第18話 経験を積んでそれなりにレベルが上がって、それから先に進むのがゲームの基本。だけどレベルが上がらないまま強敵を相手にしなければいけない状況が訪れてしまった時はどうしたらいいんですか?

 日曜日の昼前。

 空はどんよりとした雲が広がっている。

 しかし気分はいい。

 だって一尺八寸の方から誘いがあったのだから。

 

 前の職場で仕事をしていた頃からそうだったが、一尺八寸が自分から人を誘うなんてことは一度として無かった。

 もちろん、俺の知っている範囲ではあるけれど。

 その一尺八寸が俺を誘うってことは……

 それだけ追い詰められてるってことだよな。

 誰にも相談することのない一尺八寸。

 誰かに頼りたい。

 きっと彼女は無自覚にしろ、そう想っているのだと思う。


 待ち合わせは二人が住んでいる場所から丁度中間地点ぐらいにある駅。

 そこは大きな駅で、大勢に人たちが行き来している。

 人を眺めながら一尺八寸を待つ。


「おい、すげー美人だぞ」

「本当だ……惚れた」


 男たちの視線を集める女性がいる。

 誰かと思いそちらに視線を向けると――一尺八寸だった。

 

 ブラウンのニットのセーターにロングスカート。

 清楚さとセクシーさを兼ね備えた、男殺しの美しい姿。

 少し化粧に力が入っているのか、いつもより綺麗に見える。

 耳元には大きな円型のイヤリング。

 胸元にはネックレスをしており、職場にいる時なんかよりは数倍魅力的である。

 

 いや、一尺八寸は美人だとは思っていたけど……本気を出したらここまで綺麗なんだな。

 彼女を見てドキドキする俺。

 美人は凛で見慣れてるはずなのに、それでもまた彼女とは違う魅力があるからその美貌に戸惑ってしまう。


「こんにちは、木更津くん」

「お、おお。こんにちは一尺八寸」


 落ち着いた声の一尺八寸。

 でも顔色はあまりよくないように思える。


「あー……どこかで昼食でも取ろうか」

「ええ。そうしましょ」

「どこがいい?」

「木更津くんに任せるわ」


 俺に任せるか……ハンバーガーとかファーストフードなんてチョイスしたら一尺八寸はどんな風に思うだろうか。

 表面は賛成してくれるんだろうけど、まぁ普通に考えてそれは無しだよな。

 大人の女性と昼食……そういや初めてのことだからどこに行けばいいかも分からないな。

 

 一尺八寸を見ると、彼女はうっすらと微笑んでくれている。

 どこでもいいんだろうけど、それなりに一尺八寸喜んでくれそうな場所にしよう。


 俺の無い知識よ……答えを導き出せ!


 しかし、無い物は仕方がない。

 どれだけ頭を捻ろうとも答えは出ない。

 よし、となれば携帯で検索をするか。


「…………」

「何してるの?」

「いや、食事する場所を探してるんだよ」


 ホテルでなんか食事できるみたいだけど……どこでも三千円以上するんだな。

 昼間からこんな値段……この間まで最底辺で生活していた俺から見たら、信じられない値段だ。

 そりゃこれ以上の物を食べたこともあるけれど、いつも牛丼で済ませていたような男だぞ。

 ちょっと考え物だな……と思いつつも、現在ブラックカードを所持していることを思い出す。

 しかし……凛のお金だよな。

 凛のお金で他の女性に食事をご馳走する。

 それってどうなの?

 まぁしかし、凛が使ってもいいとは言っていたからいいのかな?


「い、行こうか。店は決まったから」

「そうなんだ。楽しみにしてるわ」


 天使のような笑みを浮かべ、一尺八寸は俺の隣を歩き出す。

 俺は近くのホテルに入り、エレベーターでレストランがあるフロアへと上がっていく。


「……こんなところ普段から来るの?」

「ふっ……俺を誰だと思っているんだ。この間まで一緒の職場で社畜してた男だぜ」

「ああ……初めてなんだ」


 彼女は俺の給料自称はある程度把握しているはずだ。

 ええ、貧乏なのは絶対にバレている。

 だからこんなところで見栄を張っても仕方がない。


 しかしここで俺はある問題に気づく。

 服装……大丈夫なのか?

 一尺八寸は小綺麗な恰好をしているけど……俺は普通の服にジーンズだぞ。

 まさか、門前払いされたりしないだろうな。


 ドキドキしながら、レストランへと向かう。

 入り口では落ち着いたウェイトレスが俺たちを出迎えてくれた。 

 案外服装のことには気にしていない様子で、そのまま気分よく店の中へと案内してくれる。


 店の中にいる客はというと……高そうな店慣れてますよ、なんて顔をしている人たちばかり。

 若い人もいるが、意外と老人の客もそこそこいる。


 俺たちは小さなテーブル席に通され、店のシステムを説明された。

 この店はビュッフェスタイルの店で、料金は定額制。

 よく分かんないけど、ここで良かったんだよな?


「自分で好きな物を取っていいんだ……凄く楽しみ」

「だろ? 一尺八寸が喜んでくれると思ってここにしたんだ」


 ちょっと冗談交じりでそう言う俺。

 本当にワクワクしているみたいで、ホッとする。


 店には普段お目にかかれないような凄い豪華な物が並んでいた。

 あ、でも最近は凛のおかげでいい物食べてるか。

 しかし凛が提供してくれる物と比べても遜色ないような料理ばかり。


 一尺八寸はまるで子供に戻ったかのように、楽しそうに料理を選んでいた。

 いや、本当にここにして良かったな。

 顔色の悪かった彼女を思い出し、俺はほっこりしながら、一尺八寸と同じように料理を選び始めた。

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