすらとした笑みを貼り付けながら、タダでは話せないとヘーゼルアイズを細めた。

 その瞳は周囲の美術品の色を映しては色を変える。照明や周囲の色もあるだろうが、今私にはブルーやアンバーの混ざったゴールドに見える。

 その美しい輝きは、パトリア、セントジョン調査官、そして私を順に映す。

 パトリアは視線を向けられた瞬間に体を震わせ、セントジョン調査官は瞬きを多くする。

 私は……まあ、いつもの顔だ。

 特別感動も無いし畏怖もない。強いていえばその精神性に興味があるが、今はどうでもいいことだ。

 そうは言っても、今ここで矢面に立たされているのは私だ。交渉も尋問も一任されているのだから、口を開くのは私しかいないだろう。


「何がお望みでしょうか」

「ほう、あなたは私の望む物を用意できると?」

「それは聞いてみなければ分かりません。できれば、私たちでも用意できる物ならば良いのですが」


 私の言葉にルピエイトは小さくも華やかに笑う。

 花が綻ぶ様な笑顔……と言うには作り物じみている。

 例えるならば、そう、金と銀の下地に宝石を散りばめたジュエリーフラワー、だろうか。

 この部屋に溢れる宝物に比するどころか、ルピエイトの笑みはそれらを遥かに上回っている。

 これもまた、上に立つ者故の偉力いりょくなのだろう。


「ふ、ふ、私にそのようなことを言ったのはあなたが初めてだ」

「不快にしたならば謝罪しましょう」

「そうだな、確かに不敬だ。……だが、面白い。その酔狂、どこまで貫けるものか。ふ、ふふ、それも、あなたが義母ははから学んだものか?」

「いいえ」


 私が出した即座の否定に、ルピエイトは僅かに表情を変えた。予想とは違うことを不思議がるように。


「そうか……あなたの性格は不思議だ。人間と話している気がしない」

「そうでしょうか」

「ああ、人間ではない」


 断言するほど私は人間味がないだろうか。

 私から見れば、むしろルピエイトの方が特殊だと思うのだが。

 私を見つめる神秘の双眸は何かを見極めるかの様に揺れていたが、すぐに大きく開かれ彼女は1つ頷く。


「木の葉だ。そうだそうだ、間違いない。あなたは木の葉だ。あなたは大樹であり人の結晶。その枝は天へと伸び、根は地を巡る。人の大樹、それがあなただ」

「人の大樹、ですか」


 彼女は小さく肯定を返す。


「人の願いで人への祈り、人が無ければあなたは無く、あなた無くして人は無い。それは星の表に生まれ、星の根源に繋がるもの。あなたは人の大樹であり木の葉だ……ああだからか、あなたは、

「なにを……」


 何を言っている?

 ルピエイトは何を以てその様なことを言うのか。何を見てその様な言葉が生まれたのか。

 その言い方は、確信を持った人間のものだ。

 まさか、私が悪魔だと看破したのか?

 それはあり得ない。あり得てはいけない。

 いくら魔術師でも一目で私の正体を見破ることはできないはずだ。それができるのならば、今頃私は実験動物になっている。

 いや、そのことをチラつかせて対価を要求するのか?

