第3話
東京都から出てしばらく、横浜の神奈川区に私の姿はあった。
ルシルに渡された住所に赴いているのだが、この辺りは初めて来たので最初は迷っていた。端末を使って住所への道のりを調べることを思いつかなければ、いまだ私は迷っていたかもしれない。
あくまで横浜に来る機会がなかったので土地勘が働かなかっただけで、決して私が方向音痴というわけではない。
ないったらないのだ。
それともう一つ問題だったのが、その住所が非常に見つけにくい立地をしていたことだ。
「と、ここですか」
大通りから外れた脇道に件の魔術師が住む建物はあった。
周りには背の高い建物が背を向けて立っているせいで、昼の陽気さえ入ってこない。
何というか………………魔術師には人気のない通りに住居を構える習性でもあるのだろうか。
秘密主義であることは知っていたが、こんな所に住居を構えていては、逆に怪しさが増している気がするのだが。
それは兎も角、インターホンで住居に住んでいる魔術師を呼ぶ。
『…………誰だ』
「麻上永と申します。ルシルから紹介されて来ました」
『……待ってろ』
インターホンが切れて、10秒ほど待っているとドアが内側に開いた。
「お前がルシルの言っていた女か。まあ上がってくれ」
顔を出したと思ったら、それだけ言ってまた中に戻ってしまった。
鍵が空いていることを考えれば、言葉に従って扉を潜るのが正解なのだろう。
「失礼します」
中に入ると、そこは白木を基調とした洒落た玄関だった。
靴は綺麗に並べられ、棚の上には花瓶さえ飾られている。
「おお……」
普段整理整頓が壊滅的なルシルと暮らしているだけに、魔術師がこのような気遣いを心得ていることを意外に感じる。
いや別に、魔術師の全員がルシルのようだと思っていたわけではないのだが。
同じ魔術師でここまで違いがあると、何と言うか、違和感があるのだ。
ウチのぐうたら魔術師にも是非見習ってもらいたいところだ。
毎回毎回片付けや掃除をさせられる身としては切実な思いである。
「こっちだ。早く来い」
「はい、すいません」
そんなことをしみじみと考えていると、奥の方から催促の声が飛んできた。どうやら少々物思いに耽り過ぎたらしい。
それにしても本当に綺麗な家だ。チリ一つ落ちていない。
清掃が行き届き過ぎていて、逆に生活感が薄いくらいだ。
靴を脱ぎ、これまたお洒落なスリッパを履き、奥に姿を消した魔術師を追う。
廊下にまで高そうな絵画がかけられている。
絵画の価値がわからない私でも、ここに掛けられている絵画に触れるのを躊躇うほどだ。
しかも、置く位置にさえ細心の注意が払われている事がわかる。
「お邪魔します。……おお」
魔術師が待っていた部屋に入り、また感嘆の声が漏れる。
いやこれは凄い。まるでモデルルームのような一室だ。
置かれているのは低めのリビングテーブルとソファ、それと棚に小物が置かれてるくらいのものだが、全体的に白木の使われている内装は、まるで一つの完成された芸術品のようだ。
「座ってくれ。飲み物はコーヒーでいいか?」
「はい。……綺麗なご自宅ですね」
「まあな、ここまでするのは骨が折れた。学ぶのも実行するのもな」
そう言って笑う魔術師の姿を見る。
まず目に付くのは金色の髪色と、枯れ木のように細い体躯だ。目の色はサングラスで見えないが、おそらくは碧眼だろう。明らかに日本人ではなく、コーカソイドの特徴を色濃く受けている。
それと、バスジャックで会った魔術師より確実に身長が低い。あの魔術師は黒髪でもあったので、この魔術師とは特徴が異なっている。
まあその程度なら、魔術を用いればいくらでも誤魔化すことができるが。
使い魔を使っていたならばなおさらのことだ。
「それで、今日はどうしてここに来た?」
「ルシルから聞いていないのですか?」
「あいつからは、女が来るからもてなしてくれ、としか言われてないな」
お互い顔を見合わせ、同じタイミングでため息を吐く。
どうやらルシルは、いつものいい加減さを発揮して、適当な事を抜かしていたらしい。
全く、ルシルには帰ってからじっくり文句を言ってやろう。
それは後で良いとして、まずは自己紹介からだろう。
「改めまして。私は麻上永と言います」
「ああ、俺はジャックだ」
よろしく、と握手を求めて来たので、右手を出して答える。中々気さくな男だ。
「今日は貴方に聞きたいことがあって来ました」
「そういうことか…………」
何やらがっかりしたような雰囲気を出しているが、一体どうしたのだろうか。
それは兎も角、バスジャックについて詳細まで話していく。
特に魔術師については細部まで漏らしのないように話す。
最後まで話し終わった頃にはジャックの顔も真剣なものに変わっていた。
「————というわけなんですが。…………単刀直入に言います。貴方はバスジャック犯ですか?」
「違うな」
即答だった。
そうだろうとは思っていたが、ここまできっぱりと言われるとは………。
だとするならば、もう聞くべき事もない。
早々に帰って新しい情報を集めなければいけないだろう。
「そうですよね。わざわざお邪魔してすいません。では私はこれで————」
「まあ待て。確かに俺は違うが…………心当たりがないでもない」
「……本当ですか」
「ああ、もちろんだ」
そう言ってジャックは口角を上げる。
まるでここからが本番だとでも言いたげに。
「ルシルから聞いていないんだったな。俺は魔術師だが一つ副業をしていてな」
「何でしょう」
「女、これだ」
そう言ってジャックは胸ポケットから一枚の名刺をとり出し、こちらに寄越してきた。
そこには『ジャスパー・ニュートン・ダニエル』の名と共に、一つの役職が刻まれていた。
すなわち——————
「『情報屋』それが俺のもう一つの顔だ。報酬さえ払ってくれるのなら、どんな情報だろうと売ってやろう」
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