第37話

 黒い刃が空気を裂きながら雨の如く飛び交い、コンクリートや大理石を削る。

 神殿の柱にはいくつもの黒刃が突き立ち、中には完全に切断されているものさえ見て取れる。

 大理石のモース硬度は3〜4ほど。

 つまり、この地下空間に飛び交う黒刃たちはそれよりも硬く、さらには大理石に突き刺さるほどの力でも折れないだけの靭性を持ち、さらにはそれを実現するだけの運動エネルギーを秘めているということだ。

 マテイエの生み出した黒刃は、ただ1つの敵を殺すためだけに、この部屋にいるマテイエ以外の者たちを殺し尽くせるほどの破壊を実現していた。

 ミラーの《焔と岩の竜王ドラン》に比べれば破壊力には劣るが、殺傷力でいうならば、熱をもって敵を焼き尽くす《焔と岩の竜王ドラン》にも劣らないだろう。

 少なくとも、並の魔術師では実現できないであろう現象であることは確かだ。

 それが1分以上続いているのだから、凄まじいの一言に尽きる。

 だが、それはおかしい。

 マテイエの敵はただ1人だ。

 ではなぜ、地下空間にいる万物を切り裂くほどの黒刃の雨が止まらないのか。

 

「法則に干渉されるのならば干渉されないほどの数を用意すればいい。確かに有効な手段ですが……超常のものあくまを前に正道を選んでいては程度が知れますよ」

「あははー、そうだねー。俺もこれで勝てるとは思っていないかな」


 答えは簡単。私が死なないからだ。

 黒刃が物を切り裂く轟音の中でも聞こえるように大きめな声で、私たちは『えみ』を浮かべながら言葉を交わす。

 2人の距離は5メートルほど。

 私が近づこうと思えば1秒もかからずたどり着く距離で。マテイエからすれば魔術の制御を誤れば自らを傷つけかねない危険な距離。

 こう聞けば私が圧倒的に有利なように聞こえるが、私たちの取り決めやマテイエの黒刃の密度を考えれば、総合的に天秤はどちらにも傾いていない。


「まだ貴方の時間ですか?」

「言ったじゃん。俺が譲るまで俺の時間。どんな手を使っても。それが俺が生き残る唯一の方法だったよねー」

「そろそろ飽きてきたのですが。ただ代わり映えしない炭素の塊が飛び交っているのを眺めているのも苦痛なのです」

「もうちょっとだから。そうすれば君をあっと驚かしてあげよう」


 マテイエは両手を広げて「ほら!」とアピールする。

 まあ、そう言うのならば今しばらく我慢しよう。ただし、くだらないことだったら即座に殺すが。

 折角が私に主導権を譲ったのだ。

 少々遊んだところで、最後にマテイエを殺せば問題なはい。


(そうだ殺す。どのような奇跡でを傷つけようとも、契約に従いこいつは殺す)


 口角が歪む。

 永が体に残していた残滓も消えかけている。

 だから笑える。マテイエにも劣らぬ『えみ』を顔に出すこともできる。

 魔術的解釈によると、命あるものは《肉体》、《精神》、《魂》より成り立つらしい。

 。つまりは、本当ならば永という人格は存在し得ないということだ。

 だが、永という者は事実存在する。

 神秘法則に従えば永という人格は存在し得ない。ならば簡単だ。この世界以外の異世界の法則を用いれば良い。

 まあ、永の正体はどうでもいいとして、ならば余はなんだ?

 普段は表に出ることはなく。が認めたとき意外は意思を示すこともない。せいぜいがの思考に影響を与える程度だ。

 そんな余はなんだ。


「マテイエさん。私は悪魔です。では肉体を持つ悪魔とは何を示していると思いますか」

「さあねー。俺はそこらへん門外漢もんがいかんだからね。……でもそうだなー。教会でいう悪魔は肉体を持たないんだっけ」

「そうですね。基本的に悪魔も天使も肉体を持ちません。それは純粋な《力》が剥き出しな印……即ち魂そのものの存在と言って良いでしょう」

「でも君は肉体を持っている。純然たる《力》の塊ではなく、あくまで超人の領域に収まっている訳だ。興味深いねー」

「……考える素振りもありませんね。興味深いと口では言いながらもカケラも気にならないようで」

「そりゃあ考えても無駄だからねー。世界の法則、形、在り方、それらを自由に作り出す全能者なんてなんでもありじゃん。それが制限されていようがなんだろうが、結局この世界を超越していることに違いはない。そもそも、全能者でなくとも俺には理解なんて出来ないよ」


