第44話

 決闘会。

 それはさまざまな催しの行われるアレトラの祭祀アレトネラにおいて、中規模の集客力を誇る祭りだ。

 魔術協会においてはアレトラの祭祀アレトネラで祀られるアレトラよりも以前にはその存在が確認されている。

 遡れば紀元前までその歴史があると言うのだから驚きだ。

 それ故に、決闘会の存在を知らない魔術師はいないとも言われている。

 だが、そんな歴史と認知度とは裏腹に、実際に決闘会に出向く魔術師はそう多くはない。出場者も観客もだ。

 尤も、見るだけならば多くの魔術師が放送されているものを見ているらしいのだが。

 それは通りにや広場に数多く浮かび上がる映像が証明している。

 ではなぜ実際に足を運ぶ魔術師が少ないのかといえば、魔術師にとって闘いというものが普遍的でないことも挙げられるだろう。

 だがそれ以外に真っ先に挙げられる理由としては、崇高すうこうなる魔術を見せ物にしているというものがある。

 魔術とは魔術師にとって母にして父。半身にして分身とも言えるものだ。

 それを自らのためのならばいざ知らず、娯楽として扱うことに対する敬遠は根強く残っている。

 だから本来は、決闘会に興味を持ちつつも家以外では見ないという者も多いと聞く。

 だが——……


『出ました! アサガミの強化魔術。目で追うことすら出来ません!』


「「「おおお!!」」」


 ……今この場においてはそんな廃れた決闘会は存在しなかった。

 見渡す限り人の波。

 いつもならば決闘会が開かれている時期は半分も埋まらない闘技場が、この時だけは全席満席。どころか通路までもが人で溢れかえっている。

 2030年から若い魔術師によって行われている実況とやらが観客の熱気を高め、参加者たちの魔術がその場の魔術師たちの目を奪う。

 なぜこれほどの人数が集まったのか。それの始まりはたった1つの情報が広まったことだった。

 すなわち、『至高の魔術師トップメイガスの娘が出る』と。ただそれだけの情報だったのだ。

 普通ならば真偽を疑うものも出てきただろう。

 だが、その情報の出所がアハトラナであった事がその疑いを払拭した。

 民主派の筆頭派閥であるアハトラナ。

 それだけでも十分過ぎるほどの説得力はあった。

 しかし、話はそれだけに収まらない。

 その情報を発信したのが他ならぬ魔術卿、タムリア・アハトラナ・アリ・ハナカザからだと知れてからは、その話は『ミタルエラ』だけでなく他の魔術都市、『タグムス』『ハエグラ』『アキネウス』までも広がったのだ。


 トップメイガスがアハトラナに従ったのか?

 魔術卿が派閥の拡大を行ったのか?

 トップメイガスの娘の独断なのか?


