第37話 純粋って大事

「こんばんわ……って、凄いことになってるわね」


 一尺八寸が家にやって来た。

 どんな暮らしをしているのか見てみたいらしいが……わざわざ見に来る必要なんてあったのだろうか。

 金持ちの暮らしでも気になってのかな。


 一尺八寸は家に入り、その段ボールの数に驚いていた。

 全部ヒーローグッズ関連なんですけどね。


「ちょっと荷物が多くてさ……」

「……玩具ばかりなのね」

「……凛が買ってくれたんだよ」


 青い顔をする一尺八寸。

 ちょっと凛の異常さに驚いているようだった。


「やっぱりこんなところに木更津くんを置いて置けないわ。あの子は男をダメにする女なのよ」


 それは否定できない!

 凛といたら楽過ぎてちょっと堕落した生活が当然のように思えてきてしまう。

 だからいつまでも世話になるのも問題なんだよな。


「あら。来なくてもいいのに来たのね」

「初めまして。凛から話は聞いてる。あんたは凛の敵らしいな……」


 樹が一尺八寸を睨んでいる。

 妹バカはこんな時にも発揮するんだな。

 俺は呆れながら樹に近づき、威嚇することを制する。


「樹。止めろ。妹の敵でも俺の味方だ。せめてお前は中立でいてくれ。そうじゃなきゃ、あいつも居づらいだろ? せっかく家に来たんだから、気分よくいさせてやってくれ」

「……分かった!」


 樹は俺に親指を立てる。

 そして一尺八寸に笑顔を向けるが……その樹の変貌っぷり一尺八寸は怪訝そうな顔をしていた。

 そりゃそんな反応するよな。


「ま、直くんのお客さんだから歓迎はするけれど、直くんを誘惑するような真似は止めてよね」

「ゆ、誘惑なんてするわけないでしょ!」


 顔を真っ赤にして否定する一尺八寸。

 俺もうんうん頷く。


「ほら。こんなところにいないでリビングに行こう」


 俺たちは廊下からリビングに移動し、皆でテーブル席に着く。

 一尺八寸は周囲にあるショーケースに驚いていた。


「……ここ、この子の家なんだよね?」

「ああ」

「ヒーローの趣味は木更津くんの物でしょ?」

「あ、ああ……」

「ふふふ。直くんの趣味に染まるこの快感。あなたには分からないでしょうね!」

「趣味を理解してあげるのはいいことだけれど、染まる必要はないんじゃないかしら?」

「直くん色に染まる喜びを知らないからそんなことを言えるのよ」


 席を挟んで睨み合う二人。

 俺は一尺八寸を、樹は凛をなだめる。


「そ、そう言えばさ、凛、言ってたよな」

「え? 何を?」


 俺は二人の喧嘩を阻止するため、凛に話題を振る。


「ほら、視線を変えたらいいって」

「ああ。言ってたね」

「それでさ、俺思ったんだ。ヒーロー絶望したけれど……スーツアクターに絶望したけれど、あれは俺の間違いだったんじゃないかなって」

「どういうこと?」


 一尺八寸が興味深そうに聞いてくる。

 俺は説明するのに少し照れるが、皆に話す。


「本物のヒーローはいないかも知れないけれど……スーツアクターは夢を与えていたんじゃないのかなって」

「…………」

「スーツアクターに現実を突きつけられたんじゃなくて、ヒーローを演じることによって夢を与えていた。当時の俺じゃ分からなかったけれど、凛のおかげでそう感じることができるようになったんだ。ちょっと視線を変えれば、世界が変わる。現実が変わるんだってよく分かったよ」

「良かった。直くんがそんな風に感じてくれて」


 凛はまるで聖母のような、慈愛に満ちた瞳で俺を見つめる。


「自分の好きなことを好きって思える気持ちを取り戻せたんだね。若さを取り戻すには時間がかかるって言葉もあるけれど……早い段階で直くんが若さを取り戻してくれて良かったよ」

「若さを取り戻す……?」


 一尺八寸が凛の言葉に真剣な表情をしている。

 凛は一尺八寸に対して誠実な態度で説明を始めた。


「人って大人になって、ドンドン子供らしさを失っていくのだけれど……それってとても悲しいことなの。子供らしさを失う必要なんてないのに、世間の常識がそれを許してくれない。でも、人はその子供らしさ取り戻すことも可能なの」

「ああ、それが若さを取り戻すってことなのね」

「うん。若さを取り戻せば、色んな物が楽しくなるのよ。直くんがヒーロー物を楽しめたのもそれね。普通に大人になっていたら、あんな子供の番組なんて……って、偏見から楽しめなくなるでしょ?」


 確かにそうだ。

 偏見と思い込みから、色んな物を人は楽しめなくなってしまう。

 アニメもゲームも、ずっと大人になっても楽しめるはずなのに。

 どんなことだって楽しめるはずなのに、偏見を抱いたままならそれを楽しむことができなくなってしまう。

 少し前の俺だったら、ヒーローの映画なんて鼻で笑っていたかも知れない。

 だけど、今の俺はあれを純粋に楽しめることができた。


「ああ、そうか……純粋さを取り戻すってことなのか」

「そういうこと。その純粋さこそが、本当に幸せに生きていくための必要なことの一つなの」


 凛は真っ直ぐな瞳で俺にそう言う。

 俺は凛の言葉に胸を熱くさせていた。

 純粋さ……俺は凛と過ごす中で、それを徐々に取り戻せているのだと思う。

 これも全部、凛のおかげだな。


 俺は凛の優しい笑みに、ひっそりと胸を高鳴らせていた。

 

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