 知っても面白くないからね、とマテイエは締めくくる。

 なるほど、マテイエにとって活用すら出来ず、そもそも在り方の確定していない知識など、知ったことではないらしい。

 ははは、全く同感だ。

 余を楽しませない知恵知識など何の価値があろうか。そんなものは最果ての大海オケアノスにでも捨ててやれば良い。ギリシャの知恵者が勝手に解釈してくれるだろう。

 いや、今の時代はギリシャやローマに限らず、知識は世界で流通しているものに過ぎないのだったか。

 余には肉体に電極を埋め込んでまで求める意味は分からないが、矮小なる愚者いまびとならばそういう進化もあるか。

 実際それで繁栄を極めさらなる未来にライトを当てているのだから、その進化も正しいものではあるのだろう。

 まあ、それも全能者からすれば吹けば飛ぶようなものでしかないのだが。


「答える気すらないのならばこの話題は終わりましょう……さて、そろそろ3分経ちますが。もうそろそろ諦めたらどうですか」


 黒刃が余の体に突き立とうとして————寸前で霧のように霧散する。

 余の前には如何なる攻撃も無意味。

 余がに収める限り、万物万象の法則は余に従う。

 物理法則も神秘法則も余の眼に写れば全てが等しい。


「私も飽きてきました。、ね」

「悪魔のくせによくここまで我慢したねー。まあいいや。……見せようではないか。我々が辿り着きし答えが全能者を殺すこくを……!」


 マテイエの顔から、これまで消えることのなかった『えみ』が抜け落ちる。

 そこにあったのは強い意志を秘めた賢者の顔。

 人の手の届かぬ全能者そらに向かって弓を引くが如き、不遜なる者のにしか許されない叛逆の表情きざし

 黒刃の雨が止む————それは諦めではない。

 右手を掲げる————それは挑戦への希望。

 言葉を紡ぐ————それは偉業への階段。


(……不愉快)


 ああ僅かだが、その姿に忌まわしさを感じる。

 認めてしまった。

 重ねてしまった。

 見えてしまった。

 かつてありし勇者たちの姿が脳裏にチラつく。

 お前もそうか……。真性悪魔絶対悪を前にして、なお立ち向かおうとするのか。

 それも神代かみよの英雄ならざる身でありながら、神秘の守り薄き者の身でありながら、悪魔の前に立ち塞がろうと言うのか……!


