第56話

 正午を過ぎた白亜の魔術都市ミタルエラの煌々と輝く太陽を見上げると、視界の端に点々と弱光が映った。

 地平線付近で僅かに見えるそれは、視線を向けるとすぐに見えなくなる。

 焦点が合わないので詳しくは分からなかったが、《解析》を使うとノイズの向こうに天秤のようなシルエットが浮かんだ。

 見たものと関係あるものを視る《解析》だが、おおよそ視えるものは無差別に選ばれる。

 いや、選ばれるという言い方は少し違うか。

 順番に視覚情報が流れることもあれば、神経が焼き切れるほど重なって押し寄せることもある。

 まあ、そこをある程度調節できるからこそ、私は《透視》より《解析》を多用しているのだが。

 とはいえ、今はそんな話はどうでもいい。

 重要なのは、その弱光を見て視えたのが、一律に天秤のようなものであったということだ。

 それが意味することは、その弱光が全て同一の起源と関係を持っているという事実。

 自然界ではまずあり得ない。

 人工物でもそうそうない。

 予想出来る可能性としては何があるだろうか。

 幾つもの予想が頭を駆けるが、どれもこれも突拍子のないものばかりだ。


「アロさんは知っていますか」

「はあ?」


 隣にいたパトリアに問うてみるが、何を言っているのか心底分からないという顔を返された。


「そんなもの見えないぞ。また魔術か何か見てるんじゃないだろうな」

「あれは正確には魔術要素を抽出してフィルターを作り、それを重ねて視ることであたかも1つの視界のようにしているだけです。そもそも、魔術的防護がなされているとほとんど何も視えません。この魔術都市には防護がなされていないものも多いですが、普通はそんなことはないでしょう」

「でも視えたんだろ。原理を知らないから何とも言えないが、魔術じゃないなら何なんだよ」

「いえ、おそらくは魔術です」

「魔術なのかよ」


 だったらなんで聞いた、と顔を顰めるパトリアに箱を差し出すと、意外にも上品にカトラリーを使い自分の皿に移す。

 取り出されたのはローストされたやや大ぶりの鳥もも肉。

 あえて『鶏』と言わないのは、それが何の鳥のものかが分からないためだ。筋肉の付き方から少なくとも私の知る鳥ではないことだけは理解できた。

 ここはミタルエラ西部の神秘祭儀局の区画、そこから南に位置する通りを下った先にあるレストランだ。

 コンクリート作りの壁に吹き抜けの室内。比較的小さめの窓には幾何学模様が描かれている。

 明かりは間接照明が用いられ、小物の配置も考えられているのが分かった。

 どこか懐かしさと優しさを感じさせる、見事な近代西洋風の内装。

 私でさえもオシャレとはこういう時に使うものだと判断出来るほどなのだが、現代建築に馴れ切った当世の日本の人間に、そのセンス光る雰囲気を想像できる人間はそうそういないだろう。

 懐古主義の人間ならば、テンションが上がるだろうが。

 そこまでは良い。完璧だ。

 欠点を挙げるとすれば、それは料理……と言うより、メニューにあった。

 メニューは全て肉。何にしても肉。

 豚、牛、鳥、羊は勿論、馬や鹿、珍しいところでは蝙蝠なんて物もあった。聞いたこともない動物までメニューに載っている。

 周りを見てみれば全てのテーブルには肉塊が乗っていた。

 付け合わせは油を吸ったポテトオンリー。

 カロリーは天元突破!

 タンパク質と脂質と糖質は正義!

 痩せたいなんて知ったことか!

 口に広がるは罪の味!

 満足感が罪悪感を上回る!

