第11話

 迷路のように入り組んだコンテナの隙間を、ミラーの使い魔に捕捉されないように走る。

 使い魔は体が私よりも大きいため細い隙間に入ってくることができないようだが、それが役に立つ訳ではないらしい。


「ゴアアァァ!!」


 獣の咆哮と共に空のコンテナが吹き飛ばされる。

 コンテナの山の上に陣取っている獣は、こちらの位置を探りながら確実に近づいてきている。

 それだけではない。

 広い通路にいる獣の方も、コンテナの山を崩しながら私を探しているのか、先ほどから金属の引き裂かれる音が倉庫内に響いている。


「どうした! 逃げてばかりでは私を捕らえることなどできんぞ!」


 ミラーの言葉に分かっていると心の中で毒ずく。

 私もタダで逃げ回っている訳ではない。


「ふッ……!」


 通路から半身を出し、破壊されバラバラになったコンテナの破片を拾い、後ろを向いていた獣に投げる。

 破片はさっくりと刺さったが、獣がこちらに気付き、反撃にとコンテナを投げつけてくる。

 デタラメだ。ネコ科の動物は物を持つのは苦手なはずだろう。

 更にいうのならば質量的にも不可能なはずなのだが。

 音から判断するにあの獣たちの重量は相当軽いはずだ。正確にいうならば30〜40キログラムといったところだろうか。

 それが空だとはいえ2,5トンはあるコンテナを振り回すのだ。

 物理法則に喧嘩を売っているとしか思えない。

 まあ、魔術師の使い魔に常識を求めても無駄だろうが。

 こと魔術師においては有り得ないということが

 《未知》に《概念》を与えることで神秘の技を現世に降ろす魔術師にとって、かせとなるのは《未知》と《概念》を繋ぐ《魔力》の量と、魔術基盤である概念の概念強度のみなのだから。


「そら、見つけたぞ」

「くっ……!」


 隠れていたコンテナが獣によって弾き飛ばされる。

 新しい通路に走り込もうとして————足を止める。

 私の周りを5匹の獣が囲み、破壊されたコンテナの残骸が通路への侵入を妨げていた。


「まさか本当に魔術師ではなかったとはな…………」


 どうやら私は逃げようとして、ここに誘き寄せられていたらしい。

 なるほど、最初から私の位置は割れていて、それでもなお私は遊ばれていたようだ。

 

「……どうやらここまでのようですね」

「ああそのようだ。大人しく諦めてくれたようで何より————」

「違います」


 ミラーが話すのを遮る。


「何?」


 私の言葉にミラーが意図が読めないといった風に首を傾げる。

 確かに、ミラーから見れば私は袋の鼠だろう。

 獣たちに抵抗する手段もなく、ここから逃げる手段もない。

 私に残された選択肢は自決か投降しかない………………と、のだろうが。

 私がこれだけしか出来ないのならば、正々堂々真正面からミラーを捕まえようとはしていない。


「ここまでで貴方の魔術の性質は把握しました」


 いかに魔術師とはいえ、その力は万能では無い。

 むしろ決まった概念を扱うために、その能力は尖った性質になることが多い。

 そのため、魔術師との戦闘で最も気を付けるべきことは、相手がどのような手段を持っているか、慎重に見極めることだ。

 

「貴方の魔術は類感魔術」


 魔術の性質が分かれば対策をすることもできるし、魔術基盤が分かればそれを逆手に取って利用することも出来る。

 魔術師同士の戦いは、情報戦が半分だといっても過言ではない。


「灰を肉体、熱を生命力に見立てさまざまな生物を象った使い魔を製作する。それが貴方の魔術ですね」

「…………そうだ。…………だがそれを確認してどうする。まさか今更魔術を使うなどとは言うまいな」

「ええ、違います」


 だが、私は魔術師では無いため、いくら相手の魔術を解き明かそうとも意味がない。

 私が魔術師に対峙する時、相手の手段を確かめるのは、単に


「しかし貴方の魔術が物理的影響に大きいもので良かった。でなければ私が貴方の魔術に敵う事もありませんでした」

「…………何を言っている?」


 ミラーは困惑を滲ませながらこちらに問いかける。


「お前からは魔力を感じない。魔術を使える筈がない。多少良い動きをするがそれだけだ。お前が私に敵うことはない…………お前に何が出来る?」


 その様子に少しだけ気分が良くなる。

 ミラーから見れば私は、追い詰められているのに自信満々に自分を捕まえると言っている、訳の分からない人間に見えているだろう。

 それとも、自分の状況を理解できていない狂人だろうか。


「今から見せますよ……私がどうやって貴方を捕まえるのかを、ね」


 メガネを外してケースへ仕舞う。

 目の前の獣を《視て》みれば、その中にあるエネルギーの動きと構造が手に取るように理解できる。

 そして本物の虎であれば心臓がある場所が、全ての熱エネルギーの通り道が集中しているのが視える。


(やっぱり心臓が核か)