 さまざまな憶測、噂が魔術世界を巡っては消えていった。

 決闘会のおこなわれるミタルエラには魔術師が前例のないほどに押し寄せ、参加者は過去最高レベルにまで増えていく。

 その中心にいるのは1人の少女。

 ありえないほどの強化の魔術を用いているであろう圧倒的身体能力に、それを補う緻密な補助術式。

 欠片の魔力すら感じさせない静謐性。

 いくつもの武器を使いこなす純粋な技術。

 おおよそ大多数の魔術師とはかけ離れたスタイルだが、それがむしろ元来探求者たる魔術師の好奇心を刺激する。

 何よりも、エイ・アサガミは強かった。

 大半の魔術師は抵抗すら許されずに神速の早業で倒れていく。

 先に魔術を行使できた場合も、狙いを定めることすらおぼつかない。

 故に、彼女はこれまで一度も傷を負うことはなかった。

 その姿に観客たちは驚嘆し、感心し、誰もが彼女のことを知りたがる。

 使っている魔術系統、それを可能とする修練、定められた概念強度、魔力を悟らせない技能。

 どれもこれもが魔術師には宝の山に映った。


『エヘミットの刺客、エル氏が倒れました。アサガミがまたもや勝利を飾りました!』


「「「おおおお!!」」」


 この熱狂。

 この羨望。

 俺たちにとっては

 だが、これはこれで良い。もう23人の参加者は殺すことが出来た。

 今夜はお前だアサガミ。

 我らを敵に回したことを後悔して逝くがいい。


「そのために狙うべきは……」


 一枚の写真を懐から取り出す。

 そこに写っていたのは栗色の髪に同色の瞳を持ち、あどけない笑みを浮かべた少女。

 それを我らが組織ではこう呼んでいる。

 すなわち、、と。





     †††††





「お姉ちゃん強かった。これで何勝目?」

「丁度18連勝目ですね。まだ大した魔術師と当たっていませんから勝てますが、もう8勝もすれば危うい場面も出てくるでしょう」


 もう暗い空の下にある通りをエマと並んで歩く。

 如何なる魔術を用いてか、通りは地面自体が発光しているのが確認出来た。それどころか小石程度ならば光が透過しているようだ。

 おそらくは通りに魔術陣が設置されるのを防ぐ意味合いもあるのだろう。

 魔術系統にもよるが、魔術とは形に意味が宿る場合が多い。

 つまりは、この地面にインクなどで記号を記そうとも、魔術的に用いることが出来ないようにしているのだ。

 本格的に視なければ分からないが、おそらくはこの光自体に魔術を弾く性質があってもおかしくはない。むしろそれぐらいしなければ魔術師を律することは出来ないだろう。

 まあ、それのおかげで私が闇討ちされるという事件も起こらないのだから、開発者には感謝した方が良いか。

 尤も、それが100年、あるいは1000年単位で昔の魔術師の可能性もあるため、私の感謝など届くはずもないのだが。

 

「ん、これ美味しい」

「エマは甘いものには採点が甘いですね。まあ、私も美味しいと思いますが」


 黄金色に輝く石畳の通り。そんな幻想的な光の道を、私とエマは途中で買ったアメリカンマフィンを頬張りながら進む。

 いやはや、決闘会4日目とはいえここまで遅くなるとは思わなかった。

 なんでも今年は受付直前になって大勢の参加者が集まったために、試合数を増やすしかなかったとか。

 本来ならば制限があったらしいのだが、中には大物も参加を表明したので無下にも出来なかったらしい。

 理由はなんとなく察せる。

 今も私たちを取り囲む使い魔や魔術などの監視の目が何のためかを考えれば、分からない方がおかしいだろう。

 まあ、アハトラナの城の近くまでは来ないのだから、放っておくに越したことはない。

 尤も、城には真っ当な手段で戻る訳ではないのだが。

 いや、魔術師にとってみれば、これこそが真っ当な手段なのだろうか?

 

