第53話

「聞きたい事だと。俺の仲間からあれこれ聞いたんじゃなかったのか?」

 

 エルファントが殺される前夜に私とエマを狙った7人。追加で捕まった仲間と思われる魔術師が4人。計11人が光の膜の向こうに身を置いていた。

 人種はややアジア系が多いように見えるが、どうも混血らしき特徴がいくつも見られる。

 そんな彼らは一様に敵意と警戒心を顕にした視線を私に向けていた。

 中には視線を向けずに無関心を装っている者もいるが、それも1人しかいないところを見るに、意思統一は大体完了しているようだ。

 

「なぜ私たちを狙ったのかは聞いたのですが、まともな返答はいただけませんでした」

「なんて答えが聞けた?」

「『死してあるべき過去の骨董品たちは死んだ方が良い』とか何とか」

「くくっ、全くその通りだろ。言ったのはジュエムか? 良く分かってるじゃないか。なあ」


 青年の言葉に、囚人たちが僅かな笑い声と笑みを以て答える。

 肩と頭を小突かれているのがジュエムという人物だろうか。確かに、私の質問に答えた人物に間違いない。


「それで、今更何を聞きたい。どこの魔術師かは拷問されても吐かないし、目的は既に言った通りだ」

「誰を殺すかはどのように決めていたのですか」


 青年の茶化した言葉には構わず、必要な質問を聞く。

 無駄はなるべく排したい。何より時間が限られている。

 そんな私の感情に何を思ったのか青年は唇の端を歪め、芝居がかった仕草を見せる。


「おいおい、何焦ってるんだ? 折角来たんだ。少しぐらい楽しくいこうじゃないか」

「貴方の仲間は後どれほどいますか。追加の殺人が起こっていないということは今捕まっているのが全てなのですか」

「おお怖いな。さすがは化け物だ。人形姫様におかれましてはご機嫌斜めなようですねー。まあ、そこから何ができるのかは分からんがな。ははは」


 青年の周りも少しだけ不快な笑いを見せる。

 成程そうか、私には何もできないとそう思い込んでいるのか。

 そうかそうか。

 ならば見せねばならないだろう。

 ……喧嘩を売る相手を間違えたという事実を。


「アロさん」

「はぁ、やりすぎるなよ。……力天使に火の属性、希釈する水と留まる風の流れ、女性性を強めたシルフィードは内を守る。情報譲渡は……大雑把だがこれでいいか」

「ええ、十分です」


 メガネを外し光の膜を視る。

 視える魔術の色に、パトリアから受け取った情報が重なる。

 知識は間に合っている。魔術的阻害も少ない。


「触媒は水銀ですか。錬金術を用いた物質反発の応用……電磁気力に近いですね」


 数歩を以て部屋を隔てる光の膜に手が届く位置に立つ。

 魔術に限らず物理的な干渉すら跳ね除ける光壁。その科学にも僅かに重ねることで得られた概念強度は、単純な防御性能ではレールガンすら跳ね除けるものだろう。

 当然、私の身体性能では傷つける事すら難しい。

 だが、私にはその当然の結果すら覆す手段があるのだ。

 東京で緩められた教会からかけられていた《枷》はそのままだ。つまり、私は悪魔としての能力の一端を振るうことができる。

 首元に手を這わせる。

 人間にしては低すぎる体温と共に指先に感じたのは、摩擦の強いレザーの感触。《枷》を緩める際に付けられた《首輪》の実体部分だ。

 最近は気にしていなかったので忘れていたが、流石に真性悪魔としての力を行使する際には気になるというものだ。

 いつ反応して命を絶たれるのか分からないのだから当然ではないだろうか。

 まあ、今まで反応していないのだから今回も問題はないだろう。


「危険ですのでお下がりください。万が一触れては……なっ!?」

「な、何をしている!?」


 セントジョン調査官と青年の驚愕の声が聞こえてくる。

 火の属性を色濃く帯びるこの光壁は、水や風の概念が混ぜられていると言えどなお火の性質を現す。推測では一定の分子密度で触れたものを一瞬で高温に熱するなどだろう。

 具体的には、魔術で防護しようとも熱を手に強制的に帯びさせるので、手は即座に焼け爛れるだろう。それどころか蒸発する可能性もある。

 そんな光壁に、私は躊躇いもなく手を押し付ける。

 当然、私の手は綺麗なままだ。

 炭化しない白いままの手は、その場にいた人間が驚くに値する現象なのだ。

 事前にある程度の能力を知らせている筈のパトリアすら僅かな声を上げていた。


「……はっ、それだけか。それがどうした。そんなんで何ができ……何!?」

「馬鹿な! あり得ない!?」


 光壁を引き裂く。

 本来質量を持たない光壁に引き裂くも何もないかもしれない。

 だが、この場この時この状況においては、そんな常識は意味をなさない。

 