 まあ妥当だろう。

 生物の臓器の中で最も重要とされるのは、古今東西心臓だと相場が決まっているものだ。

 概念強度が魔術の力を支えるのだから、人々の抱く印象に魔術が左右されるのも、ある意味当然のことと言える。


(さて、やりますか)


 息を大きく吸って、吐き出す。

 体を引き絞る。

 足を踏みしめ手を地面につける。

 全身の力を抜き、いつでも筋肉に力を入れられるように準備する。

 普段からしている手加減も今は必要ない。

 必要なのは全力での加速だけだ。


「何をしてっ…………!」


 一閃。体を解き放つ。

 それの初速は亜音速にも迫った。

 本来ならば人体の構造では絶対にたどり着くことの出来ない高高速の速度域に、私の体は容易く踏み入れる。

 それと同時に、電気的に定められた反応の速度を遥かに上回る神経伝達が脳の中を駆け巡り、私に遅くなった世界を見せてくれる。

 灰色に染まった相対的低速の世界の中、目指すのは目の前にいた獣の心臓部。

 眼に視える熱エネルギーの交差点。

 獣の形を支えているであろう使い魔の核。

 そこへ向かって駆ける。

 人間の限界を易々と超えた加速をもって獣へと飛躍する————!

 

「……馬鹿な……一体何をしたっ……!」


 ミラーの焦った声が聞こえてくる。その声に少しだけ気分を良くする。

 分からないだろう。一体何が起こったのか。

 何故、私が目の前から消えたのか。

 何故、使のか。


「何をしたのかと言われましても……ただ真っ直ぐに近づいて心臓を貫いただけですが」


 ただし、普通の人間では絶対に出来ない速度で行っただけだ。

 

「言ったでしょう? 私は貴方と同じなのです」

「っ! なるほどな。人かと思えば化け物のたぐいだったか……!」


 化け物とは酷い言い草だ。

 まあ、あながち間違いでもないのだが。

 確かに私ははたから見れば、化け物といっても差し支えないだろう。


 千里眼クレアボイアンスを使える。

 人体に許された限界を超えられる。

 《魅了》により人を思い通りにできる。


 なるほど、一つ一つが化け物といわれるに相応しい力だ。

 だが、それがなんだというのだろうか。

 私にとっては自分がなんであろうとどうでもいいことだ


「化け物であろうとなんであろうと、貴方を捕まえる障害にはなりませんよ」

「ちっ……! 『答えよコール』」

 

 ミラーが一言詠唱する。

 概念の強化を目的とした詠唱は、すぐに使い魔たちに影響を及ぼしていく。

 体は大きく膨れ上がり、さらに熱を帯びた灰は周囲の空気を揺らす。

 灰色だった体色は赤く輝く熱脈に彩られ、神話の怪物の如き威容を晒している。

 

「なるほど、これでは触れられませんね」


 具体的な温度は分からないが、500度は軽くありそうだ。

 いくら亜音速で動けるとは言っても、これだけの高温ともなれば、触るだけで手が焼けてしまうだろう。

 だが、私にも手が無いわけではない。

 幸いにも攻撃手段となりうる道具ならば、そこら中に散乱しているのだから。


「よっと」


 足元に落ちていたコンテナの残骸を拾い軽く振り回してみる。

 長さ1,3メートル程に折られた鉄の棒。振り回すには丁度良い長さだ。

 鉄の棒を右手に下げながら、ミラーに体を向ける。

 ミラーの周りには夥しい量の熱を帯びた灰が舞い上がり、それに準じて獣たちも手の指では数えられない程に増えている。

 赤い熱脈を体に走らせた巨獣たちを従えているミラーは、さながら幻想種を従える奇術師と言ったところか。


「よもやここで化け物狩りをする事になるとはな……」


 いや、どこからどう見てもそのセリフはこちらのものだろう、と思うが口には出さない。言ったところでこの状況がどうにかなる訳では無いだろうし、そもそも反論する意義が見出せない。

 そんな事より今はミラーを捕まえる事に集中したい。

 右手に持った鉄棒の重さを感じながら、体勢を整える。

 重心を前に移し姿勢を低く保つ。いつでも最速で体を打ち出せる格好だ。

 私たちの間に出来た沈黙は、四呼吸の間続いた。

 四回目の呼吸が終わると同時に、私たちは行動を起こす。


「喰らえ! 焼ける獣ダガーよ!」

「フッ!」

 

 ダガーと呼ばれた巨獣たちが私目掛けて飛び出してくるのが、相対的低速である灰色な世界の中で見える。

 驚くべきことに巨獣たちは、亜音速で移動する私のことを認識しているようだ。

 術者であるミラー自身が認識できない私を使い魔が認識しているということは、ミラーは使い魔たちにそれなりの判断力を与えているということである。

 生体外の人工意識であるAIが発展したこの時代に、魔術を持って意識を作り出す技術は驚嘆すべきものだ。

 本来、《未知》を外れた概念は魔術に用いるには適さないはずだ。にも関わらず、ミラーはそれを息をするが如く扱っている。

 魔術を齧った人間がいれば羨望の眼差しを向けるであろう技術。

 やはりミラーは優れた魔術師だ。

 ここに来るまでに相手をした魔術師とはレベルが違う。

 対応の速さも魔術の強大さも数段上の次元だ。


(だからって負けないよ…………!)


