第10話

 ジャックの試練を超えて情報を受け取ってから12日間が過ぎた。

 その間私が何をしていたのかというと、最近多発している事件の現場を見て回ったり、事件が起きそうな場所に張り込んだりしていた。

 それというのも、ジャックの情報から判断したところ、ミラーにつながる情報を得るためにはこの方法が一番確実だと確認したからだ。

  そしてジャックの情報を元に事件を探っていった結果、2ミラーがいると思わしき場所を知り得たのだ。

 もちろん、2人の心良い協力者は、丁重に記憶を改竄して警察署まで送っておいた。


「さてと……乗り込みますか」


 そう言って暗闇の中に浮かび上がる建物を見上げる。

 わざわざ深夜に出向いたこともあって、周りに人影は見当たらない。

 というか、そもそもこの辺りに人が来ることはそうそう無い。

 来るとすれば整理用のロボットか配達用の無人トラックやドローンくらいのものだろうか。もし人が来るとしてもこんな深夜には来ることは無いだろう。

 

「しかしこんな所に潜んでいるなんて…………やはり魔術師は人気のない場所に住居を構える習性があるようですね」


 今私がいるのは沿岸部に建設された大型倉庫のそばだ。

 その中でもミラーが潜んでいるであろう倉庫はすぐに見つかった。

 簡単なことだ。監視カメラが極端に少ない倉庫を探せばいい。

 ミラーは自分を極力カメラに写さないように行動するだろうが、このご時世に監視カメラの無い倉庫など怪しんでくださいと言っているようなものだ。

 それでもいくつかの倉庫があったが、幸いにも私には特殊な《眼》がある。

 私の千里眼クレアボイアンスで極端に《視える》ものが少ないということは、すなわち魔術的妨害が施されているということだ。

 そこにミラーがいるのは間違いがない。


「…………」


 裏口から入るとあくまで目立たないためだろう。この倉庫も他の倉庫と同様に照明だけは付けられていた。

 だが、他の倉庫のようにロボットが動く機械音は聞こえないし、そもそもここにあるのは空のコンテナばかりのようだ。エコーロケーションで分かる。

 巨大な倉庫の中は迷路のように入り組んでおり、ミラーがどこにいるのかも分からない。

 静かな空間は物音一つでも立てればそれだけで静寂が破られてしまいそうだ。

 これでは時間をかけなければミラーを探せ出せそうにない。

 だが時間をかければかけるほど、私がここに侵入したことがバレる可能性が高くなる。

 いくら今の時間が深夜だといえ、私には時間がないのだ。


(仕方がないか…………手っ取り早く《観》よう)


 は使いたくなかったが、この際仕方ない。

 使わせた代償はミラーにしっかりと払ってもらおうと心に誓う。

 魔眼殺しのメガネを外し眼に力を込める。

 直後に見えたのは膨大な視覚情報。幾重にも重なった光の洪水が脳に直接注ぎ込まれるようだ。

 知覚が無理矢理広げられる感覚が痛みにも近い情報となって脳を駆け巡り、箱に入れられ思いっきり振り回されたかのように平衡感覚が狂っていく。

 痛くて、辛くて、気持ち悪い。

 目を閉じても無理矢理詰め込まれる際限の無い情報の波が、私の知覚を飲み込んでいく。

 だが、それらの不快さに耐えながら無理矢理広げられた知覚の中で目的の人間を探す。

 大丈夫だ。徐々に限界を超えて広がった知覚の方も制御できるようになってきている。


(どこにいる…………)


 私の魔眼にはいくつかの能力がある。

 一つは《見た》ものを《視る》能力。私はこれを《解析》と呼んでいる。

 視界に映した対象に関係するものを視ることの出来る能力だ。

 もう一つは今使っている自分を中心に周囲を俯瞰的に《観る》能力、つまりは《透視》だ。

 こちらの能力は知覚の限界を超えて視覚情報が脳に流れ込んでくるため、私にかかる負担があまりにも大きい。そのため普段は魔眼殺しのメガネをかけて制限しているのだ。

 私が魔眼殺しを使っている理由の半分はこの能力のためだ。

 これらの他にもう一つ、《魅了》という能力があるのだが…………そちらに関することは今は関係ない。


(っ……見つけた。間違いないミラーだ)


 膨大な視覚情報の中で、私からみて東に100メートルほど離れた所にお目当ての人影を見つける。

 メガネをかけ直し一息つく。

 先ほどまで限界を超えて広げられていた知覚が元の状態に戻る。

 少し乗り物酔いに近い感覚が残っているが、問題はないだろう。

 久しぶりに透視を使ったがやはり負担が凄まじい。

 体には何の問題もないが、精神的にすこぶる疲れた。自分の知覚が限界を超える感覚はいくら試しても慣れる気がしない。

 それは兎も角、今はミラーについてだ。

 ミラーはまるで誰かを待っているようで、通路の真ん中で堂々と立っていた。

 音を立てないように慎重に移動しながら考える。


(一体誰を待っているのだろうか)


 単純に考えれば同じ組織の人間だろう。

 だが透視を使った限りではミラー以外の人間は私しかいなかった。

 

(まさか……私?)