 それならば、わざわざ仄めかす必要はない。目の前の彼女にそんな小賢しいことをする人間には見えない。

 それすらブラフ。これまでの行動はは当てずっぽう。あるいは全て心からの感想に過ぎない。そんな可能性すらある。

 だめだ、冷静じゃない。

 『人の心が解らない』

 この一言で思考が乱れてしまっている。

 これを狙っていたとは思わないが、私に対してその言葉は鬼門だ。


「そう焦らずとも、言葉に深い意味はない。貴族たるもの、口に出すもの全てに重さを乗せるが、今は気分ではない。ふ、ふ、後で怒られてしまうかな?」


 私の乱れた思考を止めるように、ルピエイトはうっすらと笑う。

 ヘーゼルアイズは細められ、ホワイトのブロンドカラーである髪に指を通す様は黄金が流れるようだ。

 おそらく、彼女は一切の偽りを口にしていない。

 ただ思うがままに言葉を発し、当然に支配する。

 それが貴族派の魔術卿ルピエイトの本質なのだろう。

 私の考え過ぎだと思っておこう。そうでも仮定しなければ、私の精神的に彼女と渡り合うことは難しい。


「それで、アバルハクラ卿におかれましては……」

「アラダード、そう呼ぶと良い。あなたは外法者だろう。魔術世界の仕来りはあなたには似合わない。何より、尊き血を代表する立場として許容できない」

「……それでは、アラダードさん。何をお望みでしょか」


 ルピエイトは宝石のようにうっすらとした笑みを浮かべたまま、花弁の様な唇を動かし、求めるものを告げる。


「——契約を求める。ギアスロールを使った解けぬ誓いを」

「それで、宜しいのですか」


 頷くルピエイトに、私は拍子抜けした。

 考えられた可能性ではあったが、それはあまりにも正道過ぎたのだ。

 魔術師らしいといえばらしいが、何の捻りもない要求。貴族派……高位の魔術師が求めるものにしては凡庸だ。

 いや、貴族派のトップだからこそ、だろうか。

 まあ、契約を結ぶのは構わない。問題はその内容だろう。これで無理難題を押し付けられる可能性もあるのだから。

 とはいえ、ギアスロールを使う性質上、そこまで重い契約はない筈だ。

 ギアスロールはその名の通り、魔術を施した獣皮紙を用いた契約のことだ。

 その術式は定められており、それを外れたものの作成は禁止されている。と、私は聞いている。

 これは魔術世界だけでなく、地下教会でも同様らしい。

 そして、ギアスロールを使う儀式にはいくつかの制約がある。

 1つ、魔術が解かれない限り効果は永続する。

 2つ、内容の変更はできない。

 3つ、対象は基本選ばない。

 4つ、術者より存在階位の高い者は対象とならない。

 5つ、一方的な契約破棄を認める。

 6つ、文面の認識はアレトラの意志とその配下によって定められる。

 この他にも細かい制約はある様だが、基本はこの6つだ。

 分かるだろうか、この儀式の不完全性が。

 まず、契約破棄が権利としてある。これは契約を以て縛ることも禁止だ。

 破棄には儀式が必要となるが、それでも可能なことに変わりはない。

 そして6つ目、これによって文面の正確な効果が分からない。相手を篏めようとしても、予想外の効果になることすらあり得る。

 時に文面に書かれていることの外にまで契約が広がる可能性すらあるのだ。

 難解な文面であればある程、その解釈は捻じ曲がっていく。

 高位の魔術師が好んでギアスロールを用いない理由の1つだ。

 さらに厄介なのが、明文化されていない制約の1つ、『等価交換の制約』だ。

 つまり、一方的に搾取することや自己犠牲は認められない。

 アレトラの意志が認めない限り、契約は無効。

 故に、ルピエイトが重い契約を持ちかけるほど、自分の首を絞めてしまう。

 だから、あまりにも道理を外れた契約は不可能なのだ。


「それで、内容はどうなされますか」

「既に決めてある」


 ルピエイトがしなやかな指を振るうと、壁から1つの箱が滑るように飛んで来て、テーブルの真ん中へと降り立った。

 それはその場で口を開き、その中から一枚の獣皮紙が浮かび上がる。

 自然に広がり縦に浮かぶ獣皮紙にはルピエイト・アバルハクラ・アラダードの名と共に、短く英語が書かれていた。


Pray as a hero英雄たれ


 いくら読んでも、その言葉に込められた意味が解らない。

 言葉通りの意味ならば『英雄として祈れ』という意味に取れる。まあ、日本語に直せば意味が分からなくなりそうだが、要は『英雄の如くあれ』と考えれば問題はない。

 だが、ギアスロールまで使ってこの契約をして、ルピエイトに何の利益があるのだろうか。


「求めるのはこれだけ。さあ、受けるか?」


 宝石花のような笑みを浮かべるルピエイトをいくら見ても、真意は見えない。

 だが、これを受けない限りここに来た目的を果たせない。

 