 そんな言葉たちを具現化したかのような光景が広がっていた。

 見ているだけで胸焼けを起こすような光景だ。

 そんな中、パトリアはカトラリーを器用に使って骨と肉を分けていく。

 正直、手に持った方が早いと思うのだが。事実、鳥肉を頼んだ周りの客は手で掴んで食べている。

まあ、パトリアにも美学があるのだろう。野暮なことは言わないでおこう。


「僕は魔術を視ることなんてできないし、それの説明を求められても何もできないぞ」

「いえ、魔術で作られているのは間違いありませんが、魔術そのものという訳ではありません」

「あくまで形を持った構造物ということか?」

「質量を持っているのかは分かりませんが、普通の可視光を発する、あるいは反射していることは確かです」


 私も真似てカトラリーを使ってみるが、なかなか上手くいかない。

 フォークはずれるしナイフは滑る。下手に力を掛けると動いてしまう。

 肉の弾力が強すぎるのだ。

 そうやってかチャカチャしている私を、意地悪い笑みと共にパトリアが鼻で笑った。

 少しだけイラついたがそこは私、カトラリーを置いて一旦話に集中する。

 こういう時は相手にせず落ち着くのが良手。

 そして後で勝てる分野でぶちのめす。これが由緒正しき礼儀というものだ。古事記にもそう書いてある。そうだった気がする。たぶんそうだろう。いやそうに違いない。


「それで、それの何が気になるんだ。ここは魔術協会の本拠地だぞ。訳の分からない物なんて掃いて捨てるほどある」


 そんな私の考えも知らず、パトリアは話を続ける。……見せつけるような優雅なカトラリー使いは見なかったことにする。


「それは否定しませんが、あれらは焦点を合わせずとも視えるほどの捻れた繋がりの糸の絡んだものです。おそらくはかなり大規模な魔術と繋がっていますよ」

「……それで?」


 やたらゆっくりと味わいながら、パトリアが先を促す。

 私の苛立ちは順調に溜まっている。


「気になりませんか。一体どのような使われ方をしているのか」

「ん……まあ、確かに気になるな」


 鳥肉を嚥下してから、パトリアは同意を返してきた。

 いや、ナプキンで口元を拭うのに意味はあるのか。わざわざ口に入れるには小さ過ぎるサイズに切り分ける訳とは。どうせすぐに次を口に運ぶだろうに。


「それで、何の魔術が使われているんだ?」

「はっきりとは解りませんが、『天秤』に関係するものだと思います」


 パトリアは分けた骨を皿の端に寄せると、一塊のもも肉を一口大に分けていく。

 すこぶる高雅こうがな仕草の1つ1つが、なぜか私への当てつけに思えるのは、私の被害妄想なのだろうか。

 ふとパトリアの手元から視線を上げると、馬鹿にしたように弧を描いた口元が見えた。

 有罪ギルティ。間違いなくパトリアは喧嘩を売っていた。

 いいだろう。そちらがそのつもりなら言い値で買ってやろう。

 後で見ていろ。

 胸に溜まるような苛立ちを一旦押しとどめ、話に集中する。

 パトリアはもも肉を全て一口大に切り分けると、ナイフを皿の右上に添えた。

 そうしてフォークでもも肉を突きながら、余裕の笑みで話を続ける。


「天秤、か。神秘祭儀局の区画付近から見えることを考えれば、『裁き』に関係する術式だとは思うが。そうだとすると何の天秤だ?」


 確かに、そこが考えるべき点か。

 まずは天秤の種類。これは分かっている。

 私の視たシルエットは、吊り下げ天秤のものだ。

 だがだからこそ、何の概念を使っているのかが分かりにくい。

 原始的な天秤ばかりは紀元前5000年前頃のものが発掘されている。現代までアンティークとして飾られていることを考えれば、積み重ねた時間はおよそ7000年。

 人類の発展と進化を見守ってきた天秤は、それ故に多くの意味が付与されてきているのだ。

 

「裁きと天秤に関わるもので最古の概念といえば、エジプトの『死者の書』に描かれた死者の裁判の章でしょうか」


 死者の裁判の章を何となく思い浮かべる。

 確か——……

 真理の女神マアトの羽根と死者の心臓がそれぞれ秤に乗っており、魂が罪で重いと傾くようになっている。

 秤を見つめるのは冥界神アヌビスで、死者が真実を語れば死人はオシリスの治める死後の楽園へ、嘘偽りであれば魂を幻獣に喰われ2度と転生できなくなる、とか何とか。


「ああそうだな。そこから考えられるものは?」


 そこから連想出来ることとなれば、私でも幾つか思いつく。

 例えば、冥界に焦点を当てている可能性もある。

 ミタルエラに入る際に通ったゲートに使われていた《同一概念間境界破却》に類似する魔術。それは本来、北欧の冥界に相当するニヴルヘイムとヘルヘイムの境を無くす概念が用いられている。