 悪魔としての力の一端の、さらにその応用。

 働く法則を理解しなければ使えないという特性上、法則理解と変換後の状態を思い描くことに時間を要する技能ではある。

 法則そのものを《みる》真性悪魔の純粋なる《眼差し》ならば、理解するまでもなく万象を従えることも可能だろうが、少なくとも私1人では不可能だ。そもそも法則が感知できない。

 だが、ここにはパトリアがいる。

 如何なる原理か法則そのものを感知するという、純粋な《眼差し》の一端にも匹敵する異能を持った魔術師が。

 彼の補助を受ければ、単一の魔術如き障害にもならない。


「アハトラナの城で民主派の魔術師と大魔術使いが殺されました。何か知っていることがあれば全て吐いてください」


 無様に穴の空いた光壁跨ぎ、青年たちのいる大部屋へと足を踏み入れる。顔を青くした暗殺者たちは私から遠ざかるように壁に背をつけていた。

 唯一、青年だけだ仲間を庇うように立ち塞がっている。


「……化け物がッ……! ……ああ良いだろう話してやる。だからコイツらには手を出すな」

「それで良いです。では手早く済ませましょう」


 舌打ちをしながら「何を話せば良い」と聞いてくる青年に、アハトラナの城であったことについて知っている事を話すように促す

 冷や汗を拭いながらも目を泳がせる青年は、仲間に目を向けた後に私へと視線を戻す。


「誰が殺された」

「アハトラナに連なるテリム家の『宝石』、エルファント・テリムさんと。大魔術使いのエグリムさんです」

「エルファント……エルファント・アハトラナ・テリムか。民主派の重鎮だが……俺たちは特に狙ってはいない。精霊狂いたちについては知らないが、少なくとも俺たちの殺害リストには入っていない」

「エグリムさんについては」


 青年は苦い顔をしながら、重々しく口を開く。


「……最重要殺害対象だ」

「やっぱりお前らだったのか!」


 パトリアの声に殺気立った視線を向けた青年は、目を逸らした後私に向かって言葉を振り絞る。

 何か訳があるらしいが、それは良い。今から分かるだろう。

 それは兎も角、パトリアの短い悲鳴が聞こえたのだが……まあ今は良いか。


「……殺せなかった」

「なぜ」

「決闘会に出なかったからだ。予定ではアハトラナがエグリムを決闘会に雇うと踏んでいたんだ。たとえ直接でなくとも工作に出てくるとな」


 だが実際はエグリムは城から出ることなくいた。

 そもそも、なぜタムリアがエグリムを呼んだのか分からなかったが、決闘会に備えて雇ったならば一応は納得できる。


「決闘会に大物が出るという情報は掴んでいたから、それに釣られた魔術師で面倒そうな奴ら諸共狩るつもりだった。……実際はアハトラナの領域から出ることはなかったし、代わりにお前という化け物を出すとは予想すらしていなかったが……」


 そうか、私という不確定要素が出てきたが為にエグリムは仕事を失い、彼らは暗殺を諦めざるおえなかった。

 だが、それはおかしい。

 青年はエグリムを『最重要殺害対象』と言った。

 ならばなぜ、殺そういう動きすら見せなかった?

 

「アハトラナの城の防護は完璧だ。どんな手段を用いても破ることはできない。だから諦めた。それに……いやいい。それだけだ」

「何ですか」

「なんでもない」


 何か言いかけたようだが、一体何を言いかけたのか。

 考えろ。ヒントはあるはずだ。

 エグリムを最重要殺害対象とまで言っておきながら、放置するという矛盾。

 刺客はおろか使い魔すら仕向けなかった理由。

 そもそも、なぜそこまでエグリムを警戒したのか。

 ……いや、そうか。そういうことか。

 殺すことは重要ではなかった。つまりは————


「——エグリムさんが自由に動くことが問題だった。違いますか」

「……チッ」


 渋面を作って舌打ちをする青年の行動は、私の推測が正しいことを表していた。

 であれば、他の推察も正しいのか聞いてもらおう。


「貴方たちの恐れたのはエグリムさんの大魔術。大魔術使いハイキャスターたるエグリムさんがどのような大魔術を操るのかは知りませんが、彼は占いを得意とするそうです。そして魔神ジンを操ると私は推測しています。聖者ワリーという称号もイスラームのものと考えれば、私の考えもそう間違ってはいないのではないでしょうか」


