第36話 ショーケース

 購入したフィギュアをベッドのヘッドボードに設置し、ベッドの脇で腕を組んでジッと眺める。

 それだけで何故か楽しかった。

 楽しくて気分が高揚する。

 玩具を集める人はこういう気持ちだったんだな。

 なんてこの歳になって初めてコレクターの気持ちが少しだけ理解する。


「俺もよく見てたぜ、それ」

「樹……面白かったよな」

「ああ」


 樹が部屋に入って来て、ヒーローのフィギュアを見て微笑む。


「いやー、しかし凛と一緒に映画見たかったな」

「ああ。じゃあ次見る時は樹も誘うよ。行くことになったらな」

「それはありがたいぜ。次の休みにでも映画に誘え」


 俺は苦笑いする。


「ははは、俺からは誘いにくいよ。だって全部凛の奢りだし」

「いいや。俺が全部奢ってやる。だから今日凛と約束しろ。な? な?」


 こいつは凛のことになると必死だな。

 妹と映画見て楽しいのかよ。

 とも思うが、誰と見ても面白い映画は面白いか。


「それよりさ、ヒーローものの作品を見たいって思ってるんだよ」

「おお、いいじゃん。今日にでも早速見るか?」

「そうだな……」


 時刻は夕方。

 もう外に出かけるような予定も無いし、そんな時間の使い方も悪くないか。


「じゃあ凛が帰って来たら一緒に見るか」

「凛はもう帰ってるはずだぞ」

「え? そうなの」

「ああ。だって俺と一緒に帰って来たからな」

「そうか」


 すると部屋をノックする音が聞こえてくる。

 当然ノックをしたのは凛で、彼女はニコニコ笑顔で部屋に入って来る。


「直く~ん。はい。おみやげ」

「おみやげ? ありが――」


 どんなお土産を買って来たのだろうと思う俺であったが……

 廊下に積み上げられた段ボールの山に言葉を失ってしまう。

 え? おみやげって……これ全部?


「な、なんだこれ?」

「ん? フィギュアに変身ベルトにヒーローのロボットでしょ……それにヒーローの武器にDVD、それから――」

「買い過ぎ! 買い過ぎだから! え? この間フィギュア買ってもらったばかりじゃん! なんでまたそんなに買ってきたの……?」

「だって直くんに喜んで欲しかったんだもん! プレ値のついた物もいっぱい買ったんだよ。嬉しい?」

「う、嬉しいけど……これは」


 いや、本当に買い過ぎだから。

 段ボールを開けると、色々なアイテムが顔を出す。

 俺は唖然としながら、一つの変身ベルトを手に取る。


「あ、それは二人で変身するアイテムなんだって」

「へ、へー」

「うふふ。これは凛の分も買ってるの。一緒に変身しない?」

「あ。ズルいぞ、直巳。俺も凛と変身したい!」

「お兄ちゃんは後で直くんと変身しなよ」

「俺は凛と変身したいの!」


 俺は別に誰とも変身したいわけじゃないのだけれど……

 しかしフィギュアと同じく、アイテムを見ると胸が熱くなる。


「ほらほら。直くん。これ付けて」

 

 凛は俺の腰にベルトを巻く。

 

「これって子供用なんじゃ……」

「大丈夫大丈夫。これは大人用だから」

「お、大人用?」


 どうやら凛が付けてくれたのは大人用のベルトらしく……作りもなんだか普通の玩具のような安っぽさがないものであった。

 

 凛は俺と同じベルトを装着し、樹に写真を撮らせ始める。


「直くん、これ持って」


 凛に手渡されたのは、大きめのUSBみたいなもので、どうやらこれは変身するためのアイテムのようだ。

 無理矢理ポーズを取らせれ、また二人の撮影会が始まる。


「可愛いぞー。凛、いつも通り可愛いぞ!」

「凛はいいから直くんをカッコよく撮ってよね」


 なんだか気恥ずかしいが……ベルトを巻いたことによりさらに俺は高まっていた。

 凄い楽しい……ただヒーローと同じ物を腰に巻いているだけなのに凄い高揚感だ。

 そういや子供の頃もこんなだったよな……


「直くん凄く嬉しそう! わー買って良かった! そんなに喜んでくれるとは思わなかったよ」

「そ、そんなに嬉しそうか?」

「ほら。見てみろよ。お前ニヤニヤしてるぜ」


 一眼レフで撮った写真を樹が見せてくる。

 これは確かに……ニヤニヤし過ぎだ。

 そんなに嬉しかったのかよ、俺。


 凛はその写真を見て、よだれを垂らし始める。

 お前もお前で、そんなに嬉しいのかよ。


「直くん、好きな物見つかって良かったね」

「え?」

「自分の好きなこと分からなかったみたいだけど、これなら好きって言えるでしょ?」

「そう……なのかな」


 これを趣味にしてもいいのだろうか。

 これを好きなことだと言ってもいいのだろうか。

 

 少し迷う俺ではあったが、これこそが自分の好きなことだという確信めいたものもある。

 子供の頃から迷子になっていたけれど、ようやくまた答えに行き着いたような。

 迷路から脱出できたような、安堵感。

 俺は腰に巻いたベルトに手を当て微笑んでいた。


「じゃあ全部飾るか」

「え? この部屋にか……?」

「そりゃそうだろ。そのために凛が買って来てくれたんだからな」

「入りきらない分はリビングに飾ろっか」

「いいのか? 凛の家なのに、こんな物リビングに……」


 凛は嫌な顔をせず、むしろ嬉しそうに語る。


「直くんの喜ぶ顔が一番だから。だから凛はそれでいいの」


 凛と樹が笑ってくれている。

 俺は二人の気持ちが嬉しくて、素直に二人に笑顔を向けた。


「よし。じゃあまずはショーケースからだな」

「……え?」


 よく見ると、玄関の方に大きなガラス作りのショーケースがいくつも並んでいる。

 こんなに買って来たのかよ、と俺は驚愕しっぱなしであった。

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