 少々こじつけがが過ぎるような気もするが、死後の世界を表す概念をつなげるだけならば可能だろう。

 パトリアの言っていた裁き、これはほぼ確実に組み込まれている筈だ。

 他にも断罪、魂、死の属性、真実、生贄、判別……死者の書の一部だけでもこれだけある。

 

「ふん、それから?」

「裁きに焦点を当てるならばやはりアヌビスの秤、そしてマアトの羽根に注目したい所ですが、どうもしっくりきませんね」

「むぐ、そうか……だったら何が関わっている?」

「ミタルエラの歴史から考えればエジプトが優勢なのですが、可能性としては黄河周辺……中華文明も捨て難いですね」

「ほ、ほう。め、目の付け所が良いな」

「ですが中華文明における天秤は判別と基準確定に重きを置いています。勿論、罪を計るという意味が無いかと言われれば、そうではありませんが。どちらかといえば、文明の発展という事象を象徴している気がします」

「む、むぐ? そ、そうなのか?」

「はい。天秤単体で見れば古代史の範疇でも概念は無数にあります。アロさんの言う通り、神秘祭儀局の周辺でしか視られないことから裁きの概念は当然含まれていますが、方角、形、数、どれを取っても法則が見えてきません。となれば、科学方面の可能性もあります」

「な、なるほどなっ!」

「……」

「な、何だ?」


 私がじとーっと顔を見つめれば、パトリアは冷や汗をかきながらも、引き攣った笑みを顔に貼り付けていた。


「貴方は、どうやら話の半分も聞いてはいなかったようですね」

「そんな訳ないだろうっ!」

「では、先ほど私は何と言いましたか」


 目が泳ぎ顔は赤くなっている。

 どうやら、私が何と言ったか思い出そうとしているようだ。


「あ、あれだろ!? エジプトじゃなくて大陸系体中華の可能性もあるとか……」

「確かに私はそう言っていましたね」

「だろう!」


 安心に表情が緩んでいるパトリアに、しかし、と私は続けた。


「私の言ったあり得ない可能性が否定されていませんね」

「な、何のことだ?」

「私の言葉をよく思い出してください。私は最後にこう言いました。『科学方面の可能性もあります』と」

「あっ!」


 パトリアも気が付いたのだろう、この言葉の意味に。

 魔術とは《未知》にカタチを与える技術だ。

 《未知》とはその星の霊長が知覚していない領域であり、そのはっきりとした性質・存在証明は不可能とされている。

 対して、科学とは『既知』の領域だ。

 極限までシンプルに纏められた数式に、複雑系を限りなく小さなものとする解析。膨大な可能性を検証することを可能とする演算力に加えて、時に生まれる天才とAIによる飛躍とも言える進歩。