 となれば、青年の組織が恐れたものも予想がつく。

 占いによる感知あるいはジンによる妨害、と言ったところか。

 大魔術の形式がわからない以上断言はできないが、そのどちらかである可能性はかなり高い。

 ほぼ確信を持って青年に目を向けるが、青年は難しい顔をして口をつぐむ。

 数秒経って躊躇いがちに言葉を紡いだ青年の顔は、酷く顰められたものだった。


「……知らない」

「知らない、ですか」

「俺たちの仕事は殺しと工作だが、エグリムワリーが何もできなければそれで良かった。俺たちもミタルエラここで何を起こそうとしているのかは聞いていないんだ。そもそも、俺たちは奴らと仲間じゃない。俺らは力を象徴とする」


 青年たちも下っ端ということか。

 だが、言い方がおかしい。

 『仲間じゃない』。ここまではいい。

 雇われたのかもしれないし、ただの命令に従っているだけかもしれない。

 しかし説明ができないのは、最後の『力を象徴とする』とは何を表しているのか、だ。

 それだけが浮いている。


「奴ら、とは」

「忌々しい精霊狂い共のことだ。お前が仲良くやっている金の種とかいう実験体を造ったのもそいつらだと聞いているな。年がら年中空を見上げては自己催眠にふけってる気味の悪い奴らだ」


 エマを造った。

 まさか。いや、ということは。

 可能性は考えていた。証拠となり得るものもすでに確認していた。

 だが、魔術協会に正面切って喧嘩を売るとなど、そんな行動を取ると誰が予想できただろうか。

 それでも、事実ここに証言者がいる。

 つまり青年たちは——……

 

「……貴方たちは『金枝の使者』だったのですか」

「隠していた訳じゃないが……ああそうだ」


 やはりそうだったのか。ルシルが示した可能性通りだったという訳だ。


(そうか、そうなのか。だったら、青年たちを追っていけばまた会えるかもしれない。に。……そうすればあの『えみ』を……)

 

 脳裏に1人の青年が思い浮かぶ。

 腰まで届く黒髪は磨き抜かれた黒檀のようで、灰を閉じ込めたガラスの輝きを秘めた瞳は美しく、線の細い肢体は女性のようでで、だが全体的な造形には確かな男性性を感じさせる。

 常に浮かべられた『えみ』はミステリアスだったが、そのカタチを変えるごとに私の思考を揺さぶった。

 何よりあの『えみ』の先にある『ナニカ』。

 人間性を無理矢理潰すほどの『えみ』の先にある、を極めた極致とすら言えるであろう『ナニカ』。


「マテイエ、という名を知っていますか」


 自分でも気が付かないうちに、私の口はそんな言葉を零していた。


「いや、知らないな。ということはそいつも精霊狂いの仲間なんだろうが。……俺たちとは会派が違う」


 青年は迷いなくマテイエを知らないと言い切った。

 確かに、マテイエは質量を持った精霊を使い『精霊魔術』なる魔術を行使していた。

 同じ金枝の使者に属するとはいえ、青年が『精霊狂い』と呼ぶ集団は、青年が属する集団とは交友が薄いらしい。

 マテイエほどの強大な魔術師すら知られていないとは、金枝の使者とはどのような組織構造をしているのか。

 と、そんな私に向けて、青年はもう1つの名を告げた。


「ミラー」

「……何と言いましたか」


 一瞬だけ反応が遅れた。

 聞き慣れなかったということもあるが、何より記憶に深く刻まれ過ぎていて同じものと認識が追いつかなかった。


「灰埋もれのミラー。知っているだろ? 


 確かに知っている。

 忘れるはずがない。忘れられるはずがない。

 彼の挑戦を見た。

 世界への挑戦を成そうと生まれた極大の魔術。竜を象った《焔と岩の竜王ドラン》という名の神秘を。

 彼の信念を見た。

 世界を創る全能者を前にしようとも屈しなかった、神の天罰の一端にも相当する叛逆の一撃を。

 それは人間が示した、世界へ逆心を込めた希望のへを向かう歩み。



 


 だから私が忘れることはない。彼の名と彼の示した軌跡を。

 


 決して忘れることは

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