 飛びかかってくる巨獣をかわし、鉄棒で前足を

 巨獣たちの硬さは分かっている。

 構成物質が灰だからだろうか、巨獣たちの強度はそこまで高くはない。ただの鉄でできた棒だろうが思いっきり振り回せばその体躯を破壊することは容易い。

 ましてや、

 だからと言って油断はできない。すぐに熱を帯びた灰が巨獣の前足に集まり、切り捨てた部位の修復を始める。

 とはいえ、亜音速で動ける私にとっては大した速度ではない。

 修復される前に体勢が崩れ腹を見せていた巨獣の心臓部を貫く。


「まずは1匹」


 コンテナの山の登って、そこにいた巨獣の頭を蹴り飛ばす。

 靴が少し焼け焦げたが、移動に支障が出るほどのものではないため問題はない。

 飛び散った頭が再生しない内に、首から直接鉄棒を差し込み核を破壊する。


「次……!」


 巨獣は亜音速で移動する私に反応こそするが、スピードそのものは私より遥かに遅い。

 一撃で体勢を崩し、二撃目でトドメを刺す。このパターンで大体の巨獣たちは葬れている。

 スピードでは私が優っている。この調子で巨獣の数を減らしていけば、ミラーの下まで簡単に近づけるようになる。そうなればこちらのものだ。

 巨獣が投げてきたコンテナを避けて、拾った破片を投げつける。

 円盤の如く回転しながら音速に近い速度で飛んでいった破片は、巨獣の顔の半分を切り崩す。

 それと同時に近づき、死角となった脇腹に向けて突きを放つ。

 これで5匹目。残りは7匹だ。

 ここまで減らせば、ミラーに近づくことも簡単にできるだろう。

 巨獣の攻撃を避けながら、ミラーの下まで駆ける。


(いける……!)


 最後の巨獣を避けてミラーに届こうとして——————


「!?」


 ————突如巨獣が霧散して高熱の灰を撒き散らす。

 あまりの熱さに下がるが、高熱を帯びた灰はそこらじゅうに蔓延していて、30メートルほど離れてやっとマシな温度になるといった有り様だ。

 周りを見れば、周囲にいた巨獣たちも形を崩し、灰に返っている。

 急いで灰を吸い込まないように口を覆う。

 これだけ高温な灰を吸い込んでしまえば、すぐさま肺をやられてしまうだろう。

 

「…………見事だ」


 そんな中、高熱の灰の中心にいるにも関わらず、熱そうな素振りひとつ見せないミラーが言葉を紡ぐ。


「見事な戦いだった。よもやここまで追い詰められるとは…………素晴らしい力だ」


 ミラーが杖を打ち付ける。

 それに応じるように高温の灰がミラーを中心にして渦を巻く。

 それは徐々にスピードを速めていき、最後には大きな黒竜巻となって、広大な倉庫内を揺らす。


「だからこそ私の最高の魔術を持ってお前を葬ってやろう!」


 黒竜巻はさらに速度を上げ、そのあまりの温度に出てきた炎すら飲み込みながら、周囲のものを溶かし、飲み込み、さらに規模を拡大させていく。


「『今こそ答えよコール』!!」


 溶鉱炉のような熱を発していた黒竜巻が弾ける。

 肌を焼く熱風が倉庫中に吹き荒れていく。

 黒竜巻の弾けた後には赤々と焼け爛れた地面と、ドロドロに溶解したコンテナの残骸。

 熱により蹂躙された倉庫内は廃墟も同然となっている。

 だが、そんなものより黒竜巻が渦巻いていた中心に現れたものが、意識の全てを奪っていく。


「グルルルルル……!」


 それは神話の怪物だった。

 先ほどまでいた巨獣とは比べ物にならない。比べることが烏滸がましく感じるほどの存在感。

 剣が如き牙はいかなる堅固な鎧でも貫くだろう。

 槍が如き爪はどれほど強固な盾も引き裂くだろう。

 焔の吐息は全てを燃やし尽くし。

 岩のような鱗はいかなる兵器をも弾き返さんばかりだ。

 それは古くより伝承に語られる、幻想のなかに生きる生物。

 かつてより人々の信仰の中に息づく力の象徴。

 人はそれを畏怖を込めてこう呼ぶ。すなわち—————


「これは…………」


 ——————ドラゴン、と。

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