 それらは《未知》を『既知』へと引き摺り落とし、知識へと組み込んでいく。

 双方が正反対の方向性を持っているのが良く分かるだろう。

 現代魔術モダンマジックなどという例外こそあれ、基本的に魔術は20世紀から始まる現代文明を用いる事はない。

 ましてや、魔術世界の体現とも言うべき魔術都市に組み込まれているという事は、歴史から考えてほぼあり得ないと言って差し支えない筈だ。

 だからこそ私の発言はあり得ない。


「僕を嵌めたな?」

「まさか。ただ貴方が気付かないか試しただけです」

「それを嵌めたって言うんだよ!」

「考えることもなくただ流されるだけでは、いつか痛い目を見ますよ」

「うぐっ」


 パトリアが苦い顔で肉を咀嚼そしゃくしている。

 その顔を見て、苛立ちは幾らか収まった。

 やはり勝ち逃げは許せない。私は負けることが大っ嫌いなのだ。


「くっ……ふん」


 私の無表情から何を読み取ったのか、パトリアはさらに眉間に皺を寄せる。

 私の心情を読み取ったのだとすれば、パトリアには相当な観察眼があると言えるだろう。


「……お前、その天秤が何の魔術か、本当は解ってるだろ」

「まだ確信はありません。予想はできていますが」


 そう前置きしてから、パトリアへ自分の考えを披露していく。

 まず、地平線付近に見えた弱光は『星』だ。これは時間経過による移動と僅かな瞬きから判断した。

 そして星と裁きに関連する概念で最も広まっているものといえば、ギリシャ神話に名高き星のごとく輝く者アストライアでほぼ確定だ。

 《解析》で視えた天秤もその予想を補強している。

 アストライアで有名な姿といえば、天秤を持つ有翼の姿。あるいは裁判所や法律事務所などの前にある剣と天秤を持つ女神像だろう。

 正確には裁判所などの前にあるのは、同一視されているテミスやローマ神話のユースティティアが習合した姿であるし、性質も裁きを重点に置いたものとなっている。

 とは言え、その辺りはあまり厳然に考える必要はない。

 裁きを概念に組み込む以上、純粋なアストライアの性質だけである事は絶対にないからだ。

 そして星と裁きの権能を司るならば、その術式を成り立たせる概念強度を考えるに、役割はある程度絞られる。

 まず、人工衛星のような大規模観測目的である可能性は否定できるだろう。

 そらからの広域観測はすでに科学の領分に取り込まれた概念であり、魔術に使うハードルはかなりのものだ。

 そもそも、神秘祭儀局の区画付近でしか視えない事を考えるに、術式範囲はそこまで広くはない。観測に使うにはあまりに規模が小さいのだ。

 かと言って、衛星兵器のようなものでは無いだろう。

 魔術都市にそんなものが必要になる事は無い。

 情報伝達の手段とも思えない。

 それもまた科学の分野に寄り過ぎている。

 仮にミタルエラが神代の神秘と法則を維持していて、更には呆れるほど古い時代に術式を確立していようとも、《既知》を《未知》に変えることなど不可能。一度暴かれた神秘は神秘ではないのだから。

 それに、弱光は人工衛星のとは違う性質を示していた。同じ役割を担っているという事は無い筈だ。

 では何の為にあるのか。

 私が考えるに、その答えは為だろうと推測している。

 なぜならば、これらの弱光は通常の星とは違い、それぞれが2つ一対で不規則に動いていたからだ。

 動き幅は大きくはないが、明らかに目的を持っている動き。

 それだけならばまだいい。他の可能性を排除するには至らないだろう。

 だが、一対で、という所が肝心なのだ。

 これらはつまり、《瞳》だ。

 名付けるならば、《星の瞳》といった所か。

 罪人を決して逃さない星の追求。

 天秤に乗せた者の重さを量る重石。

 遥か彼方から齎される軌跡の天命。

 神秘祭儀局付近でしか活性しないようだが、一度認識された人物は、ここに近ずく度に把握されるようだ。

 いや、それだけではない。

 恐らくは、神秘祭儀局の職員がマーキングした者ならば、自動で判別できるのだろう。

 パトリアと私がセントジョン調査官に連れられた時、どのように判別されたのか疑問に思っていた。

 魔術は感知できなかった。かといって魔術都市であることを考えて、恐らく科学技術でもない筈だ。

 であるならば、私が知覚できないほど環境に馴染んだ、あるいは知覚しても違和感がかき消されるほど大規模な魔術である可能性が高い。

 空という広大な環境に馴染み直接的干渉をおこなう訳では無い《星の瞳》ならば、私の眼で捉えることは難しいため、条件には合っている。

 ここまで分かった事を鑑みれば、対象となるのはこの区画に踏み込んだ全ての人間と、管理すべきと定められた者だろう。


「成程な。今まで考えたことも無かったが、それが正しいなら色々と腑に落ちる」

「感知されないという一点においては、これほど完成度の高い魔術もそう無いでしょう」


 今は太陽を避けるように弱々しい弱光も、本来ならば瞬き揺れる宝石ほしの散りばめられた夜空でこそ輝くのであろうが、今は良い魔眼を持つ私だからこそ感知できたのだ。


(いや、まて……)