「『我が謳う、天蓋を満たせし虚構の流れ、うたに例える万象のきょい、神を殺すガイサルイカ、資格を与えし時のなき者、グラディウスは熱を帯びよ!』」


 マテイエの詠唱と共に地下空間そのものが熱を帯びだす。

 その発生源は炭素。

 神殿以外の壁に使われていた複合素材に含まれ、黒刃の雨を作り出すほどに莫大な量が存在していた炭素が、神秘の法則によって一斉に白熱する。

 ただの人間ならば焼け付くほどの熱。しかしこの場にいる者にとっては小指の爪よりも頼りなき現象だ。

 方や、無知無能の存在ながら全能者の資格を持つ真性悪魔。

 方や、金枝の使者が誇る超一流の現代魔術の達人モダンマジックキャスター

 決して平等ではない。

 これは『世界を生み出す者』に『世界に生きる者』が挑む下剋上。

 疑いなく隔たった力の差がありながら、それでも届くと信じながら放たれる渾身こんしんの一撃。

 成し得ようと思い立った時点でその者は既に勇者。

 それから先、意志を達成するためのは英雄の資格が必要だ。


「私に対し一酸化炭素中毒は効きません」

「『古き神を殺し新たなる神をもたらさん』……」


 マテイエが引き締めた表情を崩すことはなく、また余の言葉に返答することもない。不遜な。

 周囲の炭素で構成されたものはすべからく白く白熱している。だが、それが焼失することはない。形を保ったまま熱を発し続ける。

 それが如何なる法則によるものかは余には《みえて》いるが、それがどのような現象を起こすのかまでは分からない。

 まあ良い。最後にこの不遜にして不愉快なる今人を殺せるのであれば、何が起きようと些事さじに等しい。

 今から考えるだけでも口角が釣り上がる。

 この今人は何と言って楽しませてくれるのだろうか。

 その命乞いは如何なる言葉で紡ぎ出されるのだろうか。

 愚者の絶望はどれほど心を満たしてくれるのだろうか。

 まあその前に、矮小今人の最後の足掻きを見せてもらうとしよう。

 さあ、何を《みせて》くれる? せいぜい余を興じさせてみせよ!


「……『星を旅する者の願いよレーテン』」


 最後に優美な唇から零れたのは『術理定礎二言じゅつりていそにごん』。現代の魔術師における実質的詠唱の限界を示した神秘の音だ。

 《焔と岩の竜王ドラン》の術師であるミラーすら使っていたのは術理定礎一言コールまで。

 それすら超えてマテイエは術理定礎二言レーテンまで手を伸ばした。

 魔術世界であっても、術理定礎二言を使えるのは一握り。

 使えればかつてのありし英雄にも匹敵するといわれる、神秘を《未知》と《概念》から引き摺り出す音。

 余でありながら僅かに興味が引かれた。

 神秘薄き21世紀の世界いまにここまで極めた今人が存在し、それが余の前に立ち塞がっている。

 何という偶然か。

 ……いや、これは必然か?

 何にせよ。余は今楽しみだ。

 今人に身でありながら術理定礎二言レーテンを使ったのだ。どのような神秘が現界するのか、僅かだが興味がある。

 さあ! 余に《みせて》————……


「——は?」


 胸の中央と口元に違和感を覚えた。

 無論、今の余に痛覚といったものはない。

 そのため余がそれに気付いたのは、余の体が置かれている法則に歪みを《みた》からだ。

 振動という法則はみえなかった。

 空間という法則はみえなかった。

 粒子という法則はみえなかった。

 一切の法則はそれが起こるまで変動を示していなかった。それだけは確実だ。

 だが、それは確かに起こっていた。余の体に軌跡を刻みつけていた。

 法則から察するに

 そこまで思い至って、心にドス黒い感情が湧き出てきた。


「貴ッ様ァァッ!!」

「はは……心臓ぶち抜いたのに死なないんだ。精霊を最大限使ってもこれか。やっぱ悪魔とはいえ全能者なんだねー」


 れ者が何か言っているが、そんなものはどうでもいい!

 何をしたのかは解らないが、余はこの愚者に身体からだを傷つけられたのだ。それだけは確か。

 ならば殺す!

 だから殺す!

 この痴れ者には自らが生きていたことを後悔させるまでもない。即座に消してやるのが慈悲というものだ。

 

「殺す! 遺言を聞くまでもない。肉一片すら残さず世界から消失させてやろう! 余にくだらん抵抗をしたことが如何なることかを世界に刻んでやる!」

「それが本性か。全く、


 世界法則から眼の焦点をずらし、余が今使っている体の機能で混沌とした世界いまに焦点を合わせる。

 声の法則と波が見えるのではなく、確かに聴覚を通して

 胸に空いた風穴からは痛みが伝わり、味覚からは血液の味を感じる。

 鼻にツンッと鉄臭さが届く。

 眼を使わなくなったことで、体の機能が正常に戻ったのだ。

 真性悪魔全能者の視点ではなく、人の視点でこの痴れ者を殺してやる。

 全能者の力など必要ない。羽虫程度、この人の体があれば十分だ。


「そこを動くな痴れ者がッ! 余がこの手で心の臓を抉り出してやろう!」

「ははは、動かないよ。全能者から逃げる意味はないからねー。……でも俺は成し遂げたぞ。人の叡智を以て全能者に一矢報いた。これを偉業と言わずして何と言う!」


 怒りに視界が歪む。

 憎悪に体が震える。

 屈辱に支配される。

 殺す! 殺す! 殺す!