「次の角を左、道の右に寄ってです。エマ、離れないでくださいね」

「ん、りょーかい」


 効果は単純。

 決まった時間、決まった道のり、決まった動作をすることによってのだ。

 どのような仕組みによってそれがなされているのかは分からない。

 《解析》で魔術を視てみても、ただ計り知れないほど巨大な機構によって成り立っているのが分かるだけだ。

 あまりにも膨大なねじれた繋がりがあるために、私の眼と脳では処理しきれないのだろう。

 その規模はミタルエラの都市1つ……広さに直せば24αことで、こんな馬鹿げた魔術を成立させていることだけは私でも把握出来た。

 大海の如き膨大な魔力、気が狂うほどの緻密な術式、呪物を集めるための無尽蔵の財、そしてそれを創った神域の魔術師。

 どれもが世界を動かすほどのパワーだ。

 それがこの都市に注ぎ込まれているのだから驚嘆に値する。

 そもそも接触次元の変動は大魔術に分類される魔術だ。それを東京都区部よりも広い土地全域でほぼ制限なく扱えるとなれば、それはもう狂気の領域だろう。

 空間の湾曲だけならばそこまで難しいことではないらしいのだが、ここで使われているのは空間の概念が確立されたか怪しい時代のものだ。

 それを考えた時、魔術史に照らせ会わせれば出てくるのは接触次元の変動。

 神から人へ。人から神へ。

 そんな単純な信仰から生まれた魔術。

 まあそれは私には関係のない話か。

 いくら考えた所で、私が全貌を理解するには数百年はかかりそうだ。

 《透視》を使えば話は変わるが、あんなものに頼っていては私の人格が保たないだろう。

 要は、考えるだけ無駄ということだ。


「この先の——……」


 次の道筋を示そうとした所で、に気が付いてしまった。

 ああそうか、いつか来るとは思っていたがここまで早いとは。


「お姉ちゃん。周りにいた音がなくなった」

「監視の目が消えましたね。それで、他には何が聞こえますか」

「んー、紙を破る音が3個以上。それとガラスに写る花の音がする」

「最低でも4人ですか。意外に少ないですね」


 仮にもトップメイガスルシルの娘である私にその程度の人数で勝てるとは普通の魔術師ならば思わないだろう。

 よほど自らの魔術に自信があるのか、それとも相応の仕掛けが施されているのか。

 どちらにせよ、警戒するに越したことはないか。


「エマ、私の後ろに下がってください。ですが30メートル以上離れないように」

「ん、了解」


 エマが建物を背後にして私の5メートルほど後ろに立つのが、エコーロケーションで分かった。

 流石はエマ。事前に伝えておいたマニュアルをしっかりと実行している。

 

「出てきてください。お互い手早く済ませなければ都合が悪いでしょうからね」


 人の近づく音は聞こえなかった。

 だが、。正確にはそれが反射した音から推測しただけなのだが。

 魔術ではない。それならば魔術が視えるはずだからだ。だからこれは純粋な技術によるものなのだろう。

 さて、どこから来るだろうか。

 いや、考えるまでもないか。最初に狙う者は決まっているようなものだ。

 ここ最近の魔術師連続殺人事件。その共通点は決闘会に出ていること。

 ここから犯人は狙う相手を決闘会を通じて調査している可能性が高い。勿論、ターゲットを絞ってからは追加の調査も行っているだろう。

 私の超人的な身体能力を警戒しているのならば、私に安易に近づくことはしないだろう。

 私ならば、いや、私でなくとも……丁度良い人間がいれば人質を取ることを優先する。


「……っ!」


 エマの背後に現れた人影に向けて、時速80キロメートルに迫る速度の打撃を見舞う。

 常人ならば反応できるかさえ怪しい速度の筈なのだが、人影は滑るような独特の動きで当たり前のように離れた。

 私は魔眼殺しのメガネをかけた状態だが、それでも魔術の波が人影を覆っているのを確認出来る。

 おそらくは、身体能力の向上に使っているのだろう。そうでなければ手加減したとはいえ、プロボクサーのストレートを遥かに超えた速度の打撃に反応出来ない筈がない。

 発光する通りに照らされた刺客を観察する。

 黒一色のフード付きローブに白い狐のお面。

 ローブは中東でかつてみられたものに近いようだが、白狐の仮面は明らかに日本文化に属するものに見える。


「……エイ・麻上。……お前を殺す」


 どもったような小さな声だが、刺客の性別が男性だと知れるだけの響きがあった。

 相手に聞こえるように宣言するあたり、この暗殺者は礼儀がなっている。

 まあ、その行動が暗殺者として相応しいかは別の話だろうが。

 それにしても、その不自然な声が情報の撹乱に繋がると本気で思っているのだろうか。語学を齧ったものならばすぐに違和感を抱くと思うのだが。


「無理矢理発音を変えなくとも構いませんよ。『麻上』の発音が綺麗でした。貴方はどうやら日本の文化に縁が深いようですね」

「……やれ」


 私の言葉に反応を返さず。男は周りにいた仲間に命令を下す。

 その迷いのない判断は暗殺者として合格だ。

 本来ならば初撃で仕留めるのが最適解だが、それが出来なければ手の内の探られないうちに仕留める。それだけの判断が出来るだけでも、暗殺ないし戦闘をこなす魔術師としても優秀な部類だろう。