 そこまで考えて、考慮していなかった可能性が脳裏を過ぎる。


(夜空は星の宝石箱。この概念があるならば効果範囲はもっと広くなるのでは? ……そう、下手すれば魔術師全てを監視することすら……)


 そこまで考えて、頭を軽く振って思考を止める。

 たとえそうであったとしても、私にはそれほど重要なことではない。

 と、そんな私に対し、パトリアが時計を指し示す。

 時計を見れば時刻は3時近く。

 実は、今は昼食を兼ねた休憩であり、セントジョン調査官とは3時半に合流予定なのだ。


「お前、まだ食べ終わらないだろ。民度の程が知れるが歩きながら食べるか、それとも僕は先に行ってるぞ」

「いえ、その必要はありません」


 そう言ってカトラリーを構える私に、パトリアは怪訝な目を向ける。

 明らかに持って食べた方が早いにも拘わらず、なぜカトラリーを持ったのか不可解だったのだろう。

 だが、私は忘れていない。私のカトラリー使いを見てパトリアが見下した表情をしていた事を。

 魔術談義で言い負かしたことで多少は気が晴れたが、これでは痛み分け。本質的に勝利とは言い難い。


「おい、お前の不器用カトラリー使いじゃ時間ばっかりかかるだろうが」


 言ってくれる。

 ならば見るが良い。

 私がパトリアの動きを徹底的に解析・調整・最適化したカトラリー使いを!


「だから時間のむ、だ……なっ!?」


 フォークを使う力点は常に全体の摩擦が最大になり、加えて肉が骨から剥がしやすい適切な位置に移動する。その動きは正確無比な機械の如く。

 ナイフは繊維を最低限の力で裁断し、剥がし、切り分ける。その動きが止まる事はなく水をかき分ける魚を彷彿とさせる。

 重要なのは腕だけではない。

 つま先から頂点までの力みとバランスによって生み出された究極の効率性は、これまでの人類の歴史でも越える者はいないであろう空前のものだ。

 口に入れる際も流れるような効率と優雅さを忘れない。

 首の角度に腕の高さ、関節の力みに筋肉の連動。

 これほどまでの完全無欠の食べ方をする者が、果たして未来にすらいるものだろうか。

 これはもう空前絶後と言っても良いのでは!?

 パトリアもあまりの美しさに言葉を失っている。

 私が最後の一欠片を食べ終わる時には、店にいた人からブラボーの声が上がった。

 

(まあ、私にかかればこの程度容易い)


「3分28秒。いかがでしょうか」

「お前……」


 何故だろうか。

 パトリアの瞳からは尊敬でも驚愕でもなく、呆れに近いものが感じられる。


「そこは驚嘆と嫉妬を浮かべるべきでしょう」

「いや、お前。才能の無駄遣いに何を浮かべるかなんて……そんなもの呆れ以外に何がある」


 大変遺憾だ。

 超然絶後の絶技を前にして、何故心に抱くのが呆れなのか。

 人類史史上最も効率的なカトラリーのテクニックなのだぞ。


「はあ、分かった分かった。お前は凄い。だからさっさと行くぞ」

「…………」


 立ち上がったパトリアはテーブルに代金を置くと、そのまま外に向かってしまった。

 不満を呼吸と共に吐き出してから、私も立ち上がる。

 

「……まあ、私は勝ちました。それで良いでしょう」


 口にしてみるも、何故か胸の中に澱が溜まる。

 不可解だ。不可解な現象なのだが、何処か納得もある。

 このような勝ち方ではいけないのだろう。

 やるならば相手が認めざる負えないほどに圧倒的で絶対的でなければ、このような後味の悪い結果になるのだ。

 次は間違えない。

 この教訓は必ず次に生かす。

 そんな思考を巡らせながら、私はパトリアの後を追った。

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