「……受けましょう」

「ふ、そうか」


 嬉しそうに笑みを深めるルピエイト。その表情からは悪意の一片すら読み取れない。

 曖昧な内容ではあるが、特段私の不利になるようなものではない。受けない理由も思いつかなかった。

 獣皮紙は空を滑らかに滑りながら辿り着く——


「それでは、名を記すがいい」

「……は?」


 ——パトリアの目の前へ。


「ま、待て! いや、お待ちください! これはそこの女との契約だろうっ!」


 動揺のあまり語調の安定しないパトリア。

 だが、驚いているのは彼だけではない。私は勿論、セントジョン調査官も目を見開いていた。


「なにか問題があろうか。あなた達の誰に契約を求めようと決めたわけでもあるまいに。アロの子よ、あなたが対象でもおかしくはないだろう?」


 ルピエイトの言葉に、パトリアは首をブンブンと振る。


「いや、いやいや、僕はどこからどう見ても相応しくない。魔術卿との契約なんて恐れ多すぎる!」

「問題はない、と言った。私の決定に誰が異を唱えよう。なにかあるとすれば、他の魔術卿から多少目を付けられる程度だろう」

「それが問題だっ! いや、問題です!」


 パトリアの言葉にルピエイトはうっそり笑みを浮かべるだけ、なんら主張が通る気配はない。

 だが、何かおかしい。

 なぜ彼女は、


「アロの子、私がお前を意味を考えてみるといい」

「何を言って……あっ! まさか!?」


 パトリアはその真意に気が付いたのだろう。


「……なんで……どこか、ら」


 強張った体がその動揺を表していた。

 先ほどの威勢などどこにも無い。ただ顔を青くしてギアスロールに視線を落としている。


「アロさん。アラダードさんは何を言っているのでしょうか」


 私の言葉に彼は視線を起こすと、色をなくし震える唇で言葉少なに告げた。


「……アバルハクラ卿は、魔眼を持っている」


 その言葉に込められた真意は、僅かな時間を置いて私も理解した。

 魔眼。

 それは情報を得る器官である眼球とそれに付随する機構が、本来持ち得ない性質・異能を持つ場合に付けられる名だ。

 《解析》、《透視》、《魅了》と3つの異能を持つ私の眼も、広義では魔眼に分類される。

 尤も、悪魔の性質の欠片が異能に見えているに過ぎない私の眼は、狭義では魔眼とは呼べないのだが。

 魔眼の定義は時代地域によっても変わるが、異能を備えるものは全て、広義では魔眼だ。

そしてそれは魔術師に限って言えば珍しいものではない。なんせ、魔術によって付加された異能すら魔眼の対象となるのだから。加えて、ほんの少し非凡であればそれは魔眼だ。対象が多すぎる。


「それは、正式な魔眼ですか」

「……そうだ」


 だが、正式な魔眼は違う。

 本物を持つのは魔術世界においてすら少ない。

 正式な魔眼の条件は3つ。

 1つ、《未知》と《概念》を結ぶこと。

 2つ、《魂》に付随した能力でないこと。

 3つ、

 

「それは事実でしょうか、アラダードさん」

「いかにも、私は魔眼を持っている。あなたの予想通り、内在型のものではあるため、制御が難しくオンオフはできない」


 内在型、と言うのは魔眼の様式だ。

 独自の法則を秘めたものを『内在型』、外界の法則を利用・変質させるものが『外在型』と言ったように分かれているのだが。内在型は独自の法則を外界に押し付ける性質上制御が難しいが、外在型は干渉という一手間を加えるためにオンオフが容易な傾向にある。

 ここまで言えば分かるだろう。

 パトリアは法則を感知するという、悪魔の能力である純粋な《眼差し》の一端にも等しい異能を持っている。

 つまりは、ルピエイトの魔眼を向ければ、パトリアが感知してしまう。

 それに気を配って魔眼を向けないという事は、パトリアの能力をルピエイトは知っているということだ。


「手札とは思わない。名を記すかは好きに決めればよい。だが……ふ、ふ、その時は協力は断るしかないな」


 これはもはや脅迫に等しい。

 異能が魔術師達に晒されれば、自衛する能力のないパトリアは、すぐさま実験動物に成り果てる。

 更に、契約を断れば話し合いは拒否される。

 彼の性格では断る事は難しいだろう。

 顔の色を無くしたパトリアを威圧するかの様に、テーブルの中央の箱からペンが飛び出し、パトリアの前へを移動した。

 