 そう考えれば説明がつく。

 私はここまで2人の魔術師を無力化した上、ミラーについての情報を吐かせている。たとえミラーについての情報を集めていることはわからなくとも、次は自分が狙われるかもしれないと考えてもおかしくはない。

 だとするならば、ここに入った時点で私がきたことは感知している可能性が高い。カメラには映らないようにしたが、魔術師ならばその程度のことを成すのは容易いだろう。

 だが、私を待っているという確証もない。

 もしかすると、本当に他の人間を待っている可能性もある。

 そんなことを考えているうちに、ミラーの背後にあるコンテナのかげにたどり着く。

 ミラーは相変わらず通路の真ん中で立っていた。その様子は明らかに誰かを待っている。時計をしきりに見ているのがその証拠だ。


(……確かめてみようか)


 靴の踵を鳴らしてみる。

 静寂を保っていた空間にコツーンという音が反響していく。

 ミラーが動きを止め、こちらのいるコンテナに視線を向ける。


「……招かれざる客。遅かったではないか」


 招かれざる客、ね。その言い草ではやはり私を待っていたらしい。

 となれば出ていくのが礼儀というものだろう。

 まあ、犯罪者の前に出るのに礼儀も何もないとは思うが。

 コンテナのかげから出てミラーの前に姿を現す。

 

「夜分に失礼しますミラーさん。貴方に会うために大分苦労しましたよ」


 仮面の下から驚いた雰囲気を感じる。

 そうだろう。たかだかバスジャック事件で会っただけの人間が、わざわざ自分を尋ねてきたら驚くだろう。


「私を覚えていますか?」

「……ああ覚えているぞ白髪の少女よ。機会があればまた会おうとは言ったが、まさか本当に私の下に来るとはな」

「迷惑でしたかね。まあ、だからと言って貴方を逃すことはありませんが。バスでは短い時間しか話せませんでしたが、ここでなら話の続きができますよね」

「なぜ私を探した? あそこがお前の縄張りだったからか?」

「違います。決まっているでしょう? 貴方を警察に突き出すためですよ」

「愚かな。私をちんけな檻で閉じ込めておけるとでも思っているのか」


 確かにその通りだ。

 魔術的防護の施されていない鉄の檻など、魔術師に対しては何の効果もないだろう。

 だがミラーは重要なことを忘れているようだ。


「それで、そのちんけな檻に囚われた貴方のお仲間は帰ってきましたか?」

「…………」


 そう、私が警察署の前に置いてきた2人も魔術師だ。

 その2人が帰ってきていない時点で、私、あるいは警察には魔術師を捕まえておくことのできる準備があるということの証明になっている。

 ミラーの方もそのことには疑念を抱いていたのだろう。簡単に黙ってしまった。


「……我らが同士を捕らえていたのはお前だったか」

「ええ、その通りです」

「お前は一体どこの組織から来た者だ」

「別にどこからでもありませんよ」


 ミラーが疑わしげに感じているのが伝わってくる。

 それもそうか。ただ単に1日を潰されたからという理由だけで、苦労までして犯人を捕まえにくる人間がいるとは、ミラーも想像がつかないだろう。


「貴方を捕まえる。それが目的だと先ほども言ったでしょう? 私はただ貴方に売られた喧嘩を買いに来ただけです」

「喧嘩を売った覚えはないのだがな」

「貴方になくとも私にはあるのです」

「理不尽だな」

「理不尽ですが何か」

 

 強気に言い返せば、ミラーは話が通じないのが分かったのか、肩をすくめて呆れた様子だ。

 私が頑固者だという事は自分で分かっている。

 昔から他人との勝負で負けるのだけは我慢ができなかった。

 私が努力する唯一の理由は、相手が誰であっても負けるという事が許せないからだ。


「話にならんな」

「そうですか? 私はもっとお話ししたいのですがね。……例えば貴方の所属する組織について、とか」

「……敵対するお仲間魔術師には話せんさ」


 私は魔術師ではないのだがそれをミラーに言ったところで無駄か。

 ミラーの中で私は完全に魔術師と定義されているのだろう。


「そうですか、残念です。では手っ取り早く捕まえるしかありませんね」

「くはっ……やってみろ」


 ミラーは杖を構え、私もいつでも動けるように体勢を整える。

 ここからは会話はいらない。

 必要なのはお互いが持つ『力』だけだ。

 

「野蛮な小娘を躾けるとしようか」


 そう言ってミラーが杖を床に打ち付けると、どこからともなく熱を帯びた灰が舞い上がり、いくつかの形を象っていく。

 現れたのはそれぞれ3メートルほどの大きさを持つ虎のような生物。

 いや、魔術で作られているのだから生物ではないか。

 その虎のような何かはミラーの前で指示を待つようにこちらを威嚇している。

 なるほど、あれがミラーの魔術か。便利そうな魔術だ。


「残念ながら……私は小娘なんて歳ではありませんよ」


 さて、ここからが勝負だ。

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