ブラック企業で勤める社畜の俺は限界を迎えるが、突然幼馴染JDに養われることになり、甘やかされ生活が始まった!
第20話 あの子はおしとやかな娘だからそんなことしないの。そんなことを言う母親もいるが、案外そういう子の本性はお転婆だったりする。だけどそのお転婆を垣間見た時、絶対ビックリするよね。
第20話 あの子はおしとやかな娘だからそんなことしないの。そんなことを言う母親もいるが、案外そういう子の本性はお転婆だったりする。だけどそのお転婆を垣間見た時、絶対ビックリするよね。
「ご馳走様、木更津くん」
「あ、ああ……気にしなくていいよ」
食事を終えてブラックカードで会計を済ます。
凛……使わせていただきました。
ありがとう。
と、心の中で感謝を伝える。
後でもう一度直接言うけれど。
と言うことで、本当に俺には気にしなくていいんだぞ、一尺八寸。
お礼なら凛に言っておいてくれ。
なんて彼女には言えないけれど。
ホテルを出ると、一尺八寸が大きく伸びをする。
凄くリラックスしているような、少し気が晴れたような……
そんな表情をしている。
「ああ。木更津くんと会って良かったわ。こんなに穏やかなのは久々。会社に入社して以来じゃないかな」
「入社以来って……結構長いね」
それは俺も同じだった。
凛が現れるまでは穏やかな日は一日として無かったのだ。
だけど彼女が俺を救ってくれたおかげで、こうしてのんびりとした日々を送れている。
ちょっとのんびりし過ぎな気もするけれど……
だってもうヒモ状態だしね。
情けなさと嬉しさと心地よさがごっちゃ混ぜになった、少し複雑な心境だ。
「一尺八寸も仕事を辞めればいいんだよ。そうすればきっと……」
「……中々難しいよ。周囲の目もあるし、仕事を辞めたら母親も心配するし」
「周囲の目も母親のこともあるかも知れないけど、一番大事なのは自分自身だぞ。周りのために自分を犠牲にするのは違うんじゃないかな? それに母親だって、一尺八寸が幸せになる方が嬉しいに決まってるんじゃないか?」
苦笑いする一尺八寸。
彼女の表情には諦めと辛さを滲んでいるように見える。
本人は、仕事を辞めたいって考えているんだ。
それは間違いないと思う。
いや、辞めた俺だから特に分るけれど、あんなところにいるべきじゃない。
今すぐにでも辞めるべきだ。
「それに……家、お金ないしね。仕事辞めたら給料が入らないじゃない?」
「…………」
それぞれ事情というものがある。
やはり強制はできない。
辞めた方がいいのだろうけど、辞められない理由というものがある。
金の問題となれば、すぐに辞めることなんてできないよな。
俺がサポートできるわけじゃないし、後は彼女の意思に任せるしかないんだ。
結局、凛の言っていた通りだな。
「辞めるって言えばさ……大西課長、クビになったんだよ」
「ええ? なんでクビに……?」
「さぁ? 木更津くんが仕事を辞めた直後、急に解雇。大西課長がガタガタ震えていたのだけは皆見ていたけれど、理由は誰も知らないわ」
そうか、クビになったのかあの人。
まぁ俺以外の被害者が出なくなったと考えれば、誰かにとっては幸せなことか。
うん。ここは良しとしておこう。
と、強引にクビになったことを良い方に解釈し小さく拳を握り締める。
「なんだか嬉しそうだね、木更津くん」
「え? そんなことないよ」
「そんなことあるわよ。ニヤニヤしているもの」
無表情でいたつもりだったけど……そんなに笑ってたのか。
ちょっと恥ずかしいな。
「ねえ木更津くん。今日は思いっ切り遊びましょ」
「ああ。いいよ。一尺八寸の行きたい所に行こう。俺はどこにでも付き合うよ」
「ありがとう。誰かと遊ぶなんて久しぶり。凄くワクワクしてるわ」
天使のような笑みを向ける一尺八寸。
正直、胸の高鳴りが収まらない。
凄い美人だし、いつもやんわりと笑っているだけの彼女が満面の笑みを浮かべている……
こんなの反則級だろ。
一尺八寸は早足で歩き出し、俺は彼女に付き従うようについて行く。
意外と一尺八寸は子供っぽいところがあるらしく、向かう先は大人の女性にしては考えられない場所ばかり。
まずはソフトクリーム。
その店はクリームだけで40cmほどある、長いソフトクリームを提供している店だった。
ソフトクリームを二人で受け取り、俺はそれをパクリと一口。
しかし一尺八寸は違った。
白いソフトクリームの上から白いマヨネーズをかけてしまう。
え、マヨネーズ携帯してるの?
マヨネーズは綺麗にとぐろを巻くようにかけられ、どこからマヨネーズなのかどこからソフトクリームなのか判断がつかないものになっていた。
「うん。美味しい」
いや、今食べたのはマヨネーズの部分だよね。
それってソフトクリームが美味しいんじゃなくてマヨネーズが美味しいってことだよね。
ソフトクリームを食べると、次は子供が行くようなおもちゃ屋さん。
一尺八寸は大きなぬいぐるみを見つけ、駆け足で向かう。
「ねえ、可愛くない?」
「うん。可愛いね」
一尺八寸がな。
彼女が抱きしめているのは大きな犬のぬいぐるみ。
全長は大人と同じぐらいだろうか。
凄くフカフカらしく、彼女の身体を優しく包み込んでいるように見える。
無邪気にはしゃぐ一尺八寸を見て、俺は自然と笑みを浮かべていた。
これが本当の一尺八寸なのかも知れないな。
相談を受けたり、人のために行動したり……頼れるお姉さんじゃなくて。
純粋に子供のように物事を楽しむこの姿こそが一尺八寸なんだ。
姉がいきなり妹に見えてきた。
なんだか急に兄になった気分だ。
その後も一尺八寸は子供っぽい場所にばかり向かい、心の底から楽しんでいるようだった。
気が付けば午後の七時になり、外は真っ暗。
一尺八寸は大きな犬のぬいぐるみを抱きしめ、大きな歩道橋から空を見上げる。
「星、見えないね」
「ああ」
皆が生活するこの大地は明るいのに空は暗い。
空は明るいはずなのにそれを肉眼で確認することが出来なかった。
なんだかこの世界の現実を見ているような気分。
大事な物は意外と見えないものだ。
「おい、九生!」
「え……?」
一尺八寸の名前を呼ぶ男性の怒声。
声の方に振り向くと――そこにいたのは片山さんだった。
彼は怒りを含んだ瞳で、彼女を睨んでいるようだ。
……トラブルの予感しかしない。
なんでこんなところに片山さんがいるんだよ。
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