 影と同化するような衣装に身を包んだ刺客たちが私たちを囲む。

 距離を詰めてくるのは4人。距離を離す……いや、魔術を行使する者が3人。

 魔術の詠唱に「三」や「九」といった日本語が聞こえるので、準備しているのは日本に関連のある術式なのだろう。

 全員で7人か。予想よりは多いが想定よりはずっと随分と少ない。

 尤も、その全員がエマを標的にしているのは分かりきっているが。

 直接私と戦うことは徹底的に避ける、それは正しい判断だ。人質を取る、それも正しい選択だ。

 暗殺者としてはどちらも正しい。

 だが、この程度で私を殺すつもりだとはどうやら刺客たちは私を過小評価しているらしい。


「本当は外す必要すらないのですが……まあ、念のためです」


 メガネを外してケースに収める。

 それをエマに投げて預けると、エマはふわりと笑いながら手を振って答えた。


「がんばって、ね?」

「100秒で片付けます」


 刺客に向き直る。

 どうやら今の行動を隙とは思わなかったようだ。近づいて来てくれれば速攻で意識を落としたのだが。


数宿りコール

「「数宿りコール」」


 刺客の詠唱が止む。

 術理定礎一言で締め括られた神秘の音が《魔力》を用いて《未知》と《概念》を繋ぎ、この世に神秘を現界させる。

 それは科学の法則とは別の神秘の法則に従った現象。

 それは確かめるまでもなく、ハルメラの知恵エテネット……魔術と言われるものだった。

 もう既に10メートルと僅かまで近づいてきていた4人の刺客の体に、魔術のベールが色濃く重なるのが視える。


(器用だ。自前の魔術に追加の魔術を使うには、相当緻密な術式と技術が必要だろうに)


 これはどちらかというと事前にいくつかのパターンを決めて、状況に応じて使い分けているのだろう。

 そうであれば難しい理屈などは知らずとも、適性さえあれば組み込める。

 それでも最初に出てきた男はそれらの技能を一通り修めているようだ。詠唱も男が先導していたのが聞き取れた。

 だからこそ、注意すべきはリーダーであろう男の動向だ。

 それが全ての基点となっているのは疑いようのないものだろうからだ。

 そして、それが分かっているのならば次の動きを読むのは容易いであろうし、そもそも最初に狙うべき者は決まっている。

 向こうもエマを狙ったのだ。こちらが同じことをしても文句はないだろう。


「六、九、三。星は三六流れて——……」

「では、貴方から落ちていただきましょう」

「「「!?!?」」」

「がっ!? あぁァァぁあ!! ぐっ!? ……かっ……はっ……」


 亜音速でリーダー格の男にまで移動して、左足を砕く。ついでに首を絞めて意識を落としておいた。

 魔術師相手ならば、これくらいしなければ安全は確保されない。


「残り6人」

「「「!?」」」


 白狐の仮面から見える刺客たちの瞳に恐怖の色がちらついた。

 すぐさま逃げに転じようとした刺客たちを、今度は音速ギリギリの速度を以て足を砕いていく。


「ぐ! がァァ嗚呼ぁあ!! このっ、化け物め!」

「他の何だと思っていたのですか。私は生まれた時から、化け物なのですよ」


 発光する石畳と月に照らされた私は、彼らにとって死神にでも見えたことだろう。

 だがそれで良い。

 エマの教育には悪いだろうからあまり見せたくはないが、これも人のもつ残虐性を学ばせる機会と思えば少しは教訓になる筈だ。恐らく。多分。


「エマ、用事を済ませたらすぐに城に戻りましょう。ですから少しの間後ろを向いて耳を塞いでいてください」

「ん、分かった」


 さて、私は私で出来ることをしよう。……まずは情報を聞き出そうか。

 今だに恐怖の籠った目を向ける彼らに向けて、僅かに熱を持った眼を向ける。

 魔術師相手に《魅了》の効果はあまり期待できないが、それでも試すぐらいならば無駄ではないだろう。


「あまり時間をかけさせないでくださいね。貴方たちの退けた使い魔が戻る前に済ませましょう」


 もう夜も深い。

 


 無機質なまでの均一な光が、この状況を見守っていた。

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