 手の届く距離までマテイエに近づき、その胸部に手を伸ばし——……


「お姉ちゃん!」


 ——身体からだの動きが止められる。

 余がいくら力を込めようとしても、筋肉が従わない。

 余がいくら支配しようとしても、思考が従わない。

 なんだ? 何が起こっている!?


「金の種? なぜここへ」

「私が連れてきました。私が真性悪魔としての力を使う場合、悪魔を抑えられなくなる可能性が高かったので」


(なぜだ!? 余はまだ契約を果たしてはいない。にも関わらずなぜ貴様に主導権が移る!?)

悪魔。貴方は確かに私の願いを叶えようとした。しかし、私の願ったのは『マテイエに勝つこと』です。勝負は既に叶っているのですよ)


 扉のあった場所に視線を向ける。そこにはが姿を見せていた。

 その手前にいたのはエマ。

 いつもニコニコとしている顔は、今は心配そうに眉を寄せている。

 ああもう、そんな顔をしないでほしい。

 エマのおかげで私は戻ってこられた。だから笑って欲しい。


「君戻ったんだ。良かったー。もう少し遅かったら殺されてたね。……でもどうやって戻ったの? 君は完全に制御を失ってなかったかな?」

「やはり見えませんか。私にははっきりと視えるのですが。……まあ、ルシルのように愛し子ならざる身で精霊を知覚できる方が例外でしょう」

「で? 何をしたのかなー」


 マテイエという青年は、どうやら答えが貰えないと延々とゴネるタイプらしい。

 まあ、私も体を動かすのにもう少し時間が欲しかったところだ。その程度ならば答えることもやぶさかではない。


「悪魔が世界法則から焦点をずらした瞬間、エマの精霊で


 精霊とは何か。

 その答えを魔術世界では『大地から分たれた《概念》を象徴する完成された概念生命体』と定義している。

 そして、この《概念》の中には法則が内包されているのだ。

 つまり、精霊はその神秘の中に

 悪魔とは法則を創るか、それとも最初から内包しているかの違いさえあれ、最終的に自らの法則を世界に押し付ける所は同じだ。

 マテイエが述べたように、法則とは絶対性を持つ。

 であるならば、絶大な強制力を持つ真性悪魔の法則であっても、数千もの膨大な数の法則をぶつけられれば跳ね除けられるというものだ。


「貴方はエマを知っているのでしょう。下位の精霊とはいえ膨大な概念が束ねられれば、たとえ相手が全能者であっても対抗できるというものです」

「確かにねー。俺らが求めた可能性の一端が見えるってものだよ」


 尤も、今精霊たちを動かしたのはエマではなく、言葉を解する赤い精霊のようだが。

 

(くっ……痴れ者……がッ! 次に余を世界に出した時、それが終末の始まりと知れッ!)

悪魔。貴方は優しい人だ。いつか貴方に全てを捧げましょう)

(余を『人』と呼ぶかッ! この世界にありえざる者である貴様が、この世界に根を下ろした気か! いつか後悔するぞ……余に全てをゆだねなかったことを憎悪するぞッ!)

(やはり貴方は優しい。優し過ぎる。今は眠ってください。……いつか……いつか貴方を必要とする者が現れるまで)

(……ふん、今は従おう。忘れるなよ余の契約者。いずれ貴様は世界の害となろう。……それまで……それまでだ。貴様が未完の若木ひとを求めるのもな)


 そうだろう。悪魔が言うのならば間違いないのだろう。

 私はいずれ絶望し、そして憎悪するのかも知れない。

 人を呪い、神を憎悪し、惑星ほしを蝕むのかも知れない。

 ああ、それは悲しいことだ。

 だが———……


「お姉ちゃん。大丈夫?」

「ええ、心配ありません。ただ肺と心臓を欠損しただけです」

「それ、普通死んでるよ? そもそも、どうやって喋ってるの?」

「私にとってはかすり傷です。それに、声帯を傷つけなければ後は空気を通すだけですから」

「……それ、あり得ない」


 ———今はエマがいる。

 いや、エマだけではない。

 ルシルも京介も美緒も、今は離れているが妹だっている。

 愛しい人がいるのだ。

 『楽しい』と『幸せ』は今だ分からない。

 面白おかしく生きるなど、いつになれば達成できるのか想像も出来ない。

 それでも……そうであっても、大切な者がいることだけは分かる。

 それが如何なる感情を伴うことか、私にはまだはっきりと感じ取ることは出来ていない。

 だが、そんなものは後で分かるだろう。

 今は、これで良い。


(……ふん)


