第4話

「情報屋ですか」

「ああそうだ」


 成る程、ジャックが私にとって有益というのはこういうことだったか。それならそうと、ルシルも言ってくれれば良いものを。

 それにしても情報屋なんて職業が本当にあるとは…………世界は本当に広い。

 てっきりフィクションの中だけのものだと思っていた。

 まあ、魔術師なんていう者が存在しているのだから、情報屋がいてもおかしくはないのだが。


「それで、貴方はミラーについて何を知っているのですか?」

「まあ待て、俺はあくまで商売でやっているんだ。簡単に教えるわけにはいかないな」

「……どうすれば教えてもらえるのですか」

「ははは、もちろん………………金だ!」


 魔術師の癖に何俗世に染まっているんだ。

 それにしてもこの男、部屋に似合にあわず何かと俗物的だ。

 本当にジャックがこの部屋を整えたのだろうか。

 何というか。モデルルームのような完成された部屋の雰囲気と、どこか粗野な雰囲気のあるジャックとでは、マッチングが悪いのだ。


「待て、そう胡乱うろんげな顔をするな。何も金だけで商売するわけじゃない」

「では、どうすれば情報を売ってくれるのですか?」


 そう言うとジャックは真剣な顔をしてこちらに向き直る。

 そこに先ほどまでの何処か緩い雰囲気はない。


「……信用だ」

「成る程…………」


 信用。

 確かに商売をする上では大切なことだ。

 まして情報などという不確かなもので取引をするのならば、取り扱いに慎重になるのもわかる。


「俺は信用できない奴相手に情報を売る気はない。それが例えルシルから紹介された奴でもだ」


 ジャックは腕を組みサングラスの向こうからこちらを鋭く見定める。

 その言葉に一切の偽りはないと感じさせるほどに、その言葉には力がこもっていた。


「では、どうすれば貴方から信用を得られるのですか」


 それが一番の問題だ。

 信用を得ると言っても、どのようにするのかが分からなければ、どうすることもできない。


「何、簡単な試練だ。今から俺がお前に一つ夢を見せる。その感想を答えるだけでいい」

「夢、ですか」

「そうだ、簡単なことだろう」


 夢が試練とは…………魔術師らしい奇抜きばつな試練だ。

 それにしても夢とは中々興味がある。 

 私は起きると夢を忘れてしまう体質なので、昔から他人から夢の話を聞く毎に、夢を覚えているとはどのような感覚なのか知りたいと思っていたのだ。

 どのような夢かは分からないが、せっかく見るなら楽しくて幸せな夢を見せて欲しいのだが。


「わかりました。早速夢を見せてください」

「……良いだろう」


 ソファに仰向けになるよう促されたので、その通りに従う。

 と、テーブルを挟んだ反対のソファにジャックが寝転んでいるのを発見する。


「もしかして貴方も夢に来るのですか?」

「当然だ、この部屋にいる人間を夢を見せる対象にして術式を組んであるからな。それとも俺と一緒は嫌か」

「いえ、構いませんよ」


 ジャックはそのまま右手を掲げると、空中に何やら模様を描き始めた。


「…………それにはどんな意味があるのですか?」

「これは対象を決めるための補助術式だ。大方の演算はこの部屋自体が賄ってくれているから、そこまで厳密に組む必要もないがな」

「そんなものが必要なのですね」

「当たり前だ。何の準備もなく魔術を使えると思ったか」

「ルシルは使ってますけど」

「…………あいつは化け物だ」


 酷い評価だが、魔術師目線からだと中々的を得ている。

 なんせ私と一緒に住んでいるルシルは、普段から息をするように魔術を行使するのだ。

 タバコに火を付けたり水を出したり物を浮かせたり、簡単な事ばかりだがその実、これらのことは等価交換をむねとする魔術の中では異端なことだ。

 本来、魔術を扱うにはそれなりの準備と環境を整えなければ、どんなにささやかな現象すら起こすことはできないからだ。


「それじゃあ行くぞ」


 そうしている間にも夢に向かう準備ができたようだ。


「はい」


 ジャックが空中で指を回す。

 ぐるぐるぐるぐると渦を描くように執拗に。

 それを見ているとだんだん体がふわふわしてきた。意識が落ちようとしているのだろう。


「次会うのは夢の中だ。気を付けろよ、この夢はそう甘い物ではないからな」


 視界が黒に染まっていく。

 手足の感覚が薄くなっていく。

 瞼が重くて仕方がない。


(もう……眠くて……限界…………)


 それを最後に、私の意識は途切れた。

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