第19話 醤油大匙二杯。御酢大匙一杯。砂糖大匙一杯。お酒大匙一杯。塩少々胡椒少々。うま味調味料適量。マヨネーズは特盛で。それって結局マヨネーズ味にしかならないよね。って話。

「…………」

「うん、美味しいわね」

「そ、それは良かったね……」


 一尺八寸と食事をして驚いたことが一つある。

 優しくて人見知りが良くて完璧だと思っていた彼女……

 しかしそんな彼女は食事に関しては少し特質な趣味をお持ちのようだった。


 それはマヨネーズ。

 全ての料理に一尺八寸はマヨネーズをかけている。

 鶏肉にもサラダにもデザートにも。

 そのあらゆる物に大量のマヨネーズをかけているのだ。

 俺は一つだけ聞きたい。

 それだけマヨネーズをかけたら全部似たような味になるのでは?

 と。


「か、一尺八寸は他の誰かと食事をすることはあるの?」

「うーん……無いかな。だって仕事もプライベートも相談ばかりでさ……それ自体は全然いいんだけど、自分の時間が無いから。だから食事ぐらいは自由にしたいと思っててね。一緒に食事したら、また相談事ばかり食事に集中できないじゃない?」

「なるほど。確かに一尺八寸と食事をしたら相談ばかりするだろうな、誰でも」


 だから誰にも言われたことがないんだ。

 この異様なまでのマヨネーズ好きのことを。

 だが俺もあえてツッコミはしない。

 だって一尺八寸はとても幸せそうだから。

 幸せの定義は人それぞれ。

 樹は凛のことが幸せの元だし、一尺八寸はマヨネーズが幸せの一つなのだろう。

 だったらそれはそれでいいじゃないか。

 自分の好きな物を理解して、それを楽しんでいるのだから言うことは無い。

 

 逆に俺は自分の好きなこと、やりたいことが全く浮かばない。

 彼女の好みに口を挟むほどの価値はないのだ。

 ここは黙っておくことにしよう。 

 ただ心の中だけで叫ぶことにしておくとしよう……マヨネーズかけ過ぎだから、一尺八寸!


「俺には相談してくれていいからな。いつも人を助けてばかりじゃなくて、たまには助けてもらうというのも悪くないかもしれないぞ」

「ふふふ。そんなこと言ってくれるの、木更津くんだけだわ」

「意外と皆そう思ってるのかも知れないよ。ただ言わないだけでさ。もっと頼ってもいいって」

「そうだとしても、私は頼れないかな」

「どうしてだよ?」


 マヨネーズがかかり過ぎてなんの料理か分からない物を口にする一尺八寸。

 そして笑顔で言う。


「甘えからなんて分からないから。私はずっとそうして生きてきたから。だから今更生き方を変えるなんてできない。皆の相談に乗って……相談をしたことなんてないから」

「一尺八寸……」


 笑顔の裏に、悲しみが見え隠れしているような……

 本当は甘えてみたい。

 そう言っているような気がする。

 でも言えやしない。

 そう諦めているんだ。


 片山さんのことをポロリと漏らしたのも、ほんの気まぐれだったのだろう。

 他人に相談なんてしないのに、俺に口を滑らせてしまった。

 でも……俺に口を滑らせてしまったからこそ、可能性も感じているんじゃないだろうか?

 甘えることはできないけど甘えたい。

 相談らしいことをしてしまった俺には……あるいは。


「一尺八寸……」

「ねえ。おかわりいかない?」

「……ああ」


 一尺八寸は俺の言葉を遮るように俺をおかわりに誘う。

 いまだかつて踏み込まれたことのない領域。

 そこに侵入されるのを無意識に否定しているのか。

 決して弱みを見せないし、隙を見せない。

 これが一尺八寸九生なのか。

 ハッキリ言ってしまえば、素直じゃないんだな。


 一尺八寸は少量のおかわりと大量のマヨネーズを取り、再度席に着く。

 ドリンクは赤ワインを。

 ほんのり酔っているようにも見える。

 でも決して隙は見せやしない。

 どれだけ強固な甲冑を身に纏っているんだ。

 きっと他人を頼れば楽になるのに。

 自分で解決できない問題を相談すれば楽になるのに。


 ……俺がそうだったから。

 俺が凛に助けられたから。

 だから分るんだ。

 一尺八寸も助けてもらった方がいいって。

 彼女は真面目だから常識から中々踏み外すことが出来ない。

 例えば凛に相談すれば……どういう形にしろ一尺八寸の問題を解決してしまうのだろう。

 それは法に触れるやり方かもしれない。

 はたまた、法の許す範囲で解決するのかもしれない。

 だがどちらにしようと必ず彼女なら一尺八寸の荷を軽くしてあげることができるのだ。

 でも凛は無関係。

 ここは俺がなんとかしてやらないと。

 俺が何をできるのかは分からないけど、俺がなんとかしてあげないといけないんだ。


 今回食事に俺を誘ったのは、彼女から無意識化からのSOS。

 助けてほしいって叫んでいるんだ。

 だけどどうやって彼女の助けを引き出すことが出来るんだろうか……


 そこで凛の言葉を思い出す。

 

『本当にどうしようも無い時にぐらいしかさ、人を頼れない人だっているんだから』


「…………」


 食事とワインを楽しむ一尺八寸。

 俺は微笑を浮かべて彼女の嬉しそうな顔を見つめる。


 一尺八寸が助けを求めるまで待つしかないか……

 なら、その時は俺が全身全霊をかけて、助けてやればいいだけか。


 俺は一つの決意をし、そして食事の手を再開させる。

 きっと一尺八寸を助けてやろう。

 彼女の力になってやるんだ。


「木更津くんもマヨネーズかける?」

「いえ、結構です」


 彼女の力になろうとは思っているが、彼女のマヨネーズ愛には近づけそうにない。

 そんなことを思いながら一尺八寸との食事を楽しんでいた。

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