「——ッ」


 震える手でペンを取ったパトリアに、だが私は何も言わない。

 恐れが、痺れるような恐怖が、パトリアの体を覆っているのを、私は想像の中で視た。

 重く、粘っこく、執拗に、恐怖はパトリアの方にのしかかる。

 それが……その姿が、私にとっては、姿

 だって、それは人だからこその心だ。

 パトリアという人間が自らの内に見出した、誰の物でもない彼だけの抱いた恐怖と緊張。

 魔術卿に差し出されたという無駄な因子ファクターはあるだろうが、それでもそれはパトリアの人間性を示すものだ。

 私とは違う。私が持つのは他人を理解して模倣しただけの贋作の心システムハート。比べることすら無意味。

 自分の名を書いているとは思えないほどの遅速な筆遣い。まるで、一画刻むごとに魂を削っている様にも見える。

 彼が今思っていることは何だろうか。

 魔術卿に反抗できない無力感に屈辱感。

 魔術師としての矜持と自尊心。

 契約が何を齎すのかを想像しての恐怖。

 書かなければならないという強迫観念。

 交渉の席へとルピエイトを着けるという責任感。

 ああ素晴らしい。

 やはりパトリアの感情は、私が見てきた中でも一等人間らしい。

 だからこそ、彼の輝きを見定める必要がある。人の心の可能性を、私が明確に描けるように。


「——っ、はあ……」


 指先が色を無くす程に力を込めた一画が、最後の文字を完成させる。

 緊張の糸の緩んだパトリアが、疲労も露わに背もたれに体重を預けた。

 そんなパトリアに視線を向けないままうっそりとした笑みを浮かべ、ルピエイトはギアスロールを回収する。


「ふ、ふ、そう警戒せずとも、私に悪意など無く、あなたに影響がない……とは言えぬか。だが、それが災いとはならぬと保証しよう」

「……僕が契約をしたことは誰にも言わないでくれ」


 疲れの滲むパトリアの言葉に、ルピエイトは不思議そうに首を傾げた。


「なぜ、知られることを恐れる? 魔術卿との繋がりとなれば、あなたの望む通り名が広まるだろうに」

「僕はっ……! 僕は、僕の神秘を以て名を刻む。その道におま……貴方はいらない」

「そうか、そうかそうか。ふ、ふ」

「あ、いや、別段おとしめる気持ちはありません! 貴方が魔術世界の偉大なる血筋の庇護者だという事は……!」

「よい、不敬は見逃そう。私も良いものが見れた。だがそうか、私は不要か。ふ、ふふ」


 何が気に入ったのか、ルピエイトは小さな笑い声を響かせる。

 ホワイトブロンドの髪をかきあげる仕草は、笑みと人間味の薄い容姿が相まって幻想的ですらある。

 だが、その仕草を向けられている人間は1人、パトリアだ。

 僅かな仕草サインから解る。ルピエイトが最も意識しているのはパトリアで、私など言葉がなければ意識にすら入っていないだろう。

 あまりにも露骨な物腰に、だがパトリアは気が付かないようだ。

 しかしルピエイトは、それすら愉快だと笑みを浮かべている。

 何がそこまで彼女を惹きつけるのかは分からないが、そこに含まれた感情くらいは少し分かる。

 笑みと仕草から導き出されたのは————愛情と希望、の様な何か。

 はっきりとは分からないが、それに近い何かだということは理解できた。


「そう、他人の心を無闇に共感の対象にするのは、極東の島に住むあなたたちの悪い癖だ。……いや、あなたは共感していないか。木の葉は人ではないのだから」


 意識を向ける対象となったという驚きよりも、『木の葉』と呼ばれた不満の方が遥かに強い。

 なんだ彼女は。まさか私に喧嘩を売っているのか?


「……」

「そう睨むな。私はしまうのだ。それよりも、話を聞きたいのだろう? 手早に済ませるといい」


 なぜ、私の無表情が読めるのか興味はあるが、今はいい。

 彼女のいう通り、ここに来たのは話を聞くためだ。


「それでは僭越ながら私が聞かせてもらいます」

「順当ではあるな。さあ、聞くといい。それが闇を見る行為と知りながらも、あなたたちは止まらないだろう?」


 宝石のように輝くルピエイトに、私は言葉を選びながら質問を考える。





 彼女の言う通り、それが闇を覗く行為と知りながら。

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