 悪魔が引き下がっていくのを感じる。

 これで私の意思に関係なく殺戮が行われることもないだろう。


「さて、マテイエさん。大人しく着いて来てもらえますか」

「断る……とは言えそうもないね。ははは、全能者と金の種が相手じゃあ消耗した俺じゃあ厳しいなー」

「それは———」

「でもねー……後ろ。気にした方が良いよ」


 マテイエが『えみ』を浮かべながら私たちの背後に視線を向ける。

 私とエマが視線を追うと……そこに、男が立っていた。

 灰色のロングコートを身に纏い、鷲のように鋭い目つきをした老人だ。


「マテイエ。精霊を出しながら無様を晒したか」


 しゃがれた声だった。

 だが、不思議とその声は耳に心地良い。


「そう言わないでよマルセロス。真性悪魔が相手だったんだから。……その顔は信じてないのかなー? ほんとだよ。そのちっこいのは悪魔なんだよ」

「たとえ悪魔が相手でも精霊に曇りなくば膝をつく事なし。……だが、金の種が相手では分が悪い。ここは引くぞ」


 その言葉と共に、マルセロスと呼ばれた老人は

 これは……同一次元空間転移か。

 息をするように大魔術を扱うのはやめて欲しいのだが。これもマテイエが示してみせた魔力に囚われない魔術がゆえか。


「金の種。そして名も知れぬ少女よ。今は引かせてもらうぞ」


 確かに私の眼にも映らない魔術を使われては、逃してしまうことも当然だ。

 いかに真性悪魔の私や膨大な精霊を秘めるエマがいても、空間の座標を自由に移動する魔術師が相手では捉えることすらできないだろう。


「……そこに立っても気付かないのですね」

「何のことだ」

「扉を壊したのは私でもエマでもありません。白い炎など私たちでは扱えませんからね」


 正確には私ならば悪魔の権能をもって創り出すことは出来るだろうが、音もなく焼失させるとなると常時法則に干渉しなければならないため、悪魔が権能を使うか、もしくは《レルム》を使わなくてはいけないだろう。


「他にも仲間がいたか。だがわしは空間座標を自在に移動する。いくら仲間がいようが無駄だ」

「確かに普通の魔術師ならばそうでしょう。では最高位の魔術師ならばどうでしょうか」

大魔術使いハイキャスターでも居たのか? だが無意味だ。儂らはそれらを超越しているのだ」

「ええそうでしょう。マテイエと戦った私だから断言できます。貴方の言葉は正しい。……ですが、神話の英雄ならばどうでしょうか?」

「現代の魔術師の限界。術理定礎二言を修めし者か」


 私の否定に、マルセロスは鷲のように鋭い目をさらに細める。


「その先にある者。魔術世界の到達者」

「まさか、魔術卿か?」

「それも違いますよ。答えはすぐに分かります。ですよね、!」


 私の言葉を待っていたかのように、もうすっかり焼失した扉の向こうから人影がゆっくりと歩みを進めて来た。


「精霊。それも惑星ほしの法則に縛られない精霊か。……興味深いな」

「ルシルだと? まさか……神代返りのルシルか!?」


 ルシルは面倒そうに歩んでいるだけ。それにも関わらずこの場にいた者の全てが圧倒されていた。

 動けないという感覚ではない。

 動くことが許されていない感覚だ。

 この空間にいたルシル以外のものが、ルシルを飾るために存在しているような感覚さえ湧いてくる。

 

「さて、どいつからやれば良いんだ?」


 その者は神代ならざる時代の英雄。

 生まれながらに魔術を極めし到達者。

 神さえも平伏させる神域の魔術師。

 神の炎さえ従えし世界をも焼く者。


 その者はルシル・ホワイト。

 それが現代最高の魔術師が